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第11話 お爺様との約束

 目まぐるしい毎日の中で、私にとっての密かな楽しみの一つは、祖父であるガレオスお爺様の離れを訪れることだった。


 お爺様は隠居(いんきょ)の身とはいえ、今なお兵士たちの武術訓練に顔を出したり、父上の執務を手伝ったりと、忙しく過ごしている。その合間に、私やギルバート兄様を離れに呼び、戦略論についての講義をしてくれるのだ。


 その日も、私とギル兄様は、お爺様の部屋に広げられた大きな地図を前に、昔の帝国との戦争についての話を聞いていた。


「…この砦を落とすために、ワシは陽動部隊を森に迂回させ、本隊の到着時刻を偽って伝令を飛ばした。敵が偽情報に釣られて陣形を崩した、その一瞬の隙を突いたのだ」


 お爺様の話に、ギル兄様は「すげえ…!」と目を輝かせている。


 正直、軍事の知識などない私には話の半分も理解できていない。けれど、孫たちに武勇伝を語るお爺様の横顔が、どこか嬉しそうに見えるのが、私は好きだった。


「そういえば、お爺様!」

 不意に思い出し、私は声を上げた。


「私、この間、街で『吟遊詩人』というのを見ましたの!とても素敵なリュートを弾いていて…!私、王都の魔術学園に行ったら、絶対にリュートを買うのです!」


 鼻息荒く宣言する私に、隣で聞いていたギルバート兄様が、呆れたように突っ込みを入れる。


「はぁ?リュートだぁ?あれがいくらするか知ってんのか、パスティ。貴族が持つような上等なやつは、金貨が何枚もするんだぞ」


「き、金貨…!?」


 思いがけない言葉に、私は固まる。金貨なんて、今の私には縁もゆかりもない単位だ。


(どうしよう…。金策(きんさく)を考えないと…)


 前世の知識で、何か領地経営に役立つような『内政チート』はできないだろうか?いや、無理だ。私が持っているのは、歌と芸能事務所の裏方として働いた中途半端な知識だけ。そんなものでお金が稼げるわけが…。


(…いや、待って?歌…?)

 この間、街の広場で見たみたいに、歌えばおひねりをくれる人もいるかもしれない。私が真剣にそんなことを考えていると、お爺様がふ、と笑う気配がした。


「パスティ。王都にはな、『劇場』というものもあるぞ。歌や音楽を専門に披露するための、立派な建物だ」


「劇場!?この街にはないのですか?」


(そんな素敵な場所があるなんて!行ってみたい、絶対に行ってみたい!)


 私の心の声が顔に出ていたのだろう。ギルバート兄様が笑いながら言った。


「ははっ!ないなら、パスティが自分で作ればいいじゃんか。まずは楽器からな!」


 兄様の何気ない一言に、私ははっとした。

 作る…?楽器を?


 リュートは、ギターによく似ていた。構造も、きっと似ているはず。でも、待って。


(弦楽器の弦って、そもそも、何でできてるんだっけ…?)


 前世では、金属やナイロンだった。けれど、この世界にナイロンなんてないだろうし、金属の弦をどうやって作るのか、見当もつかない。途方に暮れる私を見て、お爺様が助け舟を出してくれた。


「フン。リュートとやらが何で出来ているかは知らんが、魔獣の中にはな、その筋や腱が、鉄のように頑丈ながら、絹糸のようにしなやかなものがおる」


「魔獣の、素材…!」


「うむ。冒険者たちが、時折素材として持ち帰ってくることがある。武具の材料にするには使い道が難しいが、あるいは、お前が言う『楽器』とやらには、使えるやもしれんな」


 その言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光だった。

 そうだ、冒険者ギルド!あの、活気に満ちた場所!


「お爺様!私、そこに行ってみたいです!冒険者ギルドに、連れて行ってください!」


 私の必死の願いに、お爺様は一瞬驚いた顔をしたが、やがて仕方がないというように、深くため息をついた。


「…やれやれ。お前は、エリアーナの好奇心と、ライナスの行動力を、両方受け継いでおるらしいな。…よかろう。今度、ワシがギルドに用がある時に、こっそり連れて行ってやる」


「本当ですか!?約束です!」


 やった!

 私の心は、新しい目標で満たされていた。

 王都で買うのではない。この手で、作り出すのだ。私だけの、最初の楽器を。


 そのための第一歩、冒険者ギルドへの訪問。

 私の胸は、まだ見ぬ未知の場所への期待で、大きく、大きく膨らんでいた。



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