表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
幕間:今はひとりで
64/148

03.準備

 

 

 屋敷の内側は、いやにさっぱりしていた。

 もともと家具の多い家ではなかった。この屋敷のもとの主であり、少女を育てていた老女――シズネの生活は簡素過ぎるほどに質素なもので、必要最低限の家具と、仕事道具しか置いていなかった。

 だからもともと、この家はさっぱりしていたとも言える。

 だがそれにしても――さっぱりし過ぎてはいないか。

 箪笥などは以前見たとき、葬儀のときとそのままだ。だが、違う。

 空気が違う。

 生活感がない。

 長らく人の入り込んでいない蔵を開けたときのような、わずかに、しかし確かに侵入者を拒絶するような、静謐な空気に満ちていた。

 まさかと思って、少女の周囲を確認する。少女の服装もよくよく見てみる。

 変わった様子はない。荷造りがされているわけでもないし、少女の服装も平素な着流しだ。

 なのだけれども。


「――ねえ、もしかして」


 サツキは少女に、訊かずにいられなかった。


「もう――出るつもりなの?」


 山を降りるつもりなのか――と。

 問うと、少女はこともなげにあっさりと頷いた。

 対して、サツキは絶句した。

 少女の処遇は、既に里の合議で決められていた。

 すなわち、性急にあの少女には山を出てもらわねばならない、と。

 あの少女が山に来てからというもの、よからぬ事象が多発している、地脈に淀みがある、異業の影がちらつくようになった――などと言う理由だ。

 そしてそれは、決して老女たちの疑心暗鬼などではなく、厳然たる事実でもあった。

 実際、つい先ほどにもサツキ自身が体感しているし、それが初めてでもなかった。ただ、それがこの少女の直接かかわっているものではない、と思っていただけで――

 ……だからって、態度を変えるものではないのだけれど。

 サツキは言葉には出さずにそう思う。

 いずれにせよ、長老陣の決定は絶対だ。加えてそれは、里の総意でもある。

 それを防いでいたのは、一重に少女の庇護者が――シズネが、有力なイタコだったからというだけに過ぎない。

 そのシズネの亡き今、少女を守るものは誰一人としていはしない。サツキが何を言ったところでも、傍人のサツキでは焼け石に水というものだ。

 ……でも、出ていくしかないにしたって。

 判断が早過ぎると、サツキは思う。

 ましてや、その決定はまだこの少女には伝わっていないはずなのだ。サツキが今日この屋敷を訪れたのは、個人的に食事を届けたかったというのも大きいが、それを伝える役目もあったのである。

 他の誰も近寄りたがらないが、うってつけの人物がいる、と。

 しかし、その決定を聞かずとも、既に少女は出立の準備をしていた――いや。

 出立しようとしていた。

 もし、もう数時間でも遅れていれば、少女はここにいなかったかもしれない。

 そんなに急ぐ必要はないのだ。

 不帰の旅なのだ。それ相応の準備というものがいる。それを理由にすれば、もうしばらくはここにいることもできるのだ。

 ……なのに。


「もう……行くの?」


 否定してほしい、という思いを込めて問うが、少女は躊躇いなく頷いて返す。


「いつ?」

「すぐ」


 少女の返答は端的だった。あまりに簡素過ぎて、言い募る余地もなかった。

 だからこそ、少女の答えが素っ気なかったからこそ――サツキは悟ってしまう。

 ……そっか。

 本当に、もう行っちゃうんだね。

 引き留めることなど、できない。

 できはしないのだ。サツキでは。

 ……でも。


「――わかった。でもちょっと待って。ううん、あと一日、一晩だけ待って。お願い」


 有無を言わさぬ勢いでサツキが少女に言うと、少女は表情は微塵も動かさないながらも怪訝に思ったのだろう、わずかに首を傾げながらも、頷いた。

 それを見届けて、サツキは勢いよく立ち上がると、踵を返し、駆けだした。


「先に行っちゃったりしないでよ! 絶対だからね!!」


 返事は聴こえなかったけれども、サツキは振り返らなかった。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