僕だけの言葉
※現在登場人物紹介は取り払い、こちらを特別表示中です。
A県夜洛市 輪命回病院
西棟側 東棟側
7階 屋上
6階 産婦人科・乳腺外科 小児科
5階 呼吸器循環器内科・外科 心臓外科
4階 消化器内科・外科 脳外科・神経内科
3階 リハビリテーションルーム 整形外科
2階 手術室 ICU HCU 透析室
1階 外来患者受け付け インフォメーション
コンビニエンスストア 救急センター
真淵実咲は、その声が信じられなかった。
どうして? いるはずがないのに。
ここに いてはいけないのに。
だが、眼前には 確かにあった。
こちらに向かって走ってくる 息子の姿が。
彼女は衝撃のあまり、数歩後ろに下がる。
よろけるかのように。
聖は母のわずか2メートルほど近くにまで寄った。
『お母、、さん、、』
そう声をかけた時、母の姿に目を見張った。
実咲は、夏なのに長いカーディガンを羽織っていた。
その下は入院者用看護服だが、上半身には、黒いベストのようなものをガッチリと来ていた。彼女の背中から、いくらか赤や青、白のコードがちらついている。
信じられない光景だが、事実なのだと聖は悟った。
正火斗が言っていたのだ。
母は爆弾を持って移動している可能性がある と。
彼は、ある意味正解で、そして間違えてもいた。
母は爆弾を身につけさせられている。
実咲は息子に言った。
『聖!ここにいては駄目!走って離れて!早く!!』
声は悲痛な響きとなる。
『逃げて!!お願いよ、ひじりぃ、、』
聖は動かない。
息子を動かせないと分かると、実咲は身をひるがえした。
自分の方が遠ざかる気だ。
『お母さん!!!』
その背中に、聖は叫んだ。ハッキリと。
実咲が足を止めるほどに。
『お母さん、、僕を守ってくれてありがとう。
いつも守ろうとしてくれて、、ありがとう。』
実咲は 顔だけだが、息子に向けた。
『でも、、』
聖は母を見た。その瞳の 奥まで。
『僕を みくびらないで 』
母と息子は見つめ合った。
『僕は、できないことも、悪いことも多い。
だけど、僕はちゃんと幸せで、今は毎日が楽しい。
僕は、、僕は、、』
必死に言葉を紡ぐ。その息子に、母は向き合った。
『僕は あなたが思っているより強い。
きっと、とても。』
聖は息を吸った。
『 だから 』
それを告げる
『あなたを赦せる。』
実咲の瞳から涙がこぼれた。
『僕があなたを赦すから、あなたはもう、
何も恐れなくていい。いいんだ。』
そうして、聖は、母の手を取った。
実咲は 放心状態のようになり、聖に引かれるまま走った。
階段まで来たとき、母親は我に帰った。
『聖!私といたら駄目なのよ。あなたは逃げて!』
聖は手を話さなかった。
『僕を信じて、お母さん!信じてついてきて!』
彼は言った。そこには、これまで見たことのないような力強い姿があった。
『来て一緒に!
そして みんなを助けよう!』
そして、次の言葉を 聖は 優しく言った。
『自分を信じて、お母さん。
強くなれるよ。
あなたは、僕を産んでくれた人だから。』
聖は母の手を強く握った。実咲も握り返して、2人は階段を駆け上る。
4階、5階、6階、、、、7!
バン!!!
とドアを開けると、薄暗さと夕焼けが混じった空がそこにあった。
屋上!
聖は今自分達が西棟側にいることと、東棟の位置を確認した。
『ああ!!』
母の絶望の声がして、向くと はだけたカーディガンからタイマーが見えた。
02:19:38
数字が物凄い勢いで減っていく。
実咲がカーディガンを脱いだ。ベストも脱ごうとしたが、ロックがついているのか、金具はビクともしない。
『無理よ、、、聖逃げて、あなただけでも、、!』
『大丈夫!!』
聖はポケットから折りたたみナイフを出した。
水樹がくれたナイフ!
刃を出して、母を覆うベストを引っ張り、脇下の薄い生地部分を切り裂いていく。
早く早く 早く!!!
『取れた!』
ずり落ちた爆弾付きのベストを西棟側屋上に置いて、ナイフも置いた。
母の手を引いて、聖は迷うことなく、東棟側のベランダの柵まで行った。
柵を掴み、越えようとする息子。実咲は慌てて、それを止めた。危ない!
だが、聖は言った。母に。
『飛ぼう、お母さん!』
思いもしなかった言葉に目を丸くする。
すると、
『おーい!時間ないぞ!』
と,下から声がした。
身を乗り出して下を見ると、
そこには思いがけない光景があった。
沢山の人達。
看護師や事務員、医師、患者、一般の人。
そして、どうやって集めたのか、下にはマットレスや布団が大量に、広々と敷き詰められていた。彼らは、それを外側から押さえてくれていた。
その中央部分には、赤い太いテープ状の長い布を、五角形の星型にして、端々を持った、風晴、安西、水樹,桂木、北橋の姿があった。
風晴は叫んだ。
『こい!! 聖! 必ず受け止める!!』
実咲の目の前で、聖は力強くうなずいた。友達に。
そして、顔を上げて、彼は言った。
『 飛ぼうお母さん。 今度こそ 生きるために。』
その言葉に、実咲は聖の全てを見た気がした。
これまでの、全てを。
ああ、私は、どうして気づけなかったんだろう。
この子の、強さを。
実咲は柵をよじ登った。両腕に力を込めて自身を持ち上げる。すでに先に越えていた聖がそれを手伝った。
柵の外側へ。
母と子は互いを支え合ってその絶壁に立った。
聖が母の体を引く。
だが、次の瞬間には、
実咲が聖の体を引いていた。強く。
自分に引き寄せて、包み込む。
わずかな空間だが、一度だけ身体を後ろに引いて勢いをつけ、前に倒れた。
2人 一緒に
そうして、足元を蹴って 飛び出す。
飛んだ瞬間、
彼女は 心から
祈った
神様
私達は まだ 生きたい 、、、!!!!!!
返事はなく
衝撃の音が2発その耳に届いた。
次回、転落編・飛翔 ラストエピソードです。