12.戦況①
作戦の第一義は、“だいだら”を止めることだ。
その巨大さゆえに、“だいだら”の動きは酷く緩慢に見えるが――それはあくまでも相対速度によってそう見えるだけで、実際は緩慢どころという話ではない。
目測で、白城らのいる地点から“だいだら”の座標までは、およそ100キロ強と言ったところだが――それも、あのサイズであれば数歩でこちらまで到達するだろう。
何の障害もなければ、本当に一晩で“だいだら”は移動を完了するに違いない。
だが、それを阻むのが彼らの任務だ。
「一班から五班、そのまま直線で2キロ後退しろ。それから三班を中心に3キロずつ距離を取れ。そこからでは間に合わない――そこで、予定通りに結界を展開しろ」
遠方、まさに一歩目を踏み出しつつある“だいだら”を睨むように見据えながら、高坂が指示を飛ばす。
「六班は予定通りでいい。七班から十三班は、それぞれ3キロ前進しろ」
頷き、
「ポイントを確認。展開を許可する」
高坂が言うと同時、遥か前方。
下から上へ、徐々にではあるが、確実に、壁が形成されていく。
巨大な、壁だ。
横から見ようとすれば、何も見えないだろう、その程度の薄さしかないが、その面積は膨大だ。
正面から見れば、巨大な“だいだら”がすっぽりと収まってしまうほどに、広大。
一見すれば、それはまるで絵のようにも見える。
枠の中に、複雑にして精緻な文様と、なにやら言葉らしきものが描かれた――
「結界系術式第108番“山茶花”。50人超過の複合魔術なら、神格に達した“だいだら”でも止められる」
――はずだ。
特務であり、なおかつ任務執行を任されている高坂は当然のこと歴戦の猛者であり、これまでにも様々な妖怪変化と干戈を交えている。
だが、そんな高坂でも、さすがに神と相対するのはこれが初めてだ。
現状出せる戦力は全て投入しており、限界まで重ね掛けした“山茶花”ならば、十中八九の怪異は捕縛できる。
しかし、神はどうか。
全員が息を呑んで見守る中、“だいだら”が一歩目を踏み込む。
依然として、音ひとつない。趣味の悪いCGのようだ。
二歩目。
“だいだら”が結界に衝突するのは、恐らく三歩目。
結界とはいえ、ただの壁ではある。
“だいだら”がその壁に触れ、進行できないと判断し、諦めてくれれば上々。
古都圏守護役副長の霊視では、この一晩を乗り越えられれば、当面の危機は回避できる、とのことだ。
だから、一晩。
一晩、堪え凌げられれば。
皆が見守る中で、“だいだら”が三歩目を踏み込み、
結界が凄絶に崩壊した。




