まやかしの通路2
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆桜田和臣・・・晴臣の実弟。桜田建設社長。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆安藤星那・・・朝毎新報・新聞記者。
◆今井薫子・・・桜田晴臣の秘書。6年程前に自殺。
和臣は少し間を置いてから話し出した。
「実は……あの南雲さんが使っているから、特別な背景のある女性かと思って親父が引き抜いたのは事実だよ。親父は──今井薫子さんの両親や兄弟が何かしらの有力者なのではないかとすら期待していた。
だが そうじゃなかったんだ。事故で既に両親は他界していて、五歳年下の妹が親戚と暮らしている家庭背景だった。
むしろ気の毒かもしれない。事故には本人も巻き込まれたらしくて、子供の頃の記憶はあやふやになってしまっているらしいから。
後から分かったんだが、南雲さんがお気に入りだったのは彼女の看護の仕方だったんだよ。南雲さんは持病が肺にあって輪命回病院を常日頃利用していた。そこの看護婦だったそうだ」
「看護婦…………」
神宮寺の繰り返す声がした。
「うちに来てからはそのスキルは使う必要がなかったけどね。普通によく働いてくれてたのは本当だよ。誰からも彼女を悪く聞いたことはなかったね」
「すみません! ご結婚されてなかったんですよね? 薫子さん。彼氏さんとかって……」
と桂木だ。
(自分のキャラクター活かしてるな)
と安西は笑いたくなったが胸の内だけに留めた。
「全然プライベートなことは知らないが、いると僕は思って当時暮らしていたかな……? でも印象だけだよ。ほら"30代だし、いても当然だよな"みたいな」
安藤は気さくに微笑んだ。
「そういうことを本人に聞くと、もう問題になる時代ですものね。
今井さんは中学生の頃、灰畑町から陽邪馬市にお引っ越しされたとは聞いているんです。今もご実家は……誰かいらっしゃるんでしょうか?」
和臣は少し前かがみになって、顎に手をそえた。
「晴臣兄さんの……隣りの事務所の従業員名簿に住所は残ってますよ。住人については僕は予想もつきませんが。
誰か人をやって……」
と言うと 隣りにいた奥さんが声をかけた。
「あなた、私が行きますよ。デスクの引き出しの"晴・事務所"ってホルダーのついてる鍵でしょう?」
そうして、もう立ち上がっていた。
「ありがとう。入って右側の陳列棚の下の方だと思う。ラベルが背にあったはずだ」
「ママ、どこ行くの?」
娘の声で彼女は止まる。振り返って
「ちょっと荷物を取りに。すぐ戻ってくるから、東北新幹線の連結を練習してて。よく外れるみたいだから。帰ったらチェックするわよ」
と言って、娘に手を振って出て行った。
娘も手を振り、それからプラスチックケースをゴソゴソと探りにいった。おそらく"はやぶさ"と"こまち"を探しているのだろうと安西は思った。
「良い方ですね」
だいぶ年下のくせに偉そうかもしれない。でも自然に神宮寺はそう発言した。
少し照れくさそうに笑って、和臣は
「そうでしょう? 僕にはもったいないような奴なんですよ。兄貴も両親もいなくなって、もう どうでも良くなってた僕についててくれたんです。会社の借金や負債も見通しが立たない頃に結婚してくれて。なんとかやっていこうって気力が続いたのは妻と娘のおかげですよ。
ここ2年ほどでやっと上向いたんです。大倉戸産業が廃業になって、うちみたいなところにも仕事が流れてきている」
安西は踏み込んだ。強引だが逃していられない。
「弟さんは経済産業局に勤務とお聞き致しました。仕事を回してもらったりは……できないものなんですか?」
和臣は流石に顔を曇らせた。高校生はなかなか恐ろしい質問をする。
「うちがちゃんと仕事を担えるだけの力量があれば入札に参加できるが、今はもうコネや裏ルートができる時代じゃない。それに、私にはそれを隠す力もないのだよ。
弟は確かに産業局にいる。あいつも食っていかなきゃならないからだ。だが、昔からの人付き合いの悪さから、出世は望めないようだ」
安西は さらに食らいついた。これを聞いて帰りたい。
「先程ご両親が亡くなられたと言われました。ご両親と同居されていたはずの桜田晴臣さんの奥様と息子さんは、それをご存知なんですか?」
和臣は一瞬安西を凝視した。安西は何くわぬ顔で和臣に目線を返す。そらさなかった。深掘りしてきたら正直に言ってもいいと覚悟を決めてさえいた。
"自分達は今 桜田親子の民宿に泊まっていて、風子さんと風晴くんを知っています"と。
(とにかく情報を得て帰る。自分達にチャンスは、この一回きりかも知れない。)
安藤は安西秀一の肝の座り方に感心した。ただの秀才くんじゃない。
そこに、トコトコと"有ちゃん"が現れた。手にはドクターイエローの車体を持っている。
突然の展開でみんなが注目する中、有ちゃんは父親の膝にドクターイエローを置いて行った。
安西が見ると、レールの方では東北新幹線が ちゃんと2車体連結して走っていた。
和臣は娘の置いていったドクターイエローを持ち上げると、苦しそうにそれを見つめた。少し瞼を閉じて──それから彼は口を開いた。
「娘の有は これが──ドクターイエローが、僕のものだと思っているんです。それで今届けに来た。生まれた時からレールと一緒に家にあったから、そう思い込んでる。
でも僕のものじゃない。これは桜田風晴の──彼の遊んでいたプラレールなんです」
室内はとても静かだった。
桜田有の、走る東北新幹線を追う靴音だけが、パタパタと響いていた。




