振り返るとき1
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆西岡幸子・・・桜田家の隣人。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸す民宿オーナー。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
"お前の母親は嘘をついている"
その手紙の文章に、しばし風晴は動けなかった。
頭が混乱する。
(一体何のことだ?)
『警察に提出することも、選択肢の一つではあるが、、、』
正火斗は、続きの言葉については風晴を待った。
風晴の頭の中で、あれこれ警察に尋ねられる母親の姿が浮かぶ。
『いや、いい。こんなものに振り回されたくない。』
そうハッキリと口にはできたが、額に手をあてて目を閉じる。気分が悪い。
正火斗は、しばらく何かを思案していたようだったが、風晴を見つめて思い切ったように言った。
『僕は、君に話があったんだ。だからミステリー同好会とここに来た。桜田先生は、いつかは黒竜池を調べたいとずっと前から僕達に言っていたんだ。ただ、深い理由までは公にはしていなかったが。』
額にあてていた手の隙間から、風晴は彼を見た。
『僕は、、、、、もし、もしも君のお父さんの遺体がそこで発見されるようなことがあれば、そこには何らかの殺害の跡があるのではないかと、疑いながらここに来ていた。』
『なんで!!?』
あまりにも思いもかけない話が飛び出て、風晴は正火斗に つかみかかった。
『すまない。もう話すべきだと思う。だが、どこかに場所を移せないか?』
2人は門の道端にいる。早朝とは言え、誰がこっそり聞いているか分からない。
風晴は正火斗の手から新聞を抜き取り、ポストに再び戻した。それから、
『こっちへ』
と、正火斗を連れ出した。
すぐ脇の上がり坂の道を、2人は進んだ。
坂を上りきった先には、開けた土地があり、野原のように平らに広がっている。土地の半分ほどが開墾してあり、白いビニールテープで囲ってあった。野菜が作られている畑だ。この時期は、とうもろこし、ナス、トマト、きゅうり、ピーマン等さまざまな野菜が色鮮やかに実っていた。
そして、奥には茶色い屋根でベージュの壁の家屋がある。2階はなく1階だけの平屋で、しかもかなり手狭かった。壁は古く剥がれ落ちているところもあって、軒下にはバケツや農作業道具、蜘蛛の巣の張った三輪車等が雑多に置かれている。
それでも正火斗は不思議と温かみを感じた。ここは生活の
匂いと労働の証があった。
『ここは、、、、、?』
『じいちゃんの家。今は病院だけど。』
風晴は民宿と反対側の土地の低いところを指差した。
『あっちは田んぼだった。でも米を作るのはやめた。やめるしか、、、なかった。企業形態の運営でもしなきゃ、個人の農業家は農業機械と経費で採算がまるで取れないんだ。赤字が続けば生活も苦しくなっていくだけ。やってられるわけない。』
正火斗は深くうなずいた。
『この国のお偉方は、自身のその都度の選挙結果が第一なんだ。第一次産業の担い手が減っていることや、インフラの老朽化のような 長い目線での国家運営を、一体誰がしてくれているのか、、、、。そういう大規模な問題にあたるための派閥や党であってほしいものだよ。』
話し終わってから自身の足元に、正火斗は咲誇る黄色の花を見つけた。見覚えのある花だ。彼はしゃがんでそれに魅入った。
『これがメマツヨイグサの本来の美しさ なんだな。』
『残念。それ、オオマツヨイグサ。』
風晴に言われて、正火斗が勢い強く振り返る。
間違えたことが、どうもショックのようだ。
さっきまで国政に関して悠然と論じていた彼が、道端の花を間違えて動揺している姿は、申し訳ないが面白かった。風晴は笑いを噛み殺す。
『似てるので他にもコマツヨイグサとかマツヨイグサとかもあるんだよ。この辺でも混ざってあちこちで咲いてる。』
まさか自分が 一流高校の財閥御曹司に、正解を説く日が来るとは、、、。人生とは分からないものだ。
『黒竜池で見た花も、全部が全部メマツヨイグサではなかったのかもしれない。』
風晴は思いだしながら言った。変色してたり枯れたりしていて、わかりにくかったのだ。
『でも、夜咲く花ばかりだった。それは確か。』
風晴の言葉に、正火斗はうなずいた。
それから、彼は風晴の祖父の家の方に向かった。剥き出しの縁側作りに腰を降ろす。
不思議と風晴は、彼が"話し"をするつもりなのだと分かった。
後を追い、隣りに座った。
『どこから話したらいいか、、、、、』
大道正火斗という人間が言いよどむのは、きっと珍しいのだろう。
風晴はただ待った。いつまででも待つ心持ちだった。
『大道グループの現取締役 大道英之は、まだ30半ばで経営者としては若手だ。僕と水樹の実母の宝来真夜呼が再婚で捕まえた相手なんだ。だから僕らと血の繋がりはない。』
そこで彼は一度言葉を切り、息をつく。
『僕らの実の父親は母と結婚した時に婿養子に入った宝来総司だ。旧姓では神城総司。彼はこの、、、、A県の出身で、7年前に最年少の陽邪馬市市長に当選してる。』
『!』
風晴は気がついた。自分の父親は陽邪馬市の、、、
『そうだ。市議会議員だった君の父親と僕の父親はあの頃面識があった。それから、、、』
正火斗は風晴の目を見て告げた。
『宝来総司も、すでに東京で転落死して亡くなっている。それが6年前の1月7日の深夜だった。』
日差しはゆっくりと登り、辺りを照らしていく。
鮮やかな黄色い花は、その花弁を閉じつつあった。
過去編スタートです。
読んで頂きましてありがとうございました。
引き続き宜しく宜しくお願いします。




