16.刺激
浅沼・南波は、ひとり縁側に寝転がっていた。日陰だ。
……暑い。
夏だ、とうんざりする思いで軒下から太陽を垣間見る。眩しいのですぐに日陰に戻る。じーわじーわと蝉の鳴き声も騒々しい。
団扇は投げ出された片手の傍に転がっている。使うために持ってきてはいたのだが、扇ぐ労力が面倒で一瞬も使わなかった。延長コードを限界まで繋いで引っ張ってきた扇風機が回ってはいるが、如何せん馬力がないので室内の熱気を掻き回すにとどまっている。
……暑い。
先程しかそれしか考えていない。考えられない。
考えないようにしているのかもしれない。
日本家屋然として広々とした屋敷の中に、今のところ浅沼はひとりきりだ。同居している祖父母は営んでいる田畑の世話に出ているし、父は単身赴任。だからこの時間、他には誰もいない。
他に家族はいない。
「……あー、もう」
市街地から遠く離れた僻地に住んでいるため、周辺に娯楽もない。それでも幼少の頃は畦や小川に行って、そこに棲む昆虫やザリガニ、小魚などを相手にひとりでも楽しく過ごせていたものだが、さすがに高校生にもなってそんな遊びは楽しめない。無理に興じてもすぐに飽きる。
「あー、なんか楽しいことないかなあ……なんかこう、ぱぁっとして派手なこと、さ」
呟いてみた。呟いてみただけだ。本気で派手なことが起こってほしいと思って言ってみたわけではない。
むしろ派手なことなど起こらない方がいいとすら思う。ましてや、ぱぁっと派手なことなど。
平和が一番、なのだ。退屈でも、平和な方がいい。
派手に大変な事件など、起こらないに越したことはないのだ。
「…………」
それでも、何かちょっとした刺激は欲しい、と思った。思ってしまった。
ちょっとだけだ。
だが、だからだろうか。
――リンゴーン、
と、どこか間の抜けた呼び鈴が鳴った。いよいよ古びてきているなあ、と全く動くことなく浅沼は思う。いい加減に換えたら、と時々思い出して祖父に言ってみるのだが、壊れるまでは使う、と祖父は頑固に取り合わない。
まあ、滅多に鳴ることもないのだが……村の全員が知り合いだ。用があるときは呼び鈴など鳴らさず遠慮なく入ってくる。玄関どころか勝手口から入ることにも躊躇ない間柄だ。宅配のお兄さんなどまでもそうなのである。だから、鳴らすということは村に近しい誰かではないということであり……するとしかし、一体誰なのだろう。
まあ、誰でもいいか、と半ば投げやりにして、浅沼は動かない。
こういうときに門前に立っているのは、およそ何かしらの企業か組織の人間だと相場が決まっている。電信会社か、放送協会か、あるいは市役所の役人か。いずれにせよ、応答しても面倒にしかならない連中だ。居留守を決め込むに限る。
というわけで、動かない。
――リンゴーン、
また鳴った。もう数回鳴らすだろう。そして諦めて、帰る。まあ、祖父がいれば怒鳴り返すのだろうし、祖母がいれば中に引き込んで、相手の話も聞かず延々と中身のない世間話を長々とした挙句に結局そのまま帰すというのが恒例だから、居留守よりもそちらの方が確実なのだが……良くも悪くも、ふたりとも今はいない。
――リンゴーン、リンゴーン、
複数回押し始めた。こうなればもう早い。連中にとってのこれは、ほとんど降参に近い。どうやらいないか、居留守を使っているようだと思い、一応最後に確認のために数回鳴らす。そういうものだ。だから今回の誰かもここまでだろう。またすぐに静かになる。
どうやら今回は思ったよりも早く諦めてくれたようだと思い、
――リンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴン、
もの凄い勢いで連打し始めた。いっそ微睡みかけていたところにけたたましく鳴らされて、浅沼は跳ね起きる。何なんだと門の方を見るが、ここからでは門どころか玄関すら見えない。
誰だ。企業人や役人ではない。というか一体誰だったらここまで連打しようとするのだろう。これはあれだろうか、かつて都市部で流行したと言われるピンポンダッシュとかいうゲームだろうか。しかしこの村には浅沼以外に若者はもういないのだが。
――リンゴリンゴリンゴリンゴリンゴリンゴリンゴ、
戸惑い、考えている間にもさらにスピードは上がっていく。というかこれはもう呼び鈴壊れるのでは。確実に寿命は削っているだろう。
「……あー、もう、はいはいわかりました、今行きますよって」
ため息をつきつつ立ち上がり、やや急ぎ足で縁側からサンダルをつっかける。そのまま降りて、屋敷を回り込む。
一体何者だろう。こんな厚かましいタイプの人間に心当たりはないのだが……
思いつつ正面に回り込んで、門の方へ向かう。もともとこの区域の地主だったという祖父母のこの屋敷はやはり広く、母屋から門までもそれなりの距離はあるが、障害物はないわけで、正面に回れば門前に立つ人物が見えるわけで、
……え。
足を止めかけた。そのまま回れ右して戻りたくなった。だがその人物らは既にこちらを視認しているらしく、うちひとりはこちらへぶんぶんと手を振っている。
……なに、あの人たち。
見ても何者なのか全くわからなかった。




