あなたの待つ場所へ1
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員。6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆大山キエ・・・黒竜池によく行く老婆。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸すオーナー。
◆大河弓子・・・夏休みの間の民宿の手伝い人。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆北橋勝介・・・フリージャーナリスト。
正火斗は 胴体が空洞だった地蔵の中から出てきた鎌を、地面に置いた。それから再度地蔵の肩部分に手をかけて動かそうと試みたが、すぐに止めた。
「壊れそうで力を込められない」
彼はそう言った。胴体部分はくり抜かれているから、どうしても他よりも薄い。正火斗の反応も最もだと風晴は思った。
北橋が
「手を貸そうか?」
と申し出たが 正火斗は首を振った。
「1人でやってみないと」
それから彼は、地面に片膝をついて土台部分を押した。
背中の筋肉が収縮して、かなり力を入れているのが分かる。その端正な顔が強張る。
みんなが注目している中、地蔵は少し横に──ずれた。
「動いた!」
水樹は拍手しそうな手をしたが音は出さずに指をくんだ。
正火斗は土台から手を離し、そのまま草原の方に手をついてハアハアと息をついている。
彼は顔を上げて 立っているみんなに向かって言った。
「これは大変な作業だよ。少しずつしか動かせないわけだ」
息を少し整えて 続ける。
「黒竜池には車を乗り付けられない。まず大きな機材も持ち込めない。だからこうして人力で少しずつ移動させるしかなかった。何よりも動かした人物……もしくは人物達は、地蔵を壊さないでこの場所に置きたかったんだ」
「不要なら壊せば良かったものな。その方が楽だ。形を維持したまま、池の縁に持って来たかったってことか」
北橋も情報を整理して言った。
「後は"いつ動かされた"が重要ですが。確認は難しいかもしれない…………」
正火斗は対岸で動く警察達を遠目で見ながら言った。
「大山のおばあちゃんも"昔"としか言わなかったもんなぁ」
風晴も言葉に出していた。おばあちゃん方の"昔"は 果てしなく期間が長い。
「それでも色々分かりました。来たかいはあった」
正火斗は膝や手についた草を払って立ち上がった。そして彼が対岸に手を振ったので、風晴達はその方向に目を凝らした。
桜田孝臣が手を振っている。
風晴と水樹も振り返した。北橋は軽く会釈をした。
聖は1人しゃがんでお地蔵さんの胴体に、また赤い布を丁寧に巻きつけた。
民宿に戻ると建物の前の路肩に黒いファミリーワゴンが止められていた。
(あれって……)
風晴は見たことがあると思い、聖は当然反応した。小走りに玄関に駆け込むと、風晴の母と大河さんと井原さんの民宿メンバーと、聖の母親が玄関口で話しをしていた。
「「お帰りなさい!」」
母親達は声をそろえて言い、風晴は何か圧倒されるものを感じた。とりあえずは挨拶をする。
「こんにちは」
"こんばんは"かもしれない時間だった。でも自ら遅くなった自覚があることを気取られてはいけない。心理戦だった。
「聖、LINEの返信だけはくれないと。いつ迎えに来たらいいか分からないから、お母さん来ちゃったのよ」
と真淵の母親が言った。
「風晴、あんたなんか夕食の時間分かってるんだから。それに間に合うか遅れるかくらいは連絡よこしなさいよ」
と風晴の母親だ。
明らかに風向きは悪い。
「ごめん……なさい」
「忘れてた」
と聖と風晴は言い、風晴のみスパン! と はたかれた。
「ってぇ!」
「いい? あんたの連れ回してるお客様にだってお父さんお母さんはいるの。あんた1人じゃなく、お預かりしてるうちには責任があるんだから、連絡だけはちゃんと よこしなさい」
「すみません。……オレが息子さん達を遊びに連れ出していました」
戸口から北橋が母親達に頭を下げた。
風晴の母親は北橋に体を向けて言った。
「北橋さん、先程孝臣さんから連絡は頂いています。あなたに怒りはありません。これは親子の決まりごとなんです。
この子は朝私に"遊びに行く"と言って出て行った。遊びで遅くなる時は連絡を入れるのが"風晴と私のルール"なんです」
瞬間、風晴は分かった。母は見抜いてる。当然──朝から。
遊びで出て行くわけではないことを。
桜田風子に、何の連絡もいってない訳がない。妻なのだから。頭蓋に弾丸痕のある白骨体が夫かもしれなくて、息子が──おそらくは その事件を友人達と調べてる。気づかないわけがなかった。
でも信じたんだ。
"遊びに行くと言って出て行く息子"を、丸ごと──
だから問い詰めも深追いも、しなかった。
井原雪枝が母の横から一言付け加えた。
「風晴くん、連絡がないから みんな心配してたのよ。母親って そういうものだから」
風晴は母を見た。真正面から見据えるその人に、言う。
「ごめんなさい。次から気をつけるから」
もう少し何か上手く伝わる言葉があればいいのにと思いながら。
だが 母は大きくうなずいて
「それで良し!」
と風晴の頭を2回ポンポンとした。
それから正火斗と水樹にも
「あなた達もね、待っていたのよ。お帰りなさい」
と声をかけた。
兄妹は恥ずかしそうに 照れ臭そうにだが
「ただいま」
「ただいま帰りました」
と答えた。
風晴は、北橋のような大人にすらも 信仰のように崇められる正火斗が、少年のような顔に戻るのを初めて見た。




