迫り来るもの
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆宝来総司・・・正火斗、水樹の実父。元陽邪馬市市長。桜田晴臣が行方不明になる同日に転落死。
◆西岡幸子・・・桜田家の隣人。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸す民宿オーナー。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
◆北橋勝介・・・フリージャーナリスト。
母親に言われた通り、風晴と正火斗はナスを収穫したが、正火斗はナスのガク部分のトゲに驚いていた。
『ナスがこんなに凶器的だと知らなかった。あんなスベスベの実で油断させておいて、ヒラヒラ部分を触ったら物凄くチクリときた。』
『悪い。早く教えるべきだった。ナスのトゲは結構やっかいで、小さいから抜けなくって、病院まで行って取ってもらう人もいるんだよな。』
風晴は教えた。今更だが。
『病院まで?自分で取れないほど入り込むのか?』
正火斗は青ざめながら聞いてきた。
風晴は首を振った。
『それはホントに稀だと思う。ただ、右利きの人が右手の指にトゲを刺したら、自分じゃ抜きづらいだろ?』
『ああ、、、そうか!なるほど。』
正火斗がひどく感心していたので、風晴は笑ってしまった。祖父の家のザルを借りて、ナスを入れて持つ。
民宿に戻る下り坂で、風晴はふと思った。
『あの茶封筒の手紙の文章、、、』
"お前の母親は嘘をついている" というヤツだ。
『オレ達の父親についての、その、、、不正に関わっていたことを(不正に関わりたくないと言って殺された可能性は高いが)隠してる、、、みたいな意味だったのかなぁ?
だとしたら、手紙はみんなには見せない方がいい?』
正火斗は答えた。
『いや、それならもっと早く手紙は来てるはずだ。このタイミングで来てることが重要だと思う。黒竜池で白骨体が上がった途端にポストに届いた。仮に だ、遺体が君の父親だとしたら、この後君に起きることはなんだと思う?』
正火斗に逆に質問を返されて、風晴は考えた。
『ええっと、父さんが行方不明じゃなくて死亡がハッキリして、ずっとできなかった葬式とか、、,納骨とか?』
『それが終わったら?何が受け取れる?』
正火斗は大きすぎるヒントをよこした。いくらなんでも風晴だって気づく。
『!生命保険!3億円!』
風晴はおもわず言ってしまった。
正火斗は
『しーっ。あまり大声では言わない方が良い。でも、2億じゃないのか?』
と、ひそめた声で聞く。
風晴は慌てて辺りを見回した。良かった、まだ坂の降り口で、近くには人は見当たらない。
それでもやはり、風晴も小さな声にして正火斗に囁いた。
『昨日分かって、総額は3億2千万だって。』
正火斗はただうなずいた。風晴には、彼が全く動じていないように見えて、
(日常でもよく聞いてるような数値なんだろうな、コイツにとっては。)
と思ってしまった。だがだからこそ、彼には打ち明け易い気もした。
『手紙の示す”嘘"の内容はともかく、狙いは君と風子さんとの不仲じゃないか?例えば、君は未成年だから、生命保険を受け取るのに、後見人もたてる。僕が知る限りこれは親族がなるはずだ。今回の場合には親である風子さんがなるのが当然だと思う。
君の親族は、おそらく今祖父、風子さん、叔父である桜田先生、、、、』
正火斗はそこまでしか言わなかった。彼は風晴の言葉を待っている。
風晴は親族について考えた。自分は一人っ子。母方の祖母は他界してる。母にも兄弟はいない。あとは父方の、、、
『叔父さん達、、,桜田の、、,桜田建設の社長達。』
正火斗はうなずいたが、すぐに言った。
『あくまで一つの推測だ。だが、現状、今回の生命保険に関われる人物は限られてると思う。あり得ないはずだが、君と風子さんが不仲になって君が後見人を他の人にしようとした時、彼ら自身は、選ばれる可能性があると思っているのかもしれない。桜田先生は四男だ。向こうには、次男、三男、祖父と祖母がまだ健在ってこともある。』
『でも生命保険の話しを一体どこで、、、、』
首を振って、正火斗は言った。
『あの当時、君達は桜田の祖父母と二世帯型の同居だったんだろう?何かで聞かれた可能性は充分にある。あとは、父親の事務所が、どこにあったか覚えているか?』
風晴は、父が当選した日に、母と行った場所を思いだす。桜田の祖父母もいて、人が沢山、、、あれは、、、
『桜田建設の隣りだ。駐車場がつながってて、敷地が一緒だった。』
正火斗は了承するかのように風晴を見つめて、口を開いた。
『例えば保険会社の車がきたら気づくこともあるだろうし、身内だから出入りも し易かっただろう。それから、秘書の今井薫子から聞くという方法もある。
君が高額な生命保険の受取人という情報を握ってはいても、行方不明者の失踪宣告にはまだ1年以上あると思って いままで黙っていたんだろう。それが、急にこの展開になった。
まだ分からないが、彼らの会社が今まさに傾いてる最中なら?借金の取り立てをされてるなら?3億円は会社を建て直す基盤になる。あり得ない話じゃないと思う。』
『ホントだ、、、。でもだけど、陽邪馬市から、ここまでポストに手紙入れにくるかな?叔父さん達が。』
正火斗は少し笑った。
『人を使っているんだろう。誰か ここに、、灰畑町にいる人間が、向こうに情報を流しているんだ。』
風晴は正火斗にうなずいた。
後は2人共黙って坂を降りた。
降りながら、風晴は考えた。
(正火斗は口にしなかったけれど、母さんを後見人から排除する方法や、桜田建設側の人間が生命保険を受け取る方法はまだある。)
それは、桜田風晴や桜田風子を消す方法だ。
気温はだいぶ上がってきたと言うのに、風晴は寒気を覚えた。
全ては今は憶測でしかない。だが何にせよ、3億2千万円という金額は、危険を はらんでいる。風晴は改めて思い知った。
門まで辿り着くと、風晴は足を止めた。ポストからは、もう当然新聞は抜かれている。
止まった風晴に気がついて、正火斗は振り返った。
その、彼に向かって言う。
『正火斗が言っていた、ミステリー同好会メンバーが狙われ出したら、オレ達の父親のことを公表する話、、、真剣に考えておくから。
この事件がどう進むかまだ分からないけれど、誰かが傷つくのはオレは嫌だ。』
正火斗は その言葉を受け止めた。
『なら、尚更ちゃんと調べよう。公表した時、僕らの父親の潔白が色濃くなる情報が多ければ、それに越したことはない。』
風晴は大きくうなずく。
彼らは門から進み入り、その玄関を開けた。