違う道を歩む人ー特別版・後編ー
テーブルは静まり返った────
が、すぐに勝介が話しだした。
「写真の男自体は見つからなかったけど…………義姉さん、ヤツの関光組と病院を繋げていた大倉戸産業は両方とも もう共倒れしている。
兄貴が調べていたことは立証もできなかったが、今はもう病院では行われたりはしていない。これはオレが調べて確かだったから」
勝介の言葉に思わず聞き入る。まだ"義姉さん"と呼んでくれた──あの頃のように。私達は本当はたいした年齢差もないのに。結の胸は切なくなった。何のせいかは分からないけれど。
勝介はその日初めてしっかりと結を見た。ハッキリと言う。
「今日ここに来たのは、最後にこの話を聞きたかったのと…………確かめたかったからだ。兄貴の葬儀をすることになっても義姉さんは呼ばない。そんな身体で来たら赤ちゃんに良くないと思う。
それから兄貴の首に絡まっていたチェーンは、オレが持っている?それとも…………ここに送る?」
身を斬られるかのような言葉だった。
そして────最後の衝撃。
あぁ…………あの人、付けていてくれたんだ。9年も。9年もの間、冷たい水の底で。
勝介が見ず知らずの高校生達を連れてきてくれていたことに感謝した。彼と2人きりなら私は泣き出していただろう。込み上げるものをグッとこらえる。言葉を発するのが怖かった。今、私はどんな声を出してしまうだろう?
すると素早く勝介が
「オレが持ってることにするよ、義姉さん」
と言ってくれた。
それで、ただ うなずくだけで済んだ。
あなたはどうして……いつもそんなに優しいんだろう。
まだ他に行く所があるからと 彼らは立ち上がった。
「ありがとうございました」
「お体に気をつけて」
「お邪魔しました」
と高校生達が出て行く。
最後に、あのストローを気にしていた男の子が振り返って立ち止まった。
(何だろう?)
結が見つめても目を合わせてはくれない。それでも彼は口を開いた。
「お母さんが……弟を産んだ…………」
彼はゆっくりと話した。
「……かわいい……とても」
私はうなずいた。男の子の顔にふっと優しい表情が浮かび、そしてドアを出て行った。
ドアを開けて待っていた勝介が彼を目で追った後、こちらに顔を向けた。その顔が完全に向くのを待ってから告げる。震える唇で。
「ありがとう。…………何もかも」
短いけれど、9年?──ううん、彼と、彼らと知り合って15年の年月をこめた言葉。なんて儚いのだろう。
このわずか数秒で終わってしまう。
勝介はあの変わらない優しい眼差しで告げた。
「さようなら────山岸さん」
ドアは閉まった。
思い出が押し寄せて、音は耳に届かなかった。壁に寄りかかって、溢れ落ちる涙を抑えた。
彼の別れの言葉が全てだった。
私は今、山岸結 だ。
「…………よ……なら」
自分の中で田所高文に別れを告げる。愛した人。本当に──彼と共に青春を過ごし、彼を愛していた。
突然いなくなってしまって、多分殺されたとされて、でも諦めきれなくて認めたくもなくて、帰りを待った日々…………
その6年半の間、私は間違いなく高くんを愛し続けていた。勝くんはしばしば変わる彼女もいた。私達は完全に義理の姉弟で、失われた田所高文によってのみ、繋がっていた。
なのにどうしてだろう。
実家に置いていかれた時──
この身を襲った苦しいほどの悲しみは、高くんを失ったものでは もうなかった。
共に慰め合い、支え合い、悲しみを分かち合った勝くんを私は想った…………
そうして ようやく理解したんだ。
あなたが私を引き離した理由を。
私はあなたの背中に"裏切り者"と叫んだ。支え合ってきた相棒を捨てるのか──と腹立たしくて。
だけど あなたといた日々の……あなたの思いやり、献身、あの限りないほどの優しさを思い出せば、どうしたってその答えに行き着いてしまう。
勝くん、あなたこそが
絶対に裏切らない道を選んだのだ と。
結は涙をぬぐった。
何かに気づいたかのようにベランダの方に足早にかけ、サッシの鍵を開ける。
置きサンダルを履いてベランダの手すりにつかまると、勝介の黒いレクサスが見えた。
もうマンションの駐車場は出て、一般道に混ざり始めている。かまわなかった。
彼から見えなくても、かまわない。
結は大きく左右に手を振った。力強く。
自分のために。
やがて黒い車体は他の車の中に消えていった。
もう見えない。もう、見ることはないだろう。
それでも結はお腹に手を当てて、笑みを浮かべて優しく撫でた。
ガチャリ と音がして
「たんぽぽ茶あったぞー!」
と夫の声がした。
結は誰よりも、待ちわびた人が戻ってくる喜びを知っている。
ベランダの段差に気をつけてあがり 部屋に戻る。
「おかえりなさい!」
目の前の人にそう言って迎えた。
限りない 愛を込めて
お読み頂きましてありがとうございます。
今回はー特別版ーと付けまして、あの長ったらしくなりつつある登場人物紹介をとっぱらい、いつもと違う一人称を多く取り入れ、山岸結の視点で描かせてもらいました。
ミステリーとして重要事項も入っていたのですが、私はこの女性に重点を置きたかった。彼女の人生の一部分を書きとらせてもらいました。
結は文字としては今後も出ますが、登場することはもうありません。彼女がこの事件から離れ新たに幸せに暮らしていくことが、高文・勝介の願いと くみとりたいと思っています。
いつもの方も、たまにの方も、初めての方も、本当に読んで頂きましてありがとうございました。 シロクマシロウ子




