第12話 冒険者ギルド
お爺様と約束を交わした、数日後のこと。
「パスティ、行くぞ」
離れを訪れた私に、お爺様はぶっきらぼうにそう告げた。
その言葉に、私の心は期待で大きく跳ねた。
「冒険者ギルドですか!?」
「俺も行く!」
どこから聞きつけたのか、ギルバート兄様が目を輝かせて駆け寄ってくる。
私の隣では、セリナが「わ、わたくしも、お供いたします!」と、少し緊張した面持ちで控えている。
結局、私とギル兄様、そして護衛兼お目付け役のセリナという三人で、お爺様に連れられて冒険者ギルドへ向かうことになった。
城の門前で、兵士が「護衛をお付けします」と申し出たが、お爺様は「フン。ワシがおれば、護衛など不要だ」の一言で一蹴した。
ちなみに、父上も「俺も護衛として行く!」と言って聞かなかったが、母上に「あなたはお仕事が山積みでしょう」と、にっこり笑顔で執務室に押し戻されていた。
冒険者ギルドは、領都アイアン・フォルトの中でも、ひときわ活気と、そして少しだけ物騒な雰囲気が漂う地区にあった。
大きな木製の扉を開けると、むわっとした熱気と共に、お酒と汗の匂い、そして賑やかな喧騒が私たちを包み込む。
壁には巨大な魔獣の頭蓋骨が飾られ、屈強な男女が、カウンターで依頼の報告をしたり、酒場で仲間と騒いだりしている。
老人と子供二人、そして侍女という場違いな組み合わせに、ギルド中の視線が一斉に突き刺さる。
けれど、お爺様はそんな視線をものともせず、堂々とカウンターへ向かった。
年配の冒険者の中には、お爺様の顔を見て「…まさか、ガレオス様…?」「先代様が、なぜここに…」と、息を呑む者もいた。
「ギルドマスターはいるか。ドルガンを呼べ」
お爺様が受付嬢に名指しで告げる。お爺様とギルドマスターは、旧知の仲らしい。
待っている間、お爺様は私たちに教えてくれた。
「いいか、小僧ども。この辺境伯領の繁栄は、冒険者たちの働きなくしてはあり得ん。我らの領兵だけでは、城や街、村々の守りで手一杯だ。未開の地の探索や、危険な魔獣の素材集めは、こうしてギルドに正式に依頼し、彼らに担ってもらっておるのだ」
そんな話をしていると、二階から、地響きのような足音と共に、豪快な笑い声が降ってきた。
「がっはっは!誰かと思えば、ガレオスの爺さんじゃねえか!まだ生きておったか!」
現れたのは、私の背丈の二倍はありそうな横幅の、立派な髭を編み込んだドワーフの男性だった。
彼が、このギルドのマスター、ドルガンさんらしい。
「フン。お前こそ、また酒腹が大きくなったのではないか、ドルガン」
軽口を叩き合う二人は、本当に仲が良いようだ。
私たちは、ドルガンさんに招かれて、二階の応接室に通された。
お爺様とドルガンさんが対面に座り、私とギル兄様がお爺様の隣に並んで座る。
セリナは、扉の近くで、直立不動の姿勢で控えている。
けれど、応接室に入る直前、壁の角で足の小指を強打していたのを、私は見逃さなかった。
今も、完璧なポーカーフェイスの下で、その表情がわずかに苦悶に歪んでいるのが、私の『瞳』には視えている。
「で、今日はどうしたんだ?孫自慢にでも来たか?」
「フン。半分は当たりだ」
お爺様はそう言うと、私のことを紹介してくれた。
「この孫娘、パスティエールが、リュートとかいう楽器を作りたいと言い出してな。その弦に使えるような、魔獣の素材はないかと相談に来た」
「がっはっは!あのガレオスが、孫娘のためとなると、親バカならぬ爺バカになるか!こりゃ傑作だ!」
からかわれるお爺様を、私とギル兄様は顔を見合わせてくすくす笑う。
「うーん、弦になるような素材、か…」ドルガンさんは、真剣な顔で顎髭を捻った。
「頑丈でしなやかとなると、『樹海蜘蛛』の糸か…あるいは、『疾風鳥』の腱。あとは、『月光蔦』の蔓なんかも良いかもしれんな。まあ、どれもこれも、採取が厄介な素材ばかりだが」
「…とりあえず、依頼として出しとけ。金はここにある。誰か物好きな冒険者が受けるだろう」
お爺様が金貨の入った袋をテーブルに置くと、ドルガンさんは「あいよ」と、慣れた手つきでそれを受け取った。
応接室を出ると、ギル兄様が「依頼掲示板が見たい!」と言い出した。
壁一面に貼られた羊皮紙には、「角兎の討伐」や「薬草の採集」、「商隊の護衛」など、様々な依頼が書かれている。
「すげえ…!俺、大きくなったら、騎士団だけじゃなくて、冒険者にもなってみたいぜ!」
目を輝かせる兄様の隣で、私もまだ見ぬ冒険の世界に胸を躍らせていた。
そんな私たち孫の姿を、お爺様が、これまで見たこともないような、穏やかな顔で見つめている。
その厳格なオーラが、今はただ、温かい陽だまりのような旋律を奏でているのを、私の『瞳』は、確かに捉えていた。




