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4.人違いと勘違い

「アル、喜べ!見つけたぞ。」

「は?」

「金髪茶目の10代の娘。」

「なっ…。」

見合いまであと3日。ここ数日顔を見せなかったエリオットは久しぶりにアルバートの前に現れると、そう言ってニヤリと笑った。アルバートは驚きすぎて言葉を失った。

「今日の午後の休憩時間に、会いに来てくれるからな。」

友人の言葉に眩暈を覚える。

「休憩入ったらすぐ前広場に行けよ。噴水前で待ち合わせだ。」

「どうやって…。」

「いいよ、いいよ。気にすんなって。お前会いたがってたし、餞別代りのプレゼントだよ。」

暢気にそう言って笑うエリオットにアルバートは頭を抱えた。暢気な友人を殴り倒したい衝動を必死で抑える。

「勝手なことを…。私は会うつもりなど無い。」

「えぇ~そんな事言うなよ。お前が会いたがっているって言ったら、先方もまんざらでも無さそうだったぞ。」

「お前、彼女に直接会ったのか?」

エリオットは彼女に直接会って言葉を交わしたらしい。今まで以上に剣呑な光が、アルバートの緑色の瞳に宿った。

「うん。ちょっと伝手を辿ってね。でも、ああいうのが好みだったなんて意外だなぁ~。」

「うるさい!」

結局、我慢できなくなって、エリオットの腹にこぶしを入れて踵を返した。「ああいうの」とは失礼な。確かに成人したばかりの娘に興味を引かれるとは思って居なかったけれども、月明かりにきらめく髪も、こちらを見上げる潤んだ瞳も、涙を堪えて震える肩も、驚く程すんなりとアルバートの心に響いて、それを振るわせたのだ。彼女は十分、魅力的な女性・・だった。

しかし、会ってどうなるというのだ。見合いの決まっている自分には彼女を口説くことはできない。独身最後のつかの間のデートを楽しめばいいだろうというエリオットの軽やかさが恨めしい。彼女に対して、そんな余裕ははじめから無い。


*****


「…いない、のですか?」

「そうなのよ。」

呆然とするリリアと困惑するモニカをモニカのフィアンセが不安気に見守っている。3人の居る応接室では、いれたてのお茶と焼きたてのお菓子がほんのりと良い香りを漂わせているが、残念ながら手をつける者は居ない。

「すまない。何度も確認したんだが…。」

「いいえ、お義兄様。お手数おかけしてすいません。」

「ねぇ、本当に、黒目黒髪の騎士だったの?」

モニカの質問にリリアはゆっくりと瞬きをしてから頷いた。

「けれど、私の見間違いかもしれません。暗がりでしたし…。もう良いのです。神様が再会しないようにと仰っているのでしょう。」

「そんな…諦めてしまうの?」

「はい。お姉さま。もう数日でお見合いですから。」

リリアはにっこりと微笑んだつもりだったが、その表情を見た姉と義兄は表情を曇らせて、お互いにチラリと目を合わせた。しかし、リリアはもうこの話は終わりとでもいうように無理やり微笑んでから、目の前のお菓子に手を伸ばした。美味しいと大げさに言って義兄にも勧めてみたが、ほとんど味を感じなかった。ふわふわのカップケーキは噛めば噛むほどに口の中を乾かしてしまう。ぼそぼそと飲み込みづらいそれをお茶に口をつけてごまかした。その無作法を姉も義兄もたしなめてはくれない。

「ねぇ、リリア。明日、お茶会に行ってみない?」

突然の姉の誘いにリリアは目をぱちくりとさせる。その顔は茶会に誘うには少し真剣すぎる。

「明日の午後、王城の温室で公爵夫人のラヴィーナ様主催のお茶会が有るの。それに行きましょう。」

「でも…。」

王城には関係者以外にも開放されている施設がいくつかある。図書館、前広場、温室、庭の一部…などなど。貴族であれば簡単な手続きで入ることができた。しかし、リリアはあまり王城に近づきたくは無い。近づけば、節操なしの心は偶然の再会を期待してしまうし、偶然出会える確立など無いに等しいとは理解しているのに再会できなければ激しく落ち込むというのが目に見えていた。

「お見合い前の身軽な状態はもう数日しかないのよ。一緒にお出かけしたいわ。」

断ろうとして、姉の言葉にハッとする。リリアのことを考えてくれている姉に対して、姉の気持ちなど全く考えて居ない自分がとても酷い人間に思えた。見合いが終わり婚約となれば、お茶会一つをとっても気軽にはいけなくなる。嫁ぎ先の交友関係や立ち位置を考えての行動が必要となるからだ。姉も婚約中の身、それぞれがそれぞれの嫁ぎ先に配慮すると、共には出かけられなくなる事も考えられた。もう、あの騎士のことばかり考えるのは止めにしよう。リリアはそう思って諾と返事をした。


