すれ違う者たち2
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆西岡幸子・・・桜田家の隣人。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸す民宿オーナー。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
正火斗の言葉を理解するのに、安西は少し時間が必要だった。いや、理解してからも、信じられはしない。
『水樹が、あの水樹が、僕の言う通りにしたってことですか?なんで?』
やっぱり、信じることは無理だ。
『正火斗が、、、』
気が動転して、思わず昔の呼び方をしてしまった。
『部長が思ったとしても、何かの勘違いですよ。水樹はいつも神々しくて女王みたいで、僕なんかの言うことを聞く訳がないんですから。、、、、、っ間違いです!』
最後に言い切る。息はだいぶ、荒くなった。
正火斗はそんな安西を黙って見ていた。そして 少しの間だけ目を閉じて、開いてから、ゆっくりと話し始めた。
『確かに、あいつに確認した訳じゃないからな。僕の思い込みかもしれない。』
(そうですよ!!)
安西は息を整えていて言葉にはできなかったが、心の中で叫んだ。
『でもキッカケだったんだと僕は思う。君の言葉も、真淵聖との出会いも。』
『キッカケ、、、、?』
正火斗はうなずいた。
『真淵聖は人と違うところがあるようだが、水樹と似ているところが一点だけある。』
安西は正火斗を見つめた。無言だが、問いかけだった。
正火斗はそれに応じた。
『考え方が変わっていたり、やり方がズレているかもしれないが、“誰かの役に立ちたい"って思って行動したところだ。
水樹の5年間の行動は、それだった。』
安西の視線が正火斗をとらえたまま、だが焦点がぼやけた。この5年を思い返す。
『、、、、、、確かに。』
『だから真淵聖となら、異性だが友達になれるかもしれないと思ったんだろう。もしくは、友達になりたい と。
でも ああいう性格だから、素直に言えなかったのさ。それで駐在所の息子だの情報源だの理由をつけて、みんなも巻き込んだ。』
安西は、水樹がそう言った時の正火斗の姿を思い出した。
『正火斗は、、、水樹に あきれたのかと思ってた、、、』
『あきれてはいたな、なんで僕の妹はこうも事態をややこしくするんだろう、、、って。』
正火斗はため息を吐いた。
『ああ、でも、、、、、』
安西は、ずれた眼鏡を掛け直しつつも言おうとする。いろいろ動揺して乱れていたのだ。
『言わんとしたことは、分かってきましたよ。ええ、うん、分かりました。水樹は変わろうとしてきていて、その時僕にたまたま"今までみたいなことはやめた方がいい''と後押しされた。それで、真淵くんに会ったとき、今までとは違って、ちゃんとした友達の関係を構築しようとした と!』
安西は模試で満点を取ったかのように、後半は自信満々に説いた。
正火斗は、先程と同じくらい怪訝な顔つきになって
『50点』
と評した。
『なんで?そこまでの減点は無いでしょう!?』
安西は本気で食ってかかっている。
正火斗も本気で返した。
『大きい間違いがある。お前が言ったから変わろうと思ったんだろうが。だから、真淵聖とは友達になろうとし始めた。そこの順番の違いは大きい。30点でもいいくらいだ。』
『、、、、、、、、、っ。』
安西は唇を噛んで拳を握っている。しばし うつむいていたが、やがて思いを口にした。
『だけど、、、、、全ては正火斗1人の想像だろう?
僕は、、、、僕は、水樹のことは世界が違うと思ってきた。たまたま親同士が知り合いで中学から同じなだけ。水樹が16人男子とイチャつこうと、脅そうと、、、、ハッキリ言って なんて馬鹿なんだろう としか思ってこなかった。それよりも、水樹みたいな女の子なら普通に恋してしっかり付き合えばいい と さえも。』
安西はもう うつむいてはいなかったが、前を見ているわけでもなかった。彼はただ続けた。
『そういう想像に、僕は、僕自身を水樹の隣りに描いたことはない。一度も。考えたことがないんだ。』
そして安西は気づいた。いつの間にか、シンカー入りの全身タイツ人形は出来上がったいる。後はロープを結うくらいだ。
彼は立ち上がった。
『それに、むこうだって同じことを言うと僕は思いますよ、部長。』
ロープを取りに行く。その安西の背に正火斗は呟いた。
『最っっ悪だな、確かに。』
『ねえ、アレ、何やってるんだろうね?』
水樹は問いかけたが、そもそも答えは求めていなかった。
隣りに座る聖は、ペットボトルを受け取ったり、うなずいたり、首を振って反応は返してくれたが、一度も水樹と話そうとはしなかった。
(まあ、いいわ。私はよくやった。頑張ったもの。)
水樹は胸の中で独り言ちた。
その水樹の見ている先ー2人の前方、黒竜池の向こう側では、風晴がウロウロとしていた。
