もうひとつの道筋3
ー登場人物紹介ー
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
◆大山キエ・・・黒竜池によく行く老婆。
暗い部屋の中、備えつけのスタンドライトの灯りだけがついていた。その明かりが机に座る聖の上半身だけを浮かび上がらせている。
灰畑駐在所の中は 住居スペースが3つに別れていて、そのうちの一部屋を聖は一人で使っていた。2年前にこの町に父親が赴任になった時、もう高校生だからと与えてもらったのだ。
灯りの下で聖は自分で作ったノートの確認をした。
(明日の朝は飼育当番だから、糞掃除、餌やり、水換え、ブラッシング…………)
話しをきいただけでは聖はなかなか覚えられない時もある。逆にあるシーンを、やたら鮮明に記憶して写真のように記憶することもある。
しかし自分で選ぶことはできないので、こうしてノートにメモをして今まで学んだ全ての栽培や飼育を彼はその都度確認しなければならない。
(僕の頭の中は、きっとひどくバランスが悪い)
それでも聖はその作業も含めて 動物や植物が好きだった。彼らは人間と違って話しを求めない。でも繰り返し接して手を掛けていれば、必ず通じてくるものがある。
それからこの農業高校の人間達も聖にとってはまだ楽なタイプの相手だった。前は私立の普通高校に通っていたが、彼らの話すこと成すことがまるで聖には理解出来なくて、結局不登校になりつつあった。
父と母が思い切って転校を勧めてくれて、2年から聖は駐在所から一番近い農業高校に転入したのだ。
ここでは作業していれば一緒にやっていると見なされるし、会話は作業行程について語れば良かった。話すべきことが決まっているのは、聖のような人間にはとても助かる。
そして動物や植物の育て方を聖が心から知りたいと思っているからこそ、相手の話しを聞くこともできていた。
(僕は、良い人間になってきているのかな)
彼は考えていた。
(僕はうまく話せないし行動も駄目な時がある。もっと子供の頃は、駄目ばっかりで……自分がやりたいと思ってやったことは大抵悪いことだったみたいだ)
ノートから目を外して うつむく。
(僕は、みんなとは違う。誰も何も言わないけれど、僕は何かが悪いようだ。決めた行動が悪いなら、僕は心が悪いんだろうか。
"良い人間になりたい"ってずっと思っていた────お父さんみたいな。だけど なり方が分からなかった。
お父さんの心の中もみんなの心の中も、見えないくて違いもわからない。
一体どう考えることが普通の人間の正解なんだろう?)
彼は少し顔を上げて 何もない壁をただ見つめていた。
(あの駄目な頃は、僕がやりたいことを我慢するとき、僕は"良くなった"とみんなに褒められた気がする。
今僕は 明日やりたいことがあるけれど、やっぱりやったら駄目なことだろうか? まだ僕は頭も心も悪い?)
聖は考え続ける。
(午前中は高校の飼育当番がある。だけれど午後からは何もない。何もないから──僕が大山のおばあちゃんのいつもいくお地蔵さんの所で巡回していたら、おばあちゃんが来ても捕まえられて、お父さんは誕生日会に帰ってこれるんじゃないだろうか?)
彼は部屋のふすまを通して両親の話をきいていたのだ。駐在所の中はとてもこじんまりとしている。
これはやったら悪いことだろうか?
(でも大山のおばあちゃんは助かるしお父さんも助かるだろうし、お母さんも和弥もきっとすごく喜ぶ)
聖の無表情な顔に、わずかだが笑顔が浮かぶ。
これは やっても良いこと のはずだ。
(良かった。良いことが、分かるようになってきて。僕はきっと今良くなってきている…………!!)
彼は知っていた。もう以前から父親が何度も言っていたから。大山のおばあちゃんが拝みに行く地蔵のある池の名前を──
"黒竜池"
彼は明日 黒竜池に行く。
聖は決心して、灯りを消した。
後にはただ 闇が残った。
次回より黒竜池編に入ります。
引き続き、宜しくお願い致します。
大型ミステリーですが、黒竜池編では一つの答えが出ますし、黒竜池編のラスト付近でそこまでの内容が、一度読者の皆様にスッキリしてもらえるようなっております。
まずはそのあたりまでお付き合いして頂ければ幸いです。
シロクマシロウ子




