すれ違う者たちー番外編ー
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆西岡幸子・・・桜田家の隣人。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸す民宿オーナー。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
風晴達が黒竜池を調査することにした日ーーー
灰畑駐在所は、実は、てんやわんやの大忙しだった。
朝から流良川で熊らしきものが泳いでいたという通報があり、真淵巡査部長はパトカーで河川に沿って見回らなければならなかった。
そうして夫がいない間に、電話が鳴って、3件隣りの奥さんに うちの班で回覧板を先週から止めているお宅があるので、見に行ってくれないか と言われた。
"自分で確認に行ってみて下さいませんか?"
と、言いたい気持ちを、留守を預かる実咲はグッと飲み込んだ。1人暮らしの老人の場合等は、本当に事件性がある場合も考えられた。
月一回の駐在新聞を作るためにパソコンを立ち上げていたところだったが、彼女は家を出て確かめに行った。インターフォンを鳴らすと家の人はちゃんと出てきて、回覧板はただ靴棚の横に立て掛けられて忘れ去られていただけだった。
普段全く鳴らないことも多いのに、今日に限って電話はまた鳴った。今度は猫が蝉を食べているので、止めてほしいと言う金切り声だった。蝉を憐れんでいるのかと実咲は思ったが、話しを聞いているうちに、どうもそうではないと気付いた。通報者は、愛猫が蝉を貪る姿に耐えられず助けを求めているのだ。実咲は告げるしかなかった。
『猫ちゃん遊んでいるだけだと思いますので、見ないようにして下さい。』
午後からは、夏休みの次男と手を繋いで家を出る。昼過ぎの最も気温の高くなる頃、2人は暑さで揺れる景色の中歩いた。
灰畑駐在所は住宅街の一角にあって駐車場は狭いので、自家用車のファミリーワゴンは少し離れた空き地にあるのだ。
引越して来たときに 空き地の所有者に、駐在所に越してきた者で自家用車を置かせてほしいとお願いすると、快諾してくれた。当然駐車場代金をこちらは払うと言ったが、それは頑なに断られてしまった。誰も使っていない土地だし、地域のために働いてくれたらそれでいい、と。
数年であちこちを移り行く生活だが、時折心温まることもその土地、その土地で、確かに ある。
車に乗り、息子と一緒に予約していた誕生日ケーキを取りに行った。
今日で、次男の和弥は6歳になる。
和弥は予約の時に定番の白い生クリームのデコレーションケーキを選んだ。苺が沢山乗って、チョコレートプレートには''誕生日おめでとう"がチョコペンで書いてある、アレだ。ロウソクもちゃんと6本ついている。
空き地に車が着いてから、母と子は 保冷剤の入ったデコレーションケーキの箱を慎重に、慎重に、運んだ。日差しから守るために、大きめのハンカチも乗っかっている。運ぶ和弥の顔があんまりにも真剣なので、実咲は笑いがこみあげてしまった。
(幸せだ、、、。本当に、今、私は幸せだ、、、。)
彼女は息子の寝癖のついた頭を見おろして、心からそう思った。
駐在所戻って来たとき、実咲は気がついた。
まだ軒下に長男のマウンテンバイクが無い。
(珍しい!)
母親は心の中で密かに小躍りした。
長男の聖は今日は高校に飼育当番で朝から出たが、その時、昼ご飯はいらないと言っていた。それも初めてだった。お小遣いはあげている。お金はあるはずなので、どこかで食べるのか、誰かと食べる予定だったのか。もし、あの子が誰か友達と食べているのなら、、、、それなら、ああ、どんなにいいだろう。
駐在所の妻らしく、危険性についても一応考えてはみた。でも今回の高校では、今のところ いじめの類はなかったはずだし、昨日、明日和弥に恐竜発掘のチョコレート菓子をラッピングして渡すのだと言っていた。それはつまり夕方には帰ってくるつもりだと言うことだし、スマートフォンも持たせている。
(大丈夫。あの子は人と違うところはあるけれど、危ないことに向かっていくような子ではないもの。)
母親は息子を信じた。
前に通わせていた私立高校では、聖の話し方はからかわれた。自由な校風というところを選んで受験したのだが、結局聖自身にも、周りとも合わなかった。あの頃彼は不登校だったが、今は夏休みでも学校に出て行く。それでも今だに実咲は、小柄で色白の息子に、まさか農業高校が合うなんて、信じられないところがあった。
だけど、夫は言った。
"オレも昔、米や野菜作り生活に憧れたこともあったぞ。その土地に根をはって自然と生きるなんて 、なんだか うらやましくなるじゃないか。"
あちこちに行って、人間の悪意と対峙する職業だからだろうか。そういう気持ちまで、親子は遺伝しているものなのだろうか、、、、。
実咲はもの思いにふけっていたが、ハッと気付いて慌てて眼前のケーキの箱を冷蔵庫に入れた。保冷剤は入ってはいるが、この暑さでは夕方までとても持たない。
それから、冷蔵庫の下段の野菜室から カット済みの白菜、椎茸、春菊、ネギを取り出す。
(白菜だけでも切れたのを買っていて良かった。お肉は朝から解凍しているし。)
彼女は思った。
さあ、今夜は好き焼きだ。他の野菜も刻んで、後はコンニャクと焼き豆腐を、、、、
その時、無情にも 駐在所の電話は再び鳴った。
ちょっと引き伸ばしてしまって申し訳ありません。ただ、エピソードタイトルには番外編としましたが、本編の大事な一部です。次回はいよいよ、黒竜池の中へ!