タイムレース3
※現在登場人物紹介は取り払い、こちらを特別表示中です。
A県夜洛市 輪命回病院
西棟側 東棟側
7階 屋上
6階 産婦人科・乳腺外科 小児科
5階 呼吸器循環器内科・外科 心臓外科
4階 消化器内科・外科 脳外科・神経内科
3階 リハビリテーションルーム 整形外科
2階 手術室 ICU HCU 透析室
1階 外来患者受け付け インフォメーション
コンビニエンスストア 救急センター
残り時間
14:51:07
A県警察本部5階で、大道正火斗は指示を続けていた。
『桂木を4階へ。西棟消化器内科・外科にいる人員を、全て東棟に移動。』
『はい!』
神宮寺が答えて電話をする。
『椎名、安西を5階へ。西棟呼吸器循環器内科・外科にいる人員を全て東棟へ移動。』
ここで、
『待て!!』
と、声が上がった。
正火斗は、声の相手である 江元本部長を見た。
『君のスピード感あふれる判断力や陣頭指揮能力は凄い。賞賛しよう。だが、君は始めに話した時に輪命回病院には、爆弾が2つあると言った。この避難経路ではどう考えても産婦人科・乳腺外科病棟で見つかった一つにしか対応していないようだ。
これをどうするのかね?もう一つは、探しもしないのか?もし東棟や1階で爆弾があったらどうするのかね?』
正火斗は静かに告げた。
『2つ目の爆弾は、東棟にあるとは、僕も思っています。』
驚愕の発言だった。全員がざわめく。
安藤でさえ、その口元に手をやった。
『何を考えてるんだ!?負傷者を増やす気か?』
正火斗は、左右に首を振った。そして、彼は切ないような笑みを浮かべた。
『僕は、それが移動することを信じています。』
江元の表情は、驚きと絶望が滲み出ていた。
それでも、言い切る
『友達と、信じてる。』
輪命回病院の3階階段。
水樹は松下達男と見られる男のあとを追っていた。あまり近いと気付かれてしまうので、距離はとっていた。しかし、そのせいでか、姿を見失ってしまう。彼女は4階でフロアに出て見回したが、もう清掃員の服装をした人物は見当たらなかった。諦めて、下に降りる。残り時間は何分だろう、、、
3階フロアを通り過ぎてさらに階下に降りようとした時、
グイッ
と、長い髪を引っ張られた!
『ゔっ、、、!!』
水樹は咄嗟に髪に手をやったが、後ろに引きずられた。ゴツゴツした大きな手が彼女の口を後ろから押さえる。水樹は声をあげようとしたが、その力に抑え込まれる。そして、体も、男のもう一方の手で締め付けられた。
『ん"ん"ーーーー!』
耳元に男の息がかかる。水樹は、おぞましさに震え上がった。
『綺麗な嬢ちゃんだなぁ。オレの後をつけるなんて、光栄だぜ。もしかして、オレの正体知ってるとか?まあ、そんなのはいいさ。、、、何して遊ぶ?今なら調度2人きりだ。』
男は水樹を引っ張って、近くの部屋に連れ込もうとする。
水樹は必死に抵抗して、男の手を顔からはらい、
『助けて、、、!』
と、叫んだ。
(兄さん!秀一!)
心の中で名を呼ぶ。
『無駄無駄。みんな避難したんだってよ。クソ面白く無い展開だと思ってたら、嬢ちゃんみたいなのが来るから。世の中捨てたもんじゃないよなぁ。』
(ナイフがあったら、、、!)
水樹はそう思ったが、それはもう聖に渡してしまっていた。頭の中に聖が浮かび、風晴が浮かぶ。
風晴は言った。
" 本当に修復できないほど壊れているのは正火斗の方じゃないのか "
それは反論できない事実だった。悔しいほどに。
自分に何かあったら、あの人は今度こそ崩れてしまうだろう。
水樹は身構えた。
松下のネームプレートを付けた長身の男は彼女を見下ろして笑っている。
水樹は身体を低くして、男の下肢を狙って思い切りぶつかった。男も流石によろけた。空いた空間から階段に走り込む。
だが、すぐ後ろに足音を聞いた。
振り返る間もなく、転がるように降りる。
2階、1階、、、!
