1対1の夜道
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
その文面を目にした時、ドキリと心臓が打った。
"11時に1階広間に 大道水樹"
風晴の部屋のドアの下から滑りこまされた、怪文書ならぬ呼び出し状だった。
正火斗から水樹のことを詳しく聞いてしまっていたから、風晴はこれがロマンチックな類ではないとすぐに察しがついた。
むしろ、気をつけるべき展開だ。
多分水樹は、夕食の風晴と椎名の様子を見て黙っていられなくなったのだろう。
(水樹はナイフを持ってくるだろうか…………?)
考えると──正火斗に相談すべきか一瞬迷った。彼はすぐ助けてくれるだろう。
けれど自身のプライドと……水樹を信じたい気持ちもあった。正火斗が北橋に言っていたように、彼女は いくらか良くなってきているのではないか。
色々と考えているうちに指定された時間が来てしまった。
風晴は広間に向かった。
広間の電気は当然もう消されている。
水樹はすでに風晴を待っていて、サイドボードに置いてあるスタンドライトだけを付けてあった。
灯りの中に立つ大道水樹は本当に美しくて、正火斗によく似ていた。会ったばかりの頃はただその容姿に目を奪われたが、今は風晴はその自分を待つ彼女の中に孤独を感じた。
まるで綺麗な白鳥が1羽、群れと はぐれたかのように。
「来てくれてありがとう桜田。聞きたいことがあるんだけど」
続きは予想できたが 風晴は水樹の言葉を待った。
「あなたは椎名のことどう思ってるの? もし告白されたら
付き合う気あるわけ? 遠距離でも?」
一つ一つ解決しようと風晴は思った。平和的に。
「椎名は別にオレに告白しないと思う。オレは友達だと思ってる。だからいる間 仲良くできたら──それでいい」
「じゃあもし告白されても、付き合わないってことよね?」
水樹は念を押してきた。
「あ─……っと、それは……付き合いたい……かも」
「なんでよ? 友達だと思ってるだけなんでしょ! 遠恋の覚悟もないくせに! 一体どういうつもりで言ってるのよ!」
水樹はかなり本気で怒りだしていた。彼女はこうしてかつては男子学生達をやり込めてきたのかもしれない。
「分かってる。ひどい本音だって。ただ、オレ告白されたことないから──椎名じゃなくても多分嬉しくて、言われたら付き合おうかと前向きに自分が考えるって想像した」
「それじゃ誰でもいいってことじゃないの!? 女の子なら誰でもいいって。そんなのでその子と付き合うの? 自分の彼女に? 自分のものにするって言うの!?」
水樹は両手の拳を握って、仁王立ちで風晴に叫んだ。発する言葉の息づかいで、壁に映る彼女のシルエットは揺れる。
水樹が風晴だけでない、何かに怒っているのは分かった。でも 今ここで彼女に伝えられるのは──自分しかいない。風晴はよく考えて 慎重に 口を開いた。
「水樹、オレ……オレ達みんな、完璧じゃない。特に好きとか嫌いとかなんて、自分の中で何パーセントなのか、どれくらいあるか──気付けないし、きっと考えても分からない。ほとんどみんなだと思う」
水樹の影の揺らぎが止まる。風晴の言葉を聞くために。
「でもこの女の子と"好き"を始めてみたいと思ったら、告白したり付き合ったり…………するんだと思う。そうしないと始まらないから。
オレ達きっと100パーセントになって付き合うなんてまだ無理なんだ。例え100パーセントだと思ってても、それは思い込みだろう?
思い込みでも、この後の就職や進学や職場や新しい沢山の出会いも、その思い込みの強さで乗り切れたら本物かもしれない。
何にせよ、そうやって付き合いながら2人で色々な経験したら、そしたら──いつか恋人同士は100パーセントに近づいていくんじゃないのかな」
わずかに2人の間に沈黙が流れた。
「だけど結局、桜田はただ女子と付き合ってみたいから、椎名が告白してきたら断らないって結論よね?」
女子はこういう話題での頭の回転が本当に素早い。男子が必死に理論を組み立てても、根源を見抜いて撃ち砕く。元々水樹は頭もいいんだろうが。
「指摘はあってると思う。だけどオレ、椎名にって言うか──告白してきてくれた子にちゃんと言うよ。"気持ちが嬉しいだけで、まだ好きじゃないから友達からでもいいですか?"って」
水樹が風晴を見つめる。
風晴は次の言葉を、言った方がいいと思って言った。
言いたくはなくても。
「それでどうするかは、告白に来てくれた子とオレの問題だと思う。水樹は関係ない。水樹の恋じゃないんだから」
水樹の美しい瞳が見開いて、風晴は彼女を傷つけたと思った。ところが次の瞬間水樹は笑いだした。お腹を押さえ身体を少し折り曲げて、おかしくて……おかしくて たまらないかのように。
彼女のその姿見て、風晴は呆然とした。自分が水樹を壊してしまったのではないかと不安になる。だが、水樹はちゃんと笑いを止めた。そして意思の宿る瞳で風晴を見た。
「私はあなたが嫌いだった。兄さんはあなたのために ここまで来たけど、私は兄さんが父の尻拭いをさせられる必要はないと思ってた」
水樹は続けた。
「桜田ってたいしたことないくせに、桂木や聖や秀一とも仲良くなってて腹立たしかった。なんなのよ、あんたは?」
指差されて風晴は動けなかった。図星だったから。自分でも思ってたことだ。
「でもあんたって……」
水樹はその指を下ろした。
「答えが出せるのよね。どんな状況でも。テストの問題がどんなに解けても、解けない問題の答え」
そして水樹は うつむいて黙ってしまった。
何か言った方がいい気がして、風晴は思ったことをそのまま聞いた。
「今みたいに、男子達を怒ってきたのか?」
水樹は顔を上げた。
「全然。脅しは怒って見せているだけ。あれはただの作業だった」
水樹の声が静かだった分、闇の深さがうかがえた気がした。言葉の無い風晴に、水樹が言った。
「ありがとう桜田。本気で怒らせてくれて。あなたなら答えを教えてくれると思った。本当に愛されて育った人間だから」
風晴は黙って彼女を見つめた。
「聖も──そう」
そして 水樹は言った。
「私にはそれがない。だから分からない」
その言葉に風晴はしっかりと首を左右に振った。
「水樹は良くなれる。水樹は正火斗に愛されて育っただろう? 本当に修復ができないほど壊れているのは、正火斗の方じゃないのか」
その言葉に 水樹は無言で 立ちつくした。




