Scene-4 / いつもの聞き込み
今日のアルトリウス市は冷たい雨だった。この季節には珍しく寒いと思った。コートを濡らしながら、私は港湾事務所に向かった。
港湾事務所は港に接するように建てられた5階建ての石造りのビルだった。朝早くから人の出入りが多い。門に備えられた警備詰め所を横目に見ながら敷地内に入った。数段の階段を登って建物に入る。
正面に受付のような場所があった。私はコートについた雫を払いながら、一人に話しかけた。
「おはよう。ガルウィン検査主任に用があってきたんだが、呼んでもらえないかな。」私は上着の内ポケットからギルドカードを取り出し、ほんの少しだけ相手に見えるようにした。
「おはようございます。あ、、警備隊の方ですね。お約束はされていますか?」カウンター越しに若い女が応えた。
私の身分を証明するギルドカードは特別なもので、一般の便利屋とは異なったデザインだった。一見するとアルトリウス警備隊の身分証に見えなくもない。
「いや、約束はしてない。任意で聞きたいことがあってね。ああ、ガルウィンさんに直接関係があることではないんだ。ちょっとした交通事故があってね。その事故の目撃者を探しているんだが、ちょうどガルウィンさんらしき人が近くにいたかも知れないという情報があってね。」
「そうですか。承知しました。少しお待ち下さい。」そう言って彼女は内線電話の受話器を取った。
私は手持ち無沙汰な顔をしながら、周囲を見回した。正面の総合案内のカウンター以外にも各種手続きを受け付けているカウンタがー並んでいる。アルトリウスは交易が盛んな街であり、船の発着はもちろん多い。毎日のように小型から大型までの船が入出港している。工業製品もあれば、食料品の取り扱いも多い。積荷の検査は重要な仕事だった。特に武器と麻薬の検査、そして密入国者の監視などは重要だった。疫病の検査も厳しかった。過去に何度も流行り病が港湾関係者を中心に感染がひろがり、多くの市民の命を奪うといった事態を招いたりしている。
「あの、隊員さん。」受付の若い女が受話器に手を被せながら言った。彼女の名前はヴィヴィという名前のようだ。胸に名札を付けていた。
「ガルウィンさんは一昨日から休暇を取られているようで、今日はお休みだそうです。一週間ほどはお休みになるとか。」
「一昨日から休み?一昨日は夜勤だったのではないかな?確認できるかな?」
ヴィヴィは頷いて、受話器を再び首に当て、内線の相手と話した。
「一昨日はたしかに夜勤だったそうですが、奥様からお電話があって、一週間ほど休まれると連絡を受けたそうです。」
私は耳を疑いながら、奥様から電話?と聞き返すと、ヴィヴィはうなずき、そうですと答えた。
懐からメモを取り出しながら、ガルウィンの連絡先を尋ねた。ガルウィンが港湾事務所に届けている自宅の住所を教えてもらった。昨夜にデリンからもらった住所とは異なっていた。自宅の電話番号も聞いて控えた。
私は港湾事務所の建物を出た。
外は霧雨に変わっていた。空はどんよりと暗く、この世の終わりを告げたそうなほどに精気が無かった。警備の詰め所を横目に見ながら門を出た。警備員は無表情で周囲の全てに興味が無さそうだった。私は人差し指で銃を撃つような素振りを見せようとしたがやめておいた。あの男はきっと蝋人形かなにかだろうと思った。
ガルウィンの住所は海辺の高級住宅街の一画にあった。バイアレット通りという名前だった。先日訪れたエミルの屋敷からもそう遠くはないはずだ。そのあたりは大きな屋敷が多い。
私はバイアレット通りには行かず、路面電車を乗り継いで、アルトリウスの王宮役場に向かうことにした。アルトリウスで市民権をもっているなら、王宮役場にその人物の資料があるものだった。ギルドから特別な許可を得ているので資料の閲覧も自由だった。
時間は昼に差し掛かろうというころだった。港湾地区を囲む倉庫街を抜け、運河にかかった橋をわたり、商業区域の大通りに出て路面電車のホームで車両が来るのを待った。大通りには馬車と、路面電車と、魔力自動車が行き交い、ランチにでもいくのか、ほうぼうの建物から人が湧き出てくる。忙しなく、雑多な地区だ。
1台の路面電車が停車した。入り口で仁王立ちする車掌にコインを渡し電車に乗り込む。2両が連結していて、100人ぐらいは乗れるのかもしれない。10人ぐらいが乗車していた。左右だけでなくドーム状の天井の一部もガラス窓がはめられており、車内は明るい。
雨に濡れたコートを脱ぎ、垂れる雫がかからないように折りたたんで抱えながら窓際の席に座った。車掌がほとんど聞こえないような声で出発を告げる。
電車は滑らかに進みだした。いつものことながら乗り心地が良過ぎて移動していることを忘れそうになる。300年以上前に作成されたという車体は、魔法により浮いてた。そのため路面の影響をほとんど受けない。音も無く、揺れもなく、柔らかな風魔法を利用して進んだ。
役場のある市街地に近づくにつれ、雨脚が強くなった。車体の左右の窓も、天井の窓も大粒の雨に叩かれた。流れる雨に歪んだ外の景色を私は眺めた。
役場前のホームに着くと、路面電車から駆け下りて役場の建物に向かった。
王宮役場は常に整然とした空気が感じられる場所だった。近くにある王宮図書館に雰囲気が近い。誰もが声を落とし、静かに振る舞う。大声で話すものは滅多におらず、街の喧騒は程遠い。
私は建物の2階に上がり、市民係の受付で待ち札をもらって備え付けの質素なソファーに腰掛けた。コートは入り口においてあった乾燥機で雫だけは乾かしておいた。
名前を呼ばれて、カウンターの席に座った。樽のように大きい身体を左右に揺らしながら年配の女性が近づいてくる。
「ジム。いつも精が出るねぇ。今度はなんの事件なの?」女は親しげな笑みを浮かべながらカウンター向こうの席に座った。
「こんにちは。ベス。今日はいい天気だね。」わたしはあからさまに質問を避けながらベスに負けない笑顔をつくって答えた。
ベスはわざとらしくつまらなそう表情をつくって応えた。
私はガルウィンと、その妻と主張する依頼人のノーラの住所をそれぞれ告げて戸籍の閲覧を依頼した。
ベスは興味津々といった顔で私の話し終えるのを待った。役所の人間としては噂話好きな者は不適切と思えるが、彼女は見たとおりの人間ではなく口の固い女性だった。いつも捜査には協力的だ。彼女は軽快な動きで席を立つと、資料の保管室へ向かった。私はなにげない仕草で近くにいる人間の顔を一つ一つ観察して時間を潰した。全員を観察する前に彼女は戻った。
「はい。ジム。これがガルウィンさんの戸籍と納税情報。で、こっちが、ノーラさんのぶんね。納税情報はおまけよ。」いくつかの台帳を私のほうにむけてベスが開いた。
資料に目を通すとすぐに気になる箇所が見つかった。
「ノーラさんはガルウィンさんの第二夫人のようね。」ベスが私の視線の先を読みながら言った。
「平民も多重婚は許されるのかい?ガルウィンは平民だと思うが。」
「そうね。多重婚は貴族階級の特権よね。でも、有力なコネがあれ平民でも見逃されることもあるのよ。」
「ほう。そんなもんか。」
「でも、ちょっと不思議よね。」
「不思議?」
私は資料に落としていた視線をベスに向けた。




