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魔毒喰らいのミト~「ゴミ箱」と呼ばれた魔毒処理師、実は最強の知識とスキルを溜め込んでいました~  作者: いおにあ


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第74話 続く未来


 ノルディアス家の朝は、最近、かつてないほどの清冽せいれつな空気に包まれている。


「お兄ちゃん、おはよー! エマさん、今日も特訓、お願いね!」


 パタパタと廊下を駆けてくるのは、エマに憧れて剣を握り始めた妹のユナだ。とりあえずは、エマについて剣術の稽古と、クレアが基本的な魔法を教えてくれるようだ。というか、クレアって魔法も教えれるんだね・・・・・・本当、彼女は計り知れない。


 ユナの頬は赤らみ、その瞳は期待で輝いている。


「おはよう、ユナ。でも、まずは朝ごはんを食べてからだよ」


 リビングへ向かうと、父様と母様が仲睦まじく朝食の準備をしていた。ノルディアス商会の経営は、聖樹連邦ルミナリスとの契約によって、急速に成長している。この勢いだとアルヴェニア王国でも五指に入る規模も、夢ではないという。まあ、さすがにそこまでいくには、まだまだ時間がかかると思うけれど。


 父様に、かつての卑屈さはもうどこにもない。今では、王宮やら薬師連合やらと、毎日あちらこちらに引っ張りだこだ。母様も、そんな父様を励ましながら、家庭のことをきちんとこなしてくれている。


 リビングには温かなスープの香りが漂い、慌ただしくも、みんな家族が充実した生活を送っている。


 僕がずっと守りたかった普通の幸せ。それが、ここには確かにあった。


 朝食を終えて登校すると、そこにはさらに賑やかな光景が待っている。

 学院のラウンジに現れた僕の周りには、今や自然と人々が集まってくる。かつての蔑みの視線は、今や純粋な憧憬や尊敬へと変わっていた。


「ミト、遅いわよ。今朝の魔毒吸着効率のシミュレーション、もう終わらせておいたわ」


 リサが、魔導端末を操作しながらどこか誇らしげに言う。その隣では、シエラが黄緑色に発光している液体の詰まった瓶を差し出してくる。


「ミト! 朝から少しだけ、実験台になってくれない? 新しい劇薬・・・・・・じゃなくて、栄養剤よ!」


 相変わらずの二人だが、最近はそこにさらなるはなが加わっている。


「あら、皆様。わたくしを差し置いてミト様を独占するなんて、感心しませんわね」


 公爵令嬢、カトレア・ローゼンベルクが、優雅な所作で僕の隣に滑り込むと、周囲の目を気にすることなく、僕の腕にそっと自分の腕を絡ませてきた。


「カ、カトレア様・・・・・・近いです」

「あら、これくらい普通ではなくて? それとも・・・・・・エマさん以外の女性に触れられるのは、お嫌かしら?」


 カトレアは悪戯いたずらっぽく微笑み、僕の耳元で小さく囁いた。

 彼女は最近、隠そうともせずに僕への好意を・・・・・・それも、かなり積極的なアプローチを見せるようになっている。その度に、背後からエマの殺気に近いプレッシャーを感じるのが、最近の僕の悩みであった。


 騒がしい学院生活が一段落した放課後、僕は一人、静かな演習場で自分の内側を見つめる。


 僕の能力値は、自分でも恐ろしくなるほどに膨れ上がっている。


 リサの解析によれば「もう数値化不能ね。魂の共鳴係数が 1.0 を突破して、外部マナとの完全同期を実現しているわよ」


 外部マナ――とは、エマのことだ。


 僕とエマの関係は、その、まあなんというか、いくところまでいってしまい、すっかり魂が共鳴するようになったらしい。リサは「いいじゃない。黄金のマナと白銀のマナ。お似合いよ。もっとより深く激しく愛し合えば、人知を越えた存在になれるかも」とか言っているけれど・・・・・・それにしても、僕の能力の上がり方は、予想を遙かに上回っていた。まさしく限界突破。まさか、ここまでとは・・・・・・。


 エマの愛を受け入れ、彼女の全てを知ったことで、僕と彼女の魂は世界のどんな毒にも侵されない不滅のものへと至ったのかもしれない。

 