1階についてフロアに出ようとしたところを、また髪を引かれた!
『助けてぇ!!!』
水樹は、今度こそ叫んだ。大声で。
避難して、もう誰もいないかもしれないフロアに向かって。
松下の名を持つ羽柴真吾は、簡単に水樹の細い身体を持ち上げた。また階段へと向かう。
水樹が絶望に囚われたその時
『何してやがる?』
聞き慣れた声に、水樹は顔を上げた。
『その娘を離してやんなよ。あんたを殴れないから。』
そこには北橋勝介が立っていた。
『ぁあ?』
羽柴真吾は、北橋の眼差しに ただならぬものを感じてか、水樹を放した。
水樹は走って北橋の後ろに回った。
『けっ。嬢ちゃんの男かよ?白馬の王子様気取りかぁ?』
北橋は距離を詰めて、その相手の前に立った。
『そうじゃない。オレはあんたをずっと探してたから。』
『はぁあ?』
羽柴は北橋と顔を突き合わせた。
北橋は、万感の想いを込めて告げた。
『オレは田所高文の弟だ。』
羽柴の顔がその名前に歪む。
北橋はその瞬間を逃さなかった。
もう逃さない。
彼の右拳は羽柴真吾の左頬にめり込んだ。
首が回るほどの力が加わり、頭部が体と共に床に飛んだ。
もんどりを打って沈む。
『北橋さん!!!凄い!』
水樹が後ろから拍手した。
北橋は振り返って、
『こっちも手がぶっ壊れたけどね。、、まあ、気分的には最高だね。』
と血の滲む右手を、振った。
『君はまた、なんでアイツに捕まってたの?美人の財閥令嬢が近づいたら良くない相手だよ。』
北橋の言葉に水樹は素直にうなずいた。
『ホント、、、、そうだった。恐ろしいヤツだった。』
言った水樹は、思い出して身を震わせた。
そこに、スマートフォンが鳴った。
水樹は取り出して、通話を押す。
相手は確認しなかった。兄かもしれない。急ぎの何か、、
『水樹?大丈夫?』
秀一 だ。
彼がかけてくれたと分かった途端、涙は溢れ出た。
コントロールが 効かない。
『今どこにいる?残り時間が10分切った。そろそろ外に避難して。』
耳元の声を聞いて、ただ溢れ伝うものを拭う。
顔を伏せて、声を殺す。
返事が 返せない。
( 秀一、、、)
『水樹?』
安西は呼びかけを繰り返している。
見かねた北橋が左手で、水樹のスマートフォンを取った。
水樹が顔を上げる。
『安西くん?水樹ちゃん怖いめにあって泣いてるから来てあげて。、、、、男に襲われそうになったんだ。、、、いいや、ちがう。君に来てほしいんだって。一階の階段のところ。、、、そう、じゃあね。』
『、、、北橋さん、、、』
スマートフォンを返す北橋に、水樹は問うように名前を呼んだ。
『彼でしょ?水樹ちゃんの悩んでる相手。ちゃんと、伝えた方が良い。絶対に。』
水樹は、瞳から涙を流したまま、北橋を見つめ返した。
北橋は、ただ彼女にうなずく。
『水樹、、、!?』
後ろから探す声がした。彼が。
水樹は振り返って駆け出した。全力で。
広い 広い 無人の一階ホール中央で、
彼女も彼を 探した。
右?左、、そこを見たとき、
彼は走ってきた。
こちらに 息を切らして
『水樹!大丈夫!?』
問われても、口を開いたら、出るのは、、、
水樹は安西の胸に飛び込んだ
しっかりと しがみついて
彼の その胸で 泣き出す
安西は 戸惑ったが、それは一瞬だった。
腕の中の水樹を かき抱く。
彼女の 苦しみを、悲しみを、恐怖を
全て受け止めるかのように。
もう 何も 取りこぼさぬ ように
ただ 愛を込めて 抱きしめた