02.空腹
縁側に腰掛けるようにして、少女はそこにいた。
その姿を確認して、サツキはほっと吐息する。少女のその姿には、しっかりと生きているものの気配があったからだ。
少女は――顎を上げて、何かを見上げているような様子だった。
いや、そんなはずは、ないのだ。この少女もまた両の眼が見えず、この屋敷の主だった老女のもとでイタコになるために修行をしていたはずで、ましてやその両眼にはきつく隙間なく包帯が巻かれているのだから。
一歩、踏み込む。かさり、と草葉が鳴るが、少女は反応しない。
もう一歩進む。先程の“何か”を鎮めたのがこの少女であるのなら、気づいていないことはないと思うのだが。
三歩。そうして近づいて、あの、とサツキが声をかけようとしたとき、ようやく少女はこちらを向いた。
こちらを――まっすぐに向いた。
視線なき視線が、まっすぐにサツキを射抜く。
「――なに」
感情のない、低い声だった。まあそれは、いつ会ってもこの少女に感情を見たことはないのだが。
しかし、誰、ではなく、なに、と問う。
誰であるのかわかっているのだろうか。
実際、この里にいる者同士であれば足音や息遣いで来訪者を当てられる者は少なくないが……それも、何十年も慣れ合ってようやくのことだ。この少女と同じくらいの歳の者は何人かいるけれども、それができるのはこの少女だけだ。
わかっているのだろう。
だから、無駄な工程を省いただけなのだ。
感情を見せず、愛想を持たず、人と接しようとしない、この少女は。
警戒ではない。
強いて言葉を探すなら――それは、諦念だ。
かつて野生に生きていたのに、捕獲され、檻に閉じられ、見世物にされる猛獣が鉄格子の向こうからこちらを見やるような、そんな諦念。
諦観している。
それは――“忌み子”と、呼ばれているからか。
悪しき霊魂を徒に集めると、里の者にそう忌避されているから。
サツキは今までは、そんなことは眉唾だと思っていた。
けれども、先程の“何か”は。
あれは確かに、何なのかはわからないが悪しき霊魂であったのかもしれないと、そう思う。
思った。
それで、この少女への態度を、他の者たちと同じように変えるつもりもないが。
「えっと……その」
何と言ったものか逡巡しながら、残りの距離を埋める。少女の横まで行って、隣に抱えていた風呂敷包みを置いた。
「あれから、どうしてるかなって……ちょっと暇をもらって、お弁当作ってきたの」
包みを開く。そこには確かに、小振りではあるが弁当箱があった。
少女はそれを、無表情に眺めている。
「コトヨ様もいろいろあって、今日までかかっちゃったけど……ちゃんと、食べてた?」
訊きながら、弁当箱の蓋を開く。ふわっと香しい匂いが立った。作ったものをすぐに包んで来たので、出来立てだ。サツキとしても自信作である。バランスを考えつつ、少量ながらも彩り豊かに並んでいる。
少女は初め、返事をしなかった。けれども直後に、
――きゅぅ、
と鳴った。
何かと思ったが、それは少女の腹の音だった。顔を見ても眉ひとつ動かしていないが、手指はわずかにそわそわと動いている。
「……すぐ食べる?」
箸を渡すと、少女はひったくるようにしてそれを受け取り、弁当箱から掻き込むようにしてがつがつと平らげていった――まるでこの数日何も食べていなかったかのような勢いだが、まさか本当に何も食べていなかったのだろうか。
ともあれ、ようやく少女が見せた年相応の反応に、サツキは内心微笑ましく思いながら見守る。
少女は“忌み子”と呼ばれ、恐れられ、忌避されている――それは、何もイタコたちの間だけのことではなく、彼女らに仕える傍人たちも例外ではない。イタコたちと同じ意味での恐れを抱いているわけではないが、同じだけの忌避感を持っている。
ただ、サツキだけは違った。
少女が里に来てからも、“忌み子”と呼ばれ始め、誰もが距離を置き始めてからも、サツキだけは少女に接し続けた。
勿論、それが里の人々に看過されていたわけではない。多くのイタコたちには関わらないよう諭され、他の傍人たちにも注意されたりした。それが原因で八分にされかけたこともある。そのときはサツキの仕えるイタコの執り成しで事なきを得たが――それでもずっと、サツキは少女に接し続けた。
そこまでしてなぜ、というと、実のところサツキ自身に答えられる理由はなかった。
ただ……放っておけなかっただけだ。
ただ、それだけの理由。
たったそれだけのことで、自分の居場所を失いかけながらも、サツキは少女を妹のように可愛がっていた。
少女の方には、愛も情もない。何年経っても、一貫して変わらない。
諦めたままだ。
人に近づいていくことも、人を拒絶することも。
それだから、なのか……サツキは少女のもとを訪れ続ける。
そんなサツキを、サツキの仕えるイタコは――コトヨは、黙認していた。
「慌てて食べると咽に詰まらせるよ……ほら、お水」
竹筒の水筒を渡すと、少女はそれをひっつかむや否やきゅーと飲み干してまた弁当をかっ食らう。
どうやら本当に、相当に餓えていたものらしかった。
もっきゅもっきゅと口いっぱいに頬張る少女を微笑ましく眺めながら、ふと屋敷の屋内へ視線を向けて、サツキは気付いた。
笑みが消えた。




