特別ルート
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆大山キエ・・・黒竜池によく行く老婆。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆北橋勝介・・・フリージャーナリスト。
◆安藤星那・・・朝毎新報・新聞記者。
聖が大山キエに話したように、黒竜池では物々しい捜索が行われていた。
安藤星那は規制線の外から、メモを取りながら様子をうかがっていた。
警察や消防、ダイバーに混じって、半袖シャツ姿の中年男性に目を留める。
(あれが桜田孝臣ね。宿泊先が一緒なんだもの、絶対にコメントをもらうわ)
彼女は自分自身に誓った。
安藤の父親は大学教授だった。就職を新聞社にしたいと言ったら父は
「なんでまた今の時代にそんなところに」
と驚かれた。
新聞社と言っても今の時代は当然──新聞そのものの発行部数は落ちて、ニュースも記事もデジタル型が圧倒的だ。
彼女の書いたものも、そちらに載ることもしばしばだ。
だが安藤はとても紙面が好きだった。新聞紙と言う情報媒体が好きだ。
子供の頃震災に見舞われた時、停電しテレビは使えなくなり、先行きの分からなさから携帯電話の使用も両親は控えた。結局、持っていても普段通りには役立たないのだ。
しかもそういう時に限って、デジタルはフェイクニュースも出回る。
停電のまま夜を過ごし、朝になると新聞屋がいつもより遅い時間少し薄い新聞を配達に来た。
「よく来てくれたわね。助かります。信じられる情報が何もなくて」
母が新聞配達の人に感激していたのが忘れられない。
それから家族は新聞をこぞって回し読みした。
新聞は全てのページを信じて安心して読める。
(私もそんな記事を書きたい)
彼女はそして、新聞記者になった。
「ねぇ、朝毎新報の記者さん?」
まばらに立ちゆく人々の誰かに 声をかけられた。
知らない声。彼女は振り向いた。
「オレ北橋っての。オレ達同じ所泊まってるよね? 民宿。
よろしくね」
背丈と肩幅のある顎周りに髭を残した30代くらいの男が手を差し出している。
安藤は手を出さなかった。
「よろしく。でも特に仲良くするつもりはないわね。お互いに同居人として節度を守って頂ければ」
その堅苦しい言葉に北橋は笑った。
「ま、それもいいよね。そういうのもね」
安藤は北橋の前を通り過ぎようとしたが、その時北橋は言った。
「君、もう宝来総司の息子と会ってたよね? 彼、なんて言ってた?」
彼女は足を止めて北橋を見た。
「何のこと?」
しばし──安藤の顔を見てから 北橋は今度は吹き出した。
安藤はその場に佇んで両手の拳を握る。
「そっかそっか。君は、本当にただこの池の白骨体の記事を書きにきただけなんだな。いやぁ、悪かったねぇ」
馬鹿にされている。安藤は怒りに任せて口を開いた。
「その通りよ! 事実を書くのが記者だもの!」
チチチッというふうに、北橋は彼女の眼前で人差し指を振った。
「事実の前に、疑惑を追うのがオレ達だろ」
安藤がさらに反撃しようとしたとき
「出たぞ────────!!!!」
という声が森中に響き渡った。
規制線の内側では、黒竜池の縁の1箇所に警官達がうわぁと言う声と共に群がった。
安藤や北橋、他のメディア関係者らも規制線まで一気集まる。警官側も規制線に沿って立ち並び、彼らが越えてこないように立ち塞がった。まずその警察の様子をとシャッターを押す記者もいたが、あっという間に眼前にはブルーシートが広がった。もう何も見えない。
安藤は唇を噛んだ。
ふいに手袋をして、スーツの刑事が規制線の傍まで来た。
刑事は大きい声で
「北橋! 北橋勝介! いるか!?」
と叫んだ。
("北橋"!?)
安藤は、さっき名乗ってきた隣りに立つ男を見た。
「はい。オレですよ。北橋勝介」
彼は刑事に向かって片手を軽く挙げた。
刑事は、彼に向かって軽くうなずいた。
そして信じられないことに──
「こいつを通してやってくれ」
と規制線に立つ警官達に行ったのだ。
安藤は衝撃で動けない。
(どうして彼だけ!?)
北橋勝介は規制線テープを 背の高い身体を折り曲げてくぐり、そして中に入った。ブルーシート内へ向かう途中、彼は鬼の形相の安藤の視線を感じたのかもしれない。彼女の方に目を向けた。
ニヤリとしてから 北橋は告げる。
「残念。オレは関係者でもあるんだよね。君は色々下調べが足りないと思うよ。安藤星那チャン」
そしてブルーシートの中に姿を消した。
風晴と聖は大山家から帰り道を歩いていた。
まだまだ勢いよく陽射しは照りつけている。2人は黙って歩いていたが、風晴の腕を誰かが引く。
(誰かって真淵しかいないだろ)
風晴は胸の内で自分に言って聖に振り返った。
聖は一瞬だけ目を合わせて、後は指差した方に顔を向けた。その方向に屋根付きのバス停がある。
2人バスに乗るお金は無いし、ここのバスは2時間に一本ほどだ。
(ただ休もうってことかな)
風晴は聖に手を引かれてバス停の屋根の下に入った。
日陰なだけで──だいぶ違う。2人は木造りのベンチに座った。
座ると聖はスマートフォンを取り出して打ち始めた。
(誰に?)
とは思っても、そこはプライバシーだ。風晴は、むしろ正面を向いて息をついた。
ブーという着信音がして、聖が風晴に向いた。
「お母さんに…………このバス停に迎えに来てって……連絡した。……すぐ来れるって。桜田くんも乗ったら…………途中で降ろせる」
「ホントに? すごい助かる」
風晴は今日真淵聖といて、とても感心していた。黒竜池で彼は"自分には悪いところがある"と言っていたが、本当は物凄く敏感で、賢いのではないだろうか。
表現や関心が向かないものへの反応の薄さはあれど、聖はよく考えている──細やかに。隅々まで。
それと共に繊細さと脆さは確かに透けて見える。
だが短所の無い人間なんているんだろうか。
彼の短所がその部分であるなら、もうそれを含めて“真淵聖"でいいじゃないか。
「今日はありがとうな、真淵」
風晴は言うべきことを言おうと思った。
「来てくれて本当に良かった。オレ1人だったら、多分ダメだった。まず家入れてもらえなかったかも」
「…………良かった? 桜田くん1人だと…………ダメ?」
聖は独特な繰り返しをした。
「そう、オレは大山のおばあちゃんから聞き出すことしか頭になかった。真淵はおばあちゃんに"今は黒竜池には行けないんだ"って教えてただろ?──他にも、いろいろ」
聖が風晴を見続けている。珍しい。
「ああいうのできるのって、良い奴だと思う。本当に。真淵がいてくれて助かった」
「良い奴…………」
聖はそこでニコニコになった。風晴は彼に大きくうなずいた。褒められているのが伝わったのなら、それでいい。
ブラックのファミリーワゴンが近づいてくる。
聖が見つけて反応している。聖のお母さんかもしれない。
車から目を離すと、聖は風晴に近づいた。
風晴はなんだろうと静止して待った。何かあるようだ。
顔は目の前にあるが、視線は外している。
だが 聖はハッキリと風晴に言った。
「明日……僕も…………行きたい」




