表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3.友の餞別と姉の配慮

元々硬いところの有るアルバートだが、見合いが決まるとそれまで遊び歩いていたのをピタリと止めた。それほど花街が好きな訳でもなく、エリオットに付き合って訪れていた所があるので未練やなんかはない。むしろ、見合い結婚だろうと政略結婚だろうと未来の妻に対して誠実でいたかった。そういうアルバートの性格をエリオットはよく理解していた。付き合いの悪くなった友人に正直少し不満はあったが、夜遊びは別の友人達とするようになった。夜遊びに誘えなくなっても2人が友人であることは変わらない。仕事中、休憩時間になるとそれまでと同じように共に過ごした。もうあと1ヶ月程で自分は居なくなるのだから、他の友人と交流を深めたらどうだと言ったアルバートの意見をエリオットは

「やっぱりアルバートと一緒にいると、女の子が気楽に寄って来るんだよね。あと少しの間だし、この特典は大いに利用しないと。」

と言って取り合わなかった。エリオットなりに別れを惜しんでいることを理解して、アルバートはそれ以上何も言わないことにした。この交流があったからこそ、見合い数日前に突然アルバートの様子がおかしくなった事に気づく事ができた。

エリオットはこれで友人に餞別が贈れると張り切った。アルバートの退団が決まってからどんな餞別を贈ろうかと悩みに悩んでいたが、結局決まらずにここまで来てしまった。貧乏男爵家の4男である自分と違って、アルバートの持ち物は何でも一級品だった。何でも十分に持っているように見えて、また自分が贈れるような安物は似合わない気がして、物を贈る事をためらっていたのだ。だから、アルバートの悩みを解決する事がいい餞別になるのでは…という思いつきにエリオットは一も二も無く飛びついた。見合いが決まっている今、それを断るのは難しいという事は理解している。しかしアルバートの心を乱した女性にもう一度会って言葉を交わすくらいしても罰は当たらないと思うのだ。


「この間の夜会の参加者で、金髪茶目の10代…。」

「そ、教えてくれない!?」

エリオットは目の前で両手の平をこすり合わせて片目をつぶった。彼のファンの女の子から黄色い声が上がりそうな媚態に、しかし目の前の女性は眉間に皺を寄せたままだ。

「ば…。」

「ば?」

「ば…。」

「ば?」

「馬鹿たれっ!無理に決まっているだろう!」

「えぇ~。そこをなんとか!」

「無理だ。」

エリオットは涙目を隠しもせずに目の前のキリリとした女性に詰め寄った。近づくと、切れ長の目元に微かに皺をみつけて彼は内心舌なめずりをする。しかし、今はそれどころではない。

「ねぇ、ベスと俺の仲じゃない。なんとかヒントだけでももらえない?」

「誤解を受けるような言い回しをするんじゃない。私は馬鹿は嫌いだ。愛称で呼ぶのも許した覚えは無い。」

「えぇ~そんなぁ~。あの夜の情熱的なベスはどこにいってしまったの?」

「リオ!それを口にするなと何度言えば分かるんだ!」

彼らのやり取りを同じ部屋で仕事をしているエリザベスの同僚達は必死で聞かないフリをしてやり過ごす。城の内務省の端っこで貴族の名簿を作るのがここ名簿管理課の仕事だ。貴族の家名と家紋、歴代の領主名、現在の家族構成、婚姻関係等を取り纏める通常業務の他に、城で開催されるパーティーの招待客の管理や招待状の送付なども請け負う。夜会が終わったばかりなのでその事後処理で今週は忙しい。決して、同僚と最近良く同僚を訪ねてくる騎士の会話に耳を澄ましている時間は無いのだ。しかし、名簿管理課のエリザベス女史の情熱的な夜について、無関心でいられる人間はここには居ない。そして、二人の妖しげな会話にそれはどういう意味かと声に出して問える者もここには居ない。結果として、皆聞いていない振りをしながら、2人の会話を一つも漏らさぬように聞く事になる。

