その先に叫べ
※現在登場人物紹介は取り払い、こちらを特別表示中です。
A県夜洛市 輪命回病院
西棟側 東棟側
7階 屋上
6階 産婦人科・乳腺外科 小児科
5階 呼吸器循環器内科・外科 心臓外科
4階 消化器内科・外科 脳外科・神経内科
3階 リハビリテーションルーム 整形外科
2階 手術室 ICU HCU 透析室
1階 外来患者受け付け インフォメーション
コンビニエンスストア 救急センター
桜田風晴は、東棟側駐車場に来ていた。
抱いていた新生児は、その子の母親が見つけに来て渡すことが出来ていた。
今回、新生児は11人いたと思う。みんな小さくて、赤い顔で、正直、風晴から見たら よく似ていて見分けがつかない。実際、赤ちゃん達の脚の裏には油性マジックで名前が書かれている上に、足首にはリストバンドがつけられていて、そこにもまた名前がある。
だけれど風晴が見る限り、我が子を探しに来た母親達は、誰もリストバンドを確認するものはいなかった。顔を見て、" うちの子です " " 私の子です " と母親達は喜びの顔で抱き上げていく。
風晴には、不思議だった。出会ってまだ数日のはずなのに。
頭によぎる。
自分が産まれた時も、あの人もそうだったんだろうか。
きっとそうだと、感じられた。
喜んで、大切そうに、抱き上げてくれる姿。
その姿しか
浮かばなかった。
駐車場の状況を見て、風晴はふと気になった。多くの人達が集まっている。西陽は落ちつつあるが、まだ暑さはかなりある。
自分の、腕の中にいた儚いほどの あの小さな命、お腹の大きな妊婦達、歩いてきて疲れた老人、彼らは、座る所もなくて辛そうだった。
(出るかな?)
不安に思いながらも、スマートフォンを手にした。
表示を見ると、
06:13:09
もうすぐ6分を切る。
風晴は正火斗にかけた。
彼はすぐに出てくれた。
『風晴?どこにいる?』
『東棟駐車場。正火斗、避難した人達ってどうなる?』
『そのままで大丈夫。もう救急車も消防車も向かってる。僕らも向かってる。パトカーで。』
良かった。少し安心した。
『なら、オレ爺ちゃんと母さんのところに戻る。メールは送ってあるんだけど、心配してるだろうし。』
この話には触れずに、正火斗は質問してきた。
『風晴、聖は 友達を信じると思うか?』
風晴はスマートフォンにうなずきながら、
『うん。オレはそう信じる。』
と迷わず言った。
『僕もそうしたいと思ってる。だから、』
正火斗の声には願いがこもっていた。
『風晴、聖を助けてくれ。』
真淵聖は、病室からいなくなった母親を探していた。
闇雲ではない。
正火斗が、下の階の方の東棟に向かうだろうと教えてくれていた。
4階脳外科・神経内科の人混みでは見つからず、3階の整形外科にさらに降りる。避難がほとんど済んでいるのだろう。フロアは人がいなくて、静かだった。
精神を集中して、静寂の中の音を拾う。
自分にはできるはずだ と、信じた。
ヒタヒタと歩く音
布の擦れるような音
感じとって、迷わず走った。
走って、走って、
角を曲がる。
瞬間
とらえた後ろ姿は見慣れた母親のものだった。
間違えはしない。
『、、、、、、っっ!』
長い廊下の先の小さな後ろ姿に呼びかけたい
声が出ない
呼びたい!
声にならない!
っ!、、!!
叫べ!!!!!
『おかぁさん!!!』
廊下に息子の声は響き渡った。
母親は振り返った。
桂木慎も、1階に降りて来ていた。彼には、神宮寺から正火斗の指示が来ていた。
急げ!時間がない!
出口に走り、ホールを横切る時に、安西と水樹を見つけた。
ん?抱き合ってる?
オイオイ!何やってんだよ、こんな時に!
見つめ合う2人には非常に申し訳ない。
いつもは、こう言うことには気を回して配慮できるのだが、ここは譲ってやれなかった。
『お2人さん!!今は東棟駐車場に出てくれ!まだやること残ってる!キスシーンは後回しで!!』
大声で言われて、2人は真っ赤になった。
桂木は笑った
凄いなオレ達
こんな状況で余裕だな。
安西がスマートフォンを見てる。
残り時間と、LINEか何かを、多分見た。
水樹に声をかけて、
2人も走り出す。
東棟駐車場へ!
3人が、玄関出入り口でそろった。
水樹は誰にともなく聞いていた。
『うまくいくと思う?』
この問いには、桂木が答えた。
『アイデアがあるんだ。オレ、体育のハチマキで星型作るの上手かったんだよね。』
高校生達を見送って、北橋も外に出ることにした。
物凄く嫌だったが、羽柴真吾も連れて出なければ。そして、警察に引き渡す。
振り返って階段側に引き返す。
数歩行けば、その異変にはすぐ気がついた。
階段下に、羽柴の姿は消えていた。血の後はいくらかついていたが、後を追う手がかりになるほどには滴ってはいなかった。
『、、、殺しときゃ良かったな。』
北橋は不満顔で呟いて、その場を後にした。
『クソッ。あの野郎、思い切りやりやがって、、、』
その頃、羽柴真吾は西棟上階側を目指して移動していた。
何かあった場合には備えてあった。
彼女の案だった。
アイツは本当に頭がいい。
これまでも自分達はうまくやってきた。
きっと、また逃げ切れる。
爆弾のタイマーは、何かあった時のために、5分早めてあった。つまり、実際に爆発するのはタイマーが0になってからさらに5分後だ。
爆弾エリアにはそう簡単には誰も足を踏み込まない。
追われたり、正体がバレた時には、
あえて設置場所付近を通ってまけと彼女に言われている。
羽柴は笑いが込み上げてきて、少し声にも出たが,殴られた部位にも痛みが走り真顔になった。
『たいした女だぜ、お前はなぁ、まどか。』
それだけを呟いて後は無言で足を進めた。
彼は彼で 信じて進んでいる。
だが彼は
信じているものの本当の恐ろしさを
まだ分かっていなかった。