さっきから池の縁に佇む地蔵を見に行っては、またウロウロして、また見に行く。そして、またウロウロと周る。
『何、、、やってるのかな、、、?』
『え?ええ⁉️今、、、』
水樹は聖が初めて答えてくれたことに驚いて、物凄い勢いで振り返った。長い髪が背中で波打つほどに。しかし、聖は水樹を全く見ずに、立ち上がると風晴の方に向かってスタスタと歩き出した。
『わ、、、ま、待ってよ、、!』
水樹も慌てて後を追う。
風晴はすぐに聖に気がついた。そして、自ら駆け出して聖を呼んだ。
『真淵!ちょうど良かった!聞きたいことある!』
"ちょうど良かった"そう言われて聖は嬉しくなった。
(良かった。僕は何かが今良かったみたいだ。全然何がいいかは分からない。でも、良かったんなら、良かった。)
聖は風晴にニコニコとした。とてもニコニコだ。
自分といた さっきまでとはまるで違うので、後ろからきた水樹は複雑になった。
『あんた達、ホントはクラスで仲良いんじゃないの?』
風晴をにらむ。
『いや、ロクに話してないから。』
風晴は正直に言ったが、水樹は納得していないようだった。だが、彼女の機嫌をかまってはいる時ではない。
風晴は聖に向かって聞いた。
『なあ、ここにくるお年寄りが花を地蔵に供えているかは、お前の父さん話してなかったか?』
聖はキョトンとした。沈黙が続く。考えているのかもしれないと、風晴は待った。
風晴が聖を呼んだ声が大きかったからか、あちこちから同好会メンバーが集まってきていた。1番近くにいた桂木はすぐ到着して、
『どした?』
と声をかけてきた。
風晴が聖と対しているので、水樹が状況を説明している。
『お年寄りは、、、、お地蔵さんを拝むって。いつも、お地蔵さんを、、拝む。でも、花のことは、、、聞いたこと、、、ない。』
『おお!助かる!ありがとな!』
風晴は聖の肩をポンポンと2回叩いた。聖は叩かれたところを見てる。
風晴は そうしている聖はそのままにして、地蔵の場所にもう一度戻った。置いてある 枯れ細ったり、色が変わったりしている花々を手に取る。
近くに正火斗も来ていた。
枯れ花を持つ風晴の様子を見て、
『それは?』
と尋ねた。
『メマツヨイグサ、、、だと思う。少し色は変わってるけれど。』
答えた風晴の後ろから、桂木の声も飛び込んでくる。ついてきたようだ。
『けど真淵の親父さんは、おばあさんが花を供えてるって話しはしたことないんだって。ってことは、、、、』
『誰か他の人も黒竜池に来てるって事ですね。』
スケッチブックを抱きかかえた椎名が後を引き取る。
『でも、誰かが来てることはさほど不思議じゃないですよね?この池に思い入れのある人や、大事に思っている人が地元にいるのはむしろ当たり前なくらいですから。、、、何者かが池の周りを手入れしている風景なのは、僕だって来た時から感じてましたよ。』
これは神宮寺だ。
安西は風晴の持つ花を覗き込んでから言った。
『花は腐食の段階が分かれてる。すごく古い、やや古い、少し前、、、の、ように。来ている人間は、定期的に訪れて供えてるんだよ。』
『でもこれ、お供え花としておかしいんだ。』
風晴は花をひっくり返したり戻したりして見ながら言った。
『どういうことだ?』
正火斗はまた聞いた。
風晴は彼を見た。
『メマツヨイグサは、別名"待宵草"とか"月見草"とか呼ばれる夕方から夜に咲く花なんだ。あちこちの道端や河原でもあるような草花だけど、日中は花が開いていない。でも、開いた花が枯れているってことは、、、、』
『嘘。夜中に来てるの?ここに?』
水樹がゾッとしたように言った。
『深夜ってわけじゃなくても、結構薄暗くなってからだと思う。閉じてる状態のを、つんでお供えにしようとするのも変だろ?この辺り見回したけどメマツヨイグサは無かったんだ。来る途中の道は、、、あんまり覚えてないけれ、、』
『無いよ、、、』
小さな声が風晴の声に重なってみんながそちらを向いた。
『来る途中は、、、無い、、。覚えてるから、、。』
聖だった。彼は瞼を閉じていて、そのまま話している。
『メマツヨイグサは、、、、無い。この道は、、、忘れないから。』
『気に入った景色を記憶しておけるの?もしかして』
水樹がきいた。
聖は首を降った。
風晴は、技能実習で必死に手順をメモして覚える聖の姿を覚えていた。
『ええっと、、、できる時もあるってことか?詳しく覚えておくことが。』
聖が風晴にうなずく。
『自分で、、、、選べない。僕は、、、どこかが悪いから。』
水樹は自分を見てはいない聖を じっと見つめた。心なしか、彼女の美しい顔は悲しそうだった。
誰もが話せないで続く沈黙を、低く太い声が破った。
『始めるぞ。』
みんなが声の主の方を向いたが、誰のものなのかはもう分かっていた。
そこには全ての準備を終えた孝臣の姿があった。
ついに、黒竜池の調査が始まる。
読んで頂きましてありがとうございます。
水樹に関してモヤモヤな方もいるかと思いますが、水樹の過去についてが分かるパートも後々必ずありますので、しばしご辛抱を。引き続きよろしくお願いします。