*****


結局、なんだかんだと言いくるめられて、アルバートは休憩時間に前広場に向かった。天気の良い午後で噴水には小さな虹ができていた。程なくして現れた少女にアルバートは絶句する。確かに金髪で、茶目で、10代なのだが、その姿は記憶のものとは一致しない。

「あなたが、アルバート様?」

そう声をかけられてハッとした。思わずエリオットを罵りそうになっていたが、寸前で留まる事ができた。エリオットを罵る言葉はそのまま目の前の少女を侮辱する言葉になりかねない。記憶よりも薄いミモザ色の金髪。こげ茶の大きなアーモンドアイ。背が小さく手足は華奢だが、少しつり目で意志の強そうな顔をしているせいか、少々キツくみえる。あの晩アルバートが惹かれた、たおやかで柔らかな雰囲気は欠片も見当たらない。別人なのだから仕方の無い事なのだが。

残念なようなほっとしたような気持ちで少女に向き合う。さて、なんて説明したらいいものか…。恋に恋する目前の少女の瞳が期待で輝いているのを見とって気が重くなる。アルバートの事が好きなのでは無い。自分のことを好きな男が、どんな風に自分を誘うのか…目の前の少女の顔にはそういう種類の興味がありありと浮かんでいた。それを勘違いでしたとぶち壊しにするのは、なんとも心が痛い。自分をこんな目に合わせた友人をアルバートは心底恨んだ。しかし、いつまでも話を先延ばしにしていてはいけない。今日は餞別がわりにエリオットに酒を驕らせるしかないと決意して、アルバートは少女に向き合った。


*****


その後姿を見た時に、リリアはそれ以外のものが目に入らなくなった。あの人だと理解すると同時に胸は張り裂けんばかりに鼓動を刻む。姉と一緒に温室でのお茶会に出席したリリアは、温室の温かさと、花と香水とお菓子の匂いに、少し気分が悪くなってしまった。まだ慣れない社交の席に疲れたのかもしれない。しばらく我慢していたのだが、それを察知した主催者の計らいで前広場まで休憩に出ることができた。

リリアを案内してきた侍女は、突然立ち止まって動かなくなったリリアの視線を辿って噴水にたどり着き、噴水で出来る虹が珍しいのだろうと思い、彼女が納得するまで声をかけないことにした。城の噴水は一級品の為、どこにあるものよりも高く吹き上がり、尚且つ水滴が細かい。はじめてこの噴水を目にすると、多くの人が感動して長い間飽く事無くそれを見つめるのだ。

そんな侍女の予想とはまったく別の所を、リリアはじっと見つめた。あの夜、自分を助けてくれた騎士が目の前に居る。声をかけるべきか、否か…なかなか決断できない。すると、大きな背が動いて、自分と同じ位の少女が現れる。意志の強そうな大きな瞳とはっきりした目鼻立ち、輝く金髪の美しい少女だった。話している内容は聞こえないが、その親密そうな距離感にズキリと胸が痛む。少女の頬はばら色に染まっていて、騎士に対する好意を隠す必要も無いその姿を妬ましく感じる。いけないと思いつつ、目を離せずに居ると、けんかでもしているのか少女の顔がふと曇った。何か呟いてから踵を返した少女の腕を騎士が引きとめているのが目に入った瞬間、リリアは胸に何かが突き刺さったような気がした。やめてと叫びそうな自分を必死に抑える。手の中の扇子がギシリと音を立てて拉げた。


―私以外の人に触れないで―


自分の心がそう叫んでいるのに気づくと、リリアは走り出しそうな勢いでその場を後にした。突然の事に案内の侍女が慌てているが、そんな事に気づく余裕は無い。リリアは自分の浅ましさから逃げようと必死に足を動かした。名も教えてもらえなかった。声もかけられなかった。なのに勝手に恋をして、独占欲を抱くこの浅ましさは何だろう。私はこんなに醜い人間だったのだろうか。こんな思いが恋だというなら知りたくなかった。嫉妬も独占欲もリリアの手には負えそうに無い。

「お嬢様、お嬢様!」

侍女の呼ぶ声にハッと我に返るとどこか知らない場所に居た。

「この先は立ち入り禁止区域になりますので、どうかお戻り下さいませ。」

「ご、ごめんなさいっ。」

リリアは侍女に謝り倒してから、温室に戻ることにした。ぼんやりと目の前がかすむような感覚に深いため息を一つ落として。


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