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市子さんは流浪する  作者: FRIDAY
幕間:今はひとりで
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01.気配

 

 

 一連の葬儀を終え、諸所の手続きが済んでしまい、さらに数日もすれば弔問の足も途絶え、その屋敷はもとの静けさをすっかり取り戻していた。

 いや――もとの静けさ以上か。

 人の気配がまるでない。

 もともとふたりしか住んでいなかった家だ。それだってここ数年の話であって、遡れば長らく老女の一人住まいだったし、それが今度は少女の一人住まいになったと言うだけの話だが。

 そのはずなのだが。

 それにしては、どうにも静かすぎるような気もした。

 その屋敷の門前に立ったサツキは、その佇まいを見上げてそう思う。

 少女ひとりどころか――人が住んでいるのかどうか。いや、人どころか生き物が生きているのかどうかも怪しい。

 “生”の気配が、ない。

 鼠一匹生きていそうな気配がない――それなのに。

 それなのに、この屋敷には、“何か”の気配に満ちていた。

 サツキは恐山に住んでいる。けれども彼女はイタコではない――傍人そばひとである。傍人は、身の上こそその多くがイタコたちと同じく孤児であったり全員が女子であったりもするが、しかし彼女らは能力的には一般人と何ら変わらない。生活する上では大なり小なりの不便を持つイタコらの生活の補助をすることが、彼女らの主な役目だ。もっとも、イタコたちの方は生活そのものに実質的な不便などないので、ほとんどが下界の里への買い出しなどになるのだが。

 つまるところ、サツキには霊能力、霊視能力はない。

 そのサツキでも、肌が泡立つほどに感じられるほどの濃密な気配。

 “何か”がいる。

 じっと、こちらを見ている。

 見られている。

 姿も形もありはしないのに、気配だけは恐ろしいほどはっきりとある――屋敷の空間一杯に、隙間なく、みっちりと。

 サツキの背に、じっとりと汗がにじんできた。

 怖い。

 けれども、サツキは帰るわけにはいかない。

 サツキに与えられている役目としても、サツキ個人の感情としても、ここで怖気づいて帰るわけにはいかないのだった。


「…………」


 深く、呼吸する。鼻からゆっくりと大きく息を吸い、腹の底に呑み、口から少しずつ吐き出す。

 それを数回繰り返す。

 そうした上で、ようやくサツキは前を向いた。


「……よし」


 誰にということもなくつぶやいて、サツキは一歩、門をくぐって屋敷の敷地に入り込んだ。

 その途端、


 ――! ――――!! ――――――――!!!


 音がしたわけではない。

 風が吹いたわけでもない。

 それなのに、明らかに、空間が鳴り騒いだ。

 侵入者に、“何か”たちが反応して、大騒ぎをしている。

 ように思われた。

 視覚にも聴覚にも、別に変ったものは感じられないのに。

 サツキには、それがわかった。

 サツキにすら、わかってしまった。

 背筋が凍り、脚が震え、涙が出そうになる。

 一目散に逃げ出したくなる。

 気持ちのレベルでなく、本能的にサツキが逃げ出そうとしたそのとき、


 一拍。


 柏手が響いた。

 それは別に、大きな音ではなかった。けれども、とてもよく響く澄んだ音だった。

 そしてそれが反響した途端、空間を蹂躙していたモノたちが、止んだ。

 嘘のように、一片の名残も残さず、掻き消えた。

 それで、辛うじてサツキは我に返った。


「―――いる、の?」


 少女に名前は、なかった。

 誰も、少女を育てた老女でさえ、少女に名を与えなかった。

 だから、その少女に名前はない。

 呼びかけることも、できない。


「どこ……?」


 気配が残らず消え去っても、サツキの身にはまだその恐怖が生々しく残っている。小声で囁きながら、おっかなびっくり奥へ進んで行く。

 相変わらず、屋敷に人の気配はない。先程までの“何か”の気配もなくなったため、完全な意味で気配は皆無だった。

 しかし、いないはずもない――先程の柏手だって、恐らくはあの少女が打ったはず、だ。少女にあのようなスキルがあるとは聞いたことがないが。


「こっち……?」


 当て推量で、正面の玄関には触れず、サツキは中庭の方に向かってみる。

 玄関から右手に回り込めば、そこがこの屋敷の庭だ。庭と言っても、大して手を入れられているわけでもなく、周囲の雑木林と区別がつかないような庭だが。


「――あ」


 果たしてそこに、少女はいた。

 

 


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