進む先に待つもの
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆西岡幸子・・・桜田家の隣人。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸す民宿オーナー。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
黒竜池のほとりには思わぬ先客がいた。
白いTシャツにジーンズの私服で、夏なのに肌はTシャツと同じくらいに白い。背丈も風晴や桂木達、、、、水樹よりも低く、おそらく160センチ程だろう。髪はまっすぐでやや長めのショートだが、色素が薄いのか色があたると茶色に光った。
彼のことを風晴は知っていた。クラスメイトの真淵聖だ。
しかし桜田風晴と真淵聖は、この春から同じクラスだったが、5ヶ月程の間に 話したことはほぼ無い。
そもそも聖は2年生から入った転校生で、
『話すことが苦手で、話しかけられてもうまく答えられない時もあるそうだ。みんな、仲良くしてやってくれ。』
と、初日に先生が意味不明な紹介をした生徒だ。
それでどうやって仲良くなれと言うのか。
だが令和の高校生は察する能力がとても高い。彼らは つたない担任の言葉からでも、聖がいわゆる"コミュ障"タイプなのだと当たりをつけることができた。
大方の予想通り、聖は授業中に姿がなく、保健室に行っていることがよくあった。だが、クラスメイト達が最も危惧していた実技授業や飼育当番は、彼は休まず参加した。
農業高校の生徒達には実はここが重要で、これがあやふやだと、グループ分けの段階で数に入れるか入れないか迷ったり、ドタキャンされると残りのメンバーの負担となり、もめ事になったりするのだ。
その点、聖はちゃんと来て仕事を教わり、それをこなそうと努力をしていた。そういうことは会話はなくとも、一緒に作業をすれば なんとなく伝わるものだった。
そして、真淵聖は ある一部の生徒からは、少しだけ知られた存在だったのだ。
風晴のように灰畑町に住む人間は、町の駐在所の家族が変わるとすぐに気づく。こういう小さな地域の警察官は特に頼りにされていて、外からどういった人物が来たのかみんな興味津々なのだ。聖の父親は2年前から赴任してきている真淵巡査部長だった。
何にせよ、その聖は今 風晴の目の前に、黒滝池のすぐそばに佇んでいた。
(それって、駐在所からってことだよな?)
風晴は、少し混乱して自問しながらもクラスメイトを呼んだ。
『真淵、、、、、!』
呼ばれて聖はピクリとし、ゆっくりと振り返った。
そして、風晴とその一団にひどく驚いたようだった。
何も言わないが、両手で自らを抱きしめ、身を縮める。
『お前、どうやってここまで来たんだよ?』
草木と、前方にいた孝臣を越えて、風晴は前に進んだ。
風晴の後ろにいたミステリー同好会メンバー達も後に続く。しかし、数歩行ってすぐ風晴は足を止め、片手を挙げた。
"止まれ" と言うことだ。
後方には伝わったようで、従ってくれた。誰も動かなくなった。
(様子が変だ、、、、)
灼熱の太陽が、木々の間から降り注ぐ日だと言うのに、聖は両手で自身をさすって、まるで寒さに凍えるかのようにしている。こちらをチラチラと見ては伏せる瞳の中に、風晴は以前田んぼから保護した 翼の折れたカルガモを思い出す。
(警戒してるのかもしれない。)
聖との間に距離を取ったまま、風晴は慎重に言葉を選んだ。
『ええっと、、、、オレ、お前と同じクラスなんだけど?
