家路へ
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆西岡幸子・・・桜田家の隣人。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸す民宿オーナー。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
黒竜池のある西の森のいつもの静寂はもはやどこにもない。
池の周囲はぐるりと黄色いテープの規制線が張られ、その内側には、今や警察やら消防やらがひしめき合っている。
顧問である桜田孝臣は警察が事情を聞くために引っ張りダコのようだったが、ミステリー同好会メンバーと風晴は、ロープと引き合った際の治療が優先された。
警察が作ったブルーシートでの囲いのようなところに、まとめて座らされ、看護師が2人来てくれていた。
(救急車も呼んだのか。みんなここまでやっぱり歩いたのかな、、、、)
擦り切れた手の平を消毒してもらいながら、風晴はぼんやりとそんなことを考えた。展開が非日常すぎて、頭が働いていない。
実際、風晴達がハイエースを林道に置いてきたように、やはり車両は入って来ることが出来なかったようで、1台も見えなかった。代わりにオフロードタイプの白バイや普通バイク・自転車が何台かシートの壁の隙間から見える。
ミステリー同好会メンバーと風晴、聖の怪我は皆 擦り傷程度のものだった。神宮寺の右手も大丈夫だった。ロープの跡はついていて赤や紫にはなるかもしれないが、その後自然治癒すると言われていた。
聖は、スマートフォンをしきりに気にしている。風晴は声をかけた。
『真淵、大丈夫か?帰りたいんだろう?』
『お母さんが、、、LINE沢山、、よこしてる』
外部への連絡を止められてはいないが、聖は返信できないでいた。どう説明したらいいか混乱しているのかもしれない。無理もなかった。
『聖!お前、ここに来てたのか!?』
ブルーシートの中に、大柄な体躯が飛び込んできた。
聖の父親の、真淵巡査部長だ。
父親の姿を見て、聖は目を見開き、声は出なかったが、口をパクパクとした。
真淵はしゃがみ、座っている聖に目を合わせて言った。
『お母さんが心配してるんじゃないか?和弥も、きっと待ってる。どうして今日に限ってここに、、、、?』
聖の顔が途端に絶望にしぼんだのが、風晴達には分かった。彼はしゅん となって、小さく
『、、、、、まちがえた。また、、、』
とだけ呟いた。
『オレは今日遅くなる。お母さんに迎えに来てもらうか?和弥には本当に悪いが、、、、、、』
言いながら真淵の胸にも次男の顔が浮かぶ。誓った。時間通り帰ると。胸は痛む。だが、どうにもならない。これが自分の仕事で、これで家族を養っている。
『真淵くん!こっち こっち!』
そこで、他の警官に呼ばれて真淵は立ち上がって向かった。行った先での話し声が風にのって聞こえてきた。
『こちら、県警本部からお越しの宮本警部です。事件の詳細報告をお願いします。それから、6年前に行方不明になっている桜田晴臣の息子さんの聴取は、警部がしたいと申し出て下さっています。』
『はっ。本日はご苦労様です。』
真淵巡査部長の敬礼からも、その上下関係は明白に伝わってくる。
聖はうつむいて、うずくまった。
風晴は立ち上がった。
ブルーシートをめくる。
『オレが 桜田晴臣の息子です。』
ハッキリと言った。眼前に沢山の警察官達がいる。ドラマのように、鑑識や、制服や、スーツの者も。
真淵の向かいに立っている、宮本警部もスーツだった。
『君か。待っていなさい。真淵くんの話を聞いてからだよ。』
少し、しわがれたような声で警部は言った。髪はだいぶ白くて、真淵や孝臣よりも多分高齢だ。
『話しを聞いてほしいんです。今です。』
言った途端に、辺りがざわめいた。聴取される高校生が 話を聞けと口答えすることなど、滅多にないのだろう。
宮本は風晴を一瞥したが、また真淵に向いて話しかけ始めた。無視するつもりだと、風晴も分かった。
『あの白骨死体は、オレの父親かもしれません。』
風晴も無視して話しだした。あたりは聞くために静かになりつつも、騒然ともしている。
『いなくなる前日に着ていたスーツがグレイでした。シャツは白で。、、、、、ネクタイは、多分紺系。』
流石に宮本も風晴に目を向けた。そうするしかなかった。
『あれがオレの父親じゃなくても、今後の池の捜索でもまた見つからなくても、オレはもう分かってます。』
視界の端に、孝臣が見えた。ぼんやりと。
『オレの父親はもう帰ってきません。一緒に誕生日を祝えるような形では。絶対に。』
真淵が大きな身体をわずかに揺らした。
『だから帰れる父親 は 帰してやってくれませんか?、、、真淵巡査部長の家は、今日、次男の6歳の誕生日なんです。』
風晴は言い切った。
うずくまっていた聖が、ブルーシートの中でハッと顔を上げる。
『はぁ?』
宮本は一歩出て風晴に怒鳴った。
『君は、警察の仕事をなんだと思っているのかね!?』
風晴はひるまず宮本を見上げた。自分の父親を捜索したことで、聖の父親が帰れなくなるのは嫌だった。もし、どうにかしてやれるなら、してやりたい。
『オレ達といる真淵聖も一緒に帰してやって下さい。彼は巻き込まれて人助けをしただけです。彼は良いことをした!話はオレがいくらでも詳しくします。』
言葉を切って、少しだけ息をつく。
