その先は道無し2
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸すオーナー。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
◆北橋勝介・・・フリージャーナリスト。
◆安藤星那・・・朝毎新報・新聞記者。
◆羽柴真吾・・・関光組組員。6年前から消息不明。
◆松下達男・・・関光組組員。羽柴の舎弟。
風晴が水樹に呼び出されていた頃、2階でもある2人が対話をしていた。
北橋の部屋には思わぬ来訪者があったのだ。
──大道正火斗だった。
「君が夜中来てくれるなんて嬉しい驚きだなぁ。男の中では間違いなく1番嬉しいよ。どうぞどうぞ」
北橋の ちゃかす言葉に
「嬉しくはないですよ。でも入れて下さい。中で話したい」
と言って正火斗は右手を軽く挙げて見せた。そこには、田所高文の家から持ち帰った白い簡易アルバムが握られていた。
田所高文の撮った昔の関光組や輪命会病院の人間の写真が詰まっている。
瞬時に真剣な眼差しになって、北橋は正火斗を入れたその扉を閉めた。
北橋の部屋は、すでに電気が消えていて備え付けデスクにあるライトとパソコンの灯りだけだった。彼はすぐさま部屋の電灯スイッチを入れた。
「教えて下さい」
言いながら正火斗はアルバムを開いた。ページをめくる。
アルバムを置くところがある方がいいと思ったのだろう。北橋は正火斗を座卓程度の高さのあるテーブルに誘った。
互いに無言だったが通じた。
正火斗はあるページを開いたまま、テーブルに置く──
「羽柴真吾はこの男とよく一緒に写っています。2人がどういう関係だったか分かりますか?」
羽柴と一緒に写る角刈りの白髪の男がそこにはいた。
「関光建業の幹部の村田駿二だ。羽柴のことを可愛がっていた。羽柴から見た兄貴分だろう。何をしていたかまでは詳しくまでは調べてないが…………確か、海外業務と表向きはなっていたと思う」
正火斗はうなずいて
「でしょうね」
と言った。
疑問顔の北橋をそのままに正火斗はアルバムのページをめくり、また手を止めた。そのページの中の一枚の写真を指差す。
北橋が目をやると、先程の村田駿二と外国人の男が2人写っていた。
「これは?」
と、今度は北橋の方が正火斗に尋ねた。
正火斗は
「彼らの持っているアタッシュケースのブランドマークですが、これはD.Dコーポレーションだと思います」
と答えて さらに続けた。
「D.Dコーポレーションは世界的な軍事物資企業ですよ。大道の傘下アメリカ支店でも出入りの記録があったので調べたことがあるんです」
北橋は険しい顔をしたが、動じはしなかった。
「関光建業──関光組は武器密輸の噂は前々からあった。まあ、実際にやってたって記録の一つかな」
「それなんですが、警察は陽邪馬市議会と大倉戸産業の癒着は潰した。大倉戸産業を通じての関光建業の不正な参入と業績、麻薬、売春、暴力行為、恐喝、飲酒運転まで罪状には上がっている。でも北橋さん……」
正火斗はそこで顔を上げて北橋を見た。
「"武器密輸"の正式な罪状記録がないんです。どこにも」
北橋はしばし正火斗を見つめ、そのまま悪態をついた。
「クソ! 警察は押収できなかったんだな? 証拠となる武器そのものを見つけられてない。だから挙げられ無かったんだ。その罪では」
「そうだと思います。密輸担当は村田駿二だった。彼はまだ刑務所に?」
北橋は記憶を探るように髪に手を入れた。
「持病の糖尿病が悪化して2年前から大学病院に移った。その後死んでる……はずだ」
「村田への面会記録を調べられますか?」
北橋は難しい顔をしたが うなずいた。
「なんとかしてみる。もしも羽柴真吾の名前でも出てきたら、なんだか嫌な感じがするな」
正火斗は彼に言った。
「それどころか、とんでもなく不吉な予感です」
重い空気が流れる中、正火斗はさらにアルバムのページをめくった。
今度は当時の(2013年ー2016年)の輪命回病院の写真のページだ。
「A県で住んでいたら利用していても不思議はないので、たまたま写っただけかもしれませんが……知った顔だったので気になりました」
正火斗は北橋に、また一枚の写真を指差した。
「ああオレも……見たことはあるな、ここで。名前は知らないが」
正火斗は答えた。
「井原雪枝という女性です。風子さんにこの屋敷を貸している、民宿のオーナーなんです」
灰畑駐在所も夜になっていた。
父親との風呂、歯磨き、ダーツ遊びは終わり、二男の和弥は布団で寝ている。
長男の聖はいつも通り部屋で静かにしている。
真淵耕平は、その夜初めて妻に嘘をついた。チャーハンを先に食べてしまったから、夕食はいらないと断った。
聖は自分を見つめていた。何か変だと思ったのかもしれないが、何も言わないでくれた。
とても食べられる心境ではなかった。今ですら、吐き気がするほど気分が悪い。
真実を確認するのが恐ろしかった。
気づかずに過ごせていたら…………どれほど良かっただろう。
そこに確かにあった──信頼と愛情の日々が砂のように簡単に崩れていく。
あんなに苦労して、大切に大切に……積み上げてきたはずだったのに。2人で。
そう思っていたのは 自分だけだったのだろうか。
真淵は 目の前にいる自分の妻の名を呼んだ。呼ばなくてはならなくて。
「実咲……」
喉に何かが詰まったような声が出た。
…………苦しい。これ以上に……苦しいことがあるだろうか。
妻は毎日そうしている所作で、布巾を絞って最後にタオルかけにかけた。台所仕事の終わりが、いつもそれだった。
そうしてゆっくりと顔を上げた。
「話がある」
彼はたった一言だけそう言った。
それが 限界だったから。
19年共にいるその人は、いつもと違う何かに気づいたのだろう。ただ優しく──少し悲しげに微笑んだ。
「お風呂に先に入ってくるわ。それから話しましょう」
そうして、大きな体の真淵の横を通り過ぎた。
彼は止めることができなかった。
しばしの与えられた時間に安堵さえあった。
このまま寝てしまって、ただ朝を迎えられたら……
そのために魂さえも売り渡していい気さえした。
やがて妻が風呂に入り、シャワーのザーザーという音が始まった。
ただ立ち尽くしていた真淵の耳に
カタ────ン!
という、風呂場から何かが落ちる音が届いた。
それが 彼を動かした。
脱衣所をのぞき 声をかける。
「実咲……?」
返事はない。
その時、洗面台に風邪薬のような薬剤の瓶があることに気づいた。瓶の中は半分程に減っている。
真淵はやや声を大きくして風呂場のドアまで行った。
「実咲!? 開けるぞ?」
やはり返事はなく────そのドアを押す。
シャワーがサーサーと降り注ぎ、そこには一筋の紅い筋が走る。
真淵は目を身開いてドアを全開にして飛び込んだ。
真淵実咲は、湯船に浸かったまま左手の手首を切っていた。意識は無く、手首はだらりと湯船から出てシャワーを浴びている。
タイルにはカミソリが一本落ちていた。
「実咲!!!」
真淵耕平はその人の名を叫んだ。
────最愛の人の名を
転落編・落下 終了です。