わかるか?』
正直、真淵聖に認識されているかがまず自信がない。
聖はまた風晴をチラリと見て、すぐ視線を外した。それでも、口が動いた。
『飼葉作り、、、一緒にやった、、、桜田、、くん』
『そうそう!アレ,同じ班だったな。』
飼葉は牛や馬に与える餌の干し草だ。数種類の草を混ぜる。
聖に知られていると分かって風晴はとりあえずホッとした。
『お前の家からじゃ遠いだろう?どうやってここまで来たんだ?』
まず1番始めに思った疑問を口にする。
聖は今度は喋らなかったが、顔を横に向けた。視線の先に、マウンテンバイクが折りたたまれていた。
『あ いいの持ってる。』
後ろから桂木の声がしたが、風晴は無視した。
次の質問を投げかけようとした その時、予想外に聖の方が言葉を発した。
『桜田くん、なんで、、、ここにいるの?』
風晴は勿論、誰もが何も返せない。
虫の音や鳥の羽音がヤケに大きく響いた。
風晴は背中に、視線の全てが自分に集中しているのを感じた。ミステリー同好会メンバーとその顧問は、風晴の返答を固唾を飲んで見守っているのだ。
『、、、、、、、、。』
聖は返事を待っている。何故かしっかりとそれを感じた。風晴の頭に適当な嘘でごまかすことが浮かんだ。できる。
東京から民宿に来た客を、池に案内しに来たと言えば、真淵聖は難なく信じるだろう。こいつはきっと信じる。
ハアッと一つ深呼吸する。そして、風晴は聖に答えた。
『オレの、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、親父が、6年前ここで行方不明になってて そこの池に沈んでる可能性があるんだ。それを調べにきたとこ。』
後ろで幾人かが息を飲んだ音がした。
自分でも馬鹿だと分かってる。だが、嘘をつく直前で思いとどまった。それをやる意味が、こいつに対しては無い気がした。それなら、やらない方がいい。
聞いて聖は黒竜池に顔を向けた。それから身体も向けて、池をじいっと見つめている。その姿勢のまま、
『それは、、、、いいよね。調べた方が。』
と呟くように言った。
それから聖は地面に目を落とし、そのまましゃがみ込んでしまった。後はただ地面を見てる。
彼にとっては、ミステリー同好会のメンバーについては全く関心がないのか。もしくは、風晴の連れなのだろうと予想し、わざわざ確認まではしないのか。
(変わったヤツだな、やっぱり。)
それでも、風晴はさっきしようとした質問を今度こそ投げかけた。
『真淵、お前はなんでわざわざここに来たんだ?黒竜池に。』
無視されることも覚悟していたが、真淵は風晴の方を向いた。考えているのか、少し沈黙があったが、、、、
『お父さんに、、、帰ってきてほしくて、、、』
と言った。
『え?』
聞き返すと
『お父さんが探しに来ると、、、家に、、帰ってこれなくなるから、今日は、絶対に帰ってきて、、、ほしくて』
これには、風晴より早くバックヤードが反応した。もう黙っていることに我慢ならなかったのかもしれない。
『待って待って待って、お父さんを探してるんですか?今いないってことなんでしょうか?』
『イヤイヤ、まだ存在してるけど、ここに来たらヤバイから止めたい系の話しじゃねぇの、これ?』
『お父さんはその、、、、最近悩みがあって黒竜池に行こうとしていた、、、みたいな感じですか?』
『え?え?私はもう、、、その、、、その、、、お父さんはいなくなっちゃったけど、戻ってきてほしいってふうに聞こえたんだけど!?』
ミステリー同好会メンバーがミステリー同好会らしいミスリードでミスして聖に詰め寄ってきたので、風晴は慌てて間に入った。
『こいつの親父さん、駐在所の警察官なんだよ。今朝もパトカーで巡回してるの見たばっかだから、そういうんじゃないと思う。』
風晴は聖に振り返った。
『だろ?真淵』
聖は少し驚いていたようだったか、コクコクとうなずいた。
『今日は、、、、』
ここでようやく聖は、たどたどしくも説明を始めた。
今日が弟の誕生日で、父親が必ず時間通りに戻ってくると約束していたこと。でも、最近よくお年寄りの捜索を頼まれて遅くなることもあり、そのお年寄りは黒竜池の地蔵の前でいつも発見されること。だから、自分がここでお年寄りを待ってすぐ帰らせれば、そもそも父は呼び出されず、弟との約束が守れて、誕生会が無事にできるのではないかと思ったこと。
時間がかかったが、正しく理解できた時、そこにいた誰もが思った。
(こいつ いい奴なんだな。) と。
楽しんで書かせてもらっております。そんなことも伝わっていたら良いのですが。
引き続きよろしくお願いします。