 ・・・・・・いや、色々と御託を並べるのはよそう。つまりはこういうことだ。守りたいほど大切な人がいる、という意志。そして、愛されているという確信。


 そんなシンプルな気持ちが、僕の能力を神域しんいきへまで押し上げた、真のブースターなのだ。


「ミト。何、自分の世界に入ってるのよ」


 後ろから、その「ブースター」である、エマが声をかけてくる。

 彼女は少しだけ照れたように視線を逸らしながらも、当たり前のように僕の隣に立つ。


「エマ・・・・・・ううん、なんでもないよ。今の僕がいるのは、エマがいてくれたからだって、改めて思ってたんだ」

「・・・・・・急に何言ってるのよ。私がいたからじゃないわ。あんたが、私を信じてくれたからでしょうが」


 エマの頬が少しだけ赤い。

 僕たちは言葉に出さずとも、より深い絆を確認し合っていた。



 夕暮れ時、ノルディアス商会の倉庫には、今日も馬車が並んでいる。


 アルヴェニア王国、そして聖樹連邦ルミナリスから届いた、沢山の魔吸石。


 最近は、魔毒をため込んだ魔吸石は、ぜんぶ我が家のすぐ側のこの倉庫に運んでもらっている。おかげで、以前なら数日おきに王宮に出向かないといけなかった手間も省けるようになった。これも、ノルディアス家の地位が上がったおかげかもしれない。


 僕は魔吸石の山の前に立ち、静かに両手を広げた。

 かつては、この魔毒を喰らうという生まれもった職業が嫌で、自分の運命を呪ったこともあった。誰からも疎まれ、「ゴミ箱」だと蔑まれてきた掃除。


 けれど、今は違う。


「――いただきます」


 僕が短く言うと、倉庫全体が目も眩むような黄金の光に包まれ、漆黒の魔吸石の山が、一瞬にしてダイヤモンドのような透明な輝きへと変化していく。


 ふと、思う。

 僕がやっていることは、実を言えば昔とほとんど変わっていない。

 けれど、今の僕には、石を浄化するたびに聞こえてさえくる気がする。


「ありがとう、ミト様」

「貴方がいてくれて、本当に良かった」

「ノルディアス家こそが、この国の救世主だ」


 世界からの感謝の声。


「ゴミ箱」として役割は同じでも、みんなからとうとばれ、必要とされることが、これほどまでに心を温かくし、力を与えてくれるものなのか。


 そうなると、僕は「ゴミ箱」として毒を吸い込んでいるんじゃなくって、世界中の「ありがとう」という祈りを、力に変えているんだという気持ちになる。



 全ての浄化を終え、屋敷のバルコニーにエマと二人で座る。

 空は燃えるような茜色から、静かな紺碧こんぺきへと移り変わろうとしていた。


 隣には、僕の全てを知り、僕の全てを肯定してくれる銀髪の騎士――愛しい恋人がいる。


「ミト・・・・・・これからも、大変なことはいっぱいあると思うわ。あんたの力が大きくなればなるほど、いろいろなトラブルにも、もっと巻き込まれたりするはず」


 エマが、僕の手をぎゅっと握りしめた。


「でも、心配しないで。誰が相手だろうと、私が、ついているから」

「あはは。エマがいれば、本当に最強だね」


 僕はエマの肩に頭を預け、ゆっくりと目を閉じた。


 かつて、孤独に毒を吸っていた少年は、もうどこにもいない。


 ここにあるのは、愛する家族と、愉快な仲間たちと、そして何より大切な、世界で一番強い女の子との、これからも続いていく未来だ。


 世界にはまだまだ問題がいっぱいある。途方もない、想像もつかない悪だって、きっと存在する。


 だけれど。


 どんなに巨大な悪意が世界を覆おうとしても。

 どんなに深い絶望が牙を剥こうとしても。

 

 僕の隣に、エマがいてくれる。

 エマの隣に、僕がいられる。

 

 たったそれだけのことが、僕をどこまでも強く、どこまでも優しくしてくれる。

 

「ありがとう、エマ。これからも、よろしくね」


 愛という名の無限のマナで、僕らの心は、静かに、そして満ち足りた音を立てて溢れていた。


 僕らの未来は、これからも続いていく。


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