『お願いします!!!』
風晴は頭を下げた。身体を折り曲げて、深く。
宮本は無言で見ている。真淵は立ち尽くしていた。
ブルーシートの中では、騒ぎに同好会メンバー達も動き出していた。
その中、1人座ったままだった 聖の頭の中では、風晴の言葉が響いていた。
''彼は良いことをした"
(良かった。僕は間違えてなかったんだ。、、、良かった。)
閉じていた目を開ける。
聖は立ち上がった。
風晴が、こない宮本警部の返事を、頭を下げ続けたまま待っていると、隣りに誰か立った。
水樹だった。
そして、彼女も頭を下げた。
『お願いします。帰してあげて下さい。』
その隣りに安西が来て、頭をやはり下げる。だが、彼はその頭をすぐに上げ、眼鏡に手をかけながら 述べた。
『地域警察運営規則における駐在所員としての真淵巡査部長の勤務時間は 過ぎていると思います。これは、超過勤務ではないでしょうか。』
『なっ、、、何ぃ!?』
宮本警部は顔を真っ赤にした。
椎名が来て、頭をぴょこんと下げたが、やはり彼女もすぐ戻した。
『真淵巡査部長につきましては、今日 早朝よりパトロールなさっていたとの情報もあります。規定時間より早く勤務が開始されているなら、もっと早く、帰宅を申し出る権利もあったのではないでしょうか。』
確かに、熊の情報が入って起こされたのは朝5時半くらいだった。
『、、、、、、っ!!』
宮本警部は言葉を失っている。
『例えば、ここで今誰かが刺されて犯人が逃走中と言うような事案とは、この件は違うと思います。勤務時間外の警察官が一名、家庭の事情で帰宅することに大きな問題は無いと思います。』
神宮寺も頭を下げ、戻して言う。
桂木がその隣りにいたが、彼はまず頭を下げようとしなかった。
『オレは納得できない。なんで神宮寺を助けた真淵が父さんと家に帰れなくて、それを桜田が頭下げなくちゃなんないんだよ。おかしいだろ、そんなの。』
あたりは静まり返っている。
神宮寺の陰からは、聖が出てきた。彼は、黙って父親を見つめた。
父親はその視線を受け取めた。
そして、父は子に向かって 小さくうなずく。
それから、少し離れた所に立っていた孝臣を呼んだ。
『桜田さん!』
孝臣は真淵に顔を向けた。
『この事件は、今あなたが一番お詳しいです。宮本警部には、あなたから詳細を説明して頂けませんか。』
孝臣はニッと笑って
『喜んで。』
と返した。
真淵は宮本に向いた。
『警部、申し訳ありませんが、私の勤務時間は終了しております。本日は、家庭の事情のため帰宅を希望します。』
『真淵っ、、、貴様、、、』
宮本の怒りはさらに募ってしまったようだが、真淵は頭を下げて続けた。
『お願い致します。』
だが、易々とは許されない。
『お前はこの仕事を馬鹿にしてるのか!?』
父親が怒号されたことで、聖はビクリとした。彼は前に出ようとした。
『真淵巡査部長は、常日頃 勤務に勤しんでいるからこそ、ここまで慕われているのだと思いますよ。』
その声は正火斗だった。彼は宮本の眼前に歩みでた。
『地域の住民に、家族が誕生日なのだろうから帰った方がいいと勧めてもらえる警察官がどれだけいますか?』
周囲が皆警察官でも、正火斗は臆さなかった。
顎を上げて彼らを見渡す。風で、彼のやや長めの髪がなびいた。
後方で安西は、それが昨夜の水樹にそっくりだと思った。
いや、水樹が兄に似ているのか。
それから、正火斗は宮本に、ニッコリと微笑んだ。
宮本は高校生に度肝を抜かれた。目を瞬く。
『まあ、物は考えようです、警部。日々、自身と奥様だけで業務をこなしている駐在所員に、こんなに大勢の優秀な警察官達が応援に来ている時くらいは、帰宅を促したらどうでしょうか。ここは、貴方の度量の見せどころと言うものです。』
『、、、、、、、、』
宮本は考えていた。真淵に顔を向ける。
真淵は再び、
『お願い致します。』
と頭を下げた。
『、、、、仕方ない。いいだろう。今日は認めてやる。』
宮本が渋々ではあったが、そう言った。
ヒューと、桂木が口笛を鳴らし、拍手が起こった。水樹や椎名達だけではない。警察官の中からも、婦警や、幾人かが手を叩いている。
『ありがとうございます。』
そう言った真淵から逃げるようにして、足早に宮本は立ち去った。
真淵は聖に歩みよって、
『ありがとう。オレのために、来ていたんだな。』
と言った。
聖は何も言わなかったが、瞳が潤んで輝いた。
父親は、それだけで全てがわかった。
オレの息子は素晴らしい人間だ、と。
真淵は見渡して、風晴や同好会メンバーにも感謝を伝えた。
『本当にありがとう。みんな。』
それから聖に
『みんな友達なのか?』
と聞く。
聖は、首を振ろうとしてると、風晴は分かった。
だが、
『友達です!!』『友達なんです!!』と
桂木と水樹が返事をかぶせた。
振り返って聖は驚きで目をパチパチさせた。それから、ケタケタと笑い出す。それを見て、みんなが笑顔になった。
真淵は思った。
(自分と聖が遅れて、実咲と和弥は怒っているかもしれない。でも和弥には、ちゃんと用意したでっかいプレゼントを渡して、それから実咲に、聖に友達ができたと教えよう。)と。
妻は物凄く喜ぶはずだ。踊りだすかもしれない。
幸せな誕生日会を予想しながら、真淵は息子の肩を抱いた。
一言、その言葉を言う。
『さあ、家に帰ろう。』
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