金髪茶目のたれ目の騎士は管理課全体から滲み出る嫉妬と羨望をあっけらかんと無視してエリザベスに何やら耳打ちする。すると、エリザベスが頬を桃色に染めるので、嫉妬と羨望に殺意が混じる。そんな男たちのやり取りには気付きもせずに、エリザベスは何やら少し悩むとエリオットに耳打ちを返した。エリオットはパッと笑顔を咲かせてからエリザベスに礼を言って部屋を出た。


*****


「リリア、少し良い?」

リリアがぼんやりと窓の外を見つめていると、モニカが急に部屋を訪ねてきた。モニカは人払いをして、長椅子に隣り合って座るようにリリアを促す。

「どうかしたの?」

「リリア、この間の夜会で会った騎士に会いたく無い?」

モニカの言葉にドクンと心臓が跳ねた。何度も何度も鍵をかけて閉じ込めたはずの「彼に会いたい」と言う思いが簡単に顔をだす。

「私は、すぐにお見合いだし…」

「答えになっていないわ、リリア。姉様はあなたを助けてくれた騎士に会いたいか会いたく無いかを聞いているのよ。」

珍しく厳しい口調のモニカが真剣に見つめてくるので、リリアは誤魔化すのを止めた。

「会いたいわ。」

まっすぐ姉を見つめたまま返事をした。自分の素直な気持ちを言う事が苦しいだなんて経験は初めてだった。もう会うのは無理なのに…かなわぬ願望を口に出させた姉を少し恨みそうになる。返事を聞いてモニカは満面の笑みを浮かべた。その鮮やかな変化にリリアは思わず見入ってしまう。薔薇のように気高く華やかな長女ヒルダ、百合のように清楚で美しい次女モニカ、2人の姉の魅力をリリアは社交界に出て改めて感じた。既婚者のヒルダも婚約者が居るモニカも、ひっきりなしにダンスの誘いを受け、男からも女からも声をかけられて居た。それが自慢でもあり、少し羨ましくもある。

「そう言うだろうと思ってたのよ。」

「…?」

「その騎士を見つけて会わせてあげるわ。」

モニカのフィアンセは王城に勤める文官だ。その彼の伝手を辿って、あの日の夜会で警備についていた騎士を調べてくれるのだという。

「そんな、お義兄様にご迷惑をかけては…」

「良いのよ。彼が言い出した事なのだから。」

あの夜会後からリリアはため息をついてばかりで、モニカは妹の元気の無い様子を見過ごせなかった。昨日会ったフィアンセにそのことを話すと、彼はすぐに調べてみるよと請け合ってくれた。夜会の警備を任される騎士なら腕も身元も確かな者だろうし、再会させても危険は無いだろうと思われた。何より、見合い前のこのタイミングで初恋を経験してしまったリリアに気持ちの整理をつけるきっかけを与えてやりたかった。貴族の娘に生まれたのだから、結婚相手を選ぶ自由は初めから無い。それでも、キチンと礼を言って借りたハンカチを返す事が出来れば、淡い淡い初恋に区切りをつける事が出来るかもしれない。

「彼はどんな人だったの?」

「どんな?…とても優しい方でしたけれど…?」

リリアの答えに質問を間違えた事を知る。とても優しそうな騎士…それでは人探しにならない。

「そうね、見た目の特徴は覚えている?」

「短めの癖の無い黒髪…。切れ長の目で、瞳は黒。背が高くて…お兄様達より大きかったわ。」

リリアは騎士の姿を思い浮かべるだけで淡く頬を染める。モニカは微笑みながらリリアの話を聞いていたけれど、心の中は切なさで、すっぱい果実を食べた時の様にきゅぅっと痛んだ。その痛みはほんのわずかなものだけれども、だからこそ父を恨まずには居られない。父がこんなに早くにリリアの結婚相手を決めてしまったから、リリアは初恋の甘味を満喫する間もない。苦くて酸っぱいばかりの恋を味わう羽目になったのだ。

「大丈夫よ。姉様に任せておいて。」

姉の言葉にリリアは小さく微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