理由1、兄(2)
「聞いたわよ、ミリィ。またやらかしたんでしょう?」
王宮で開かれた、女ばかりのお茶会の場。
顔を見るなり嬉々として駆け寄ってきた友人に、ミレーユは顔をしかめた。
「その言い方はやめて。私がやらかしたみたいに聞こえるじゃない」
「あら、貴女が原因なんだからあながち間違っちゃいないでしょう?だから、あの方と夜会に行くのはおやめなさいって言ったのよ」
「私だってお兄様とは行きたくなかったわ。でも、お兄様以外にエスコートしてくれる人がいないんだもの」
「…」
あの兄の存在を知りながらミレーユを誘ってくれる男はこの国にいない。
貴族同士のただの挨拶を決闘に発展させようとする兄である。それも、無駄に強いから始末が悪かった。誰だって命は惜しい。
「私、恋も知らずに結婚しなくちゃならないのかしら」
大きなため息をついたミレーユに、友人は同情半分面白半分の目を向けてくる。
「結婚相手に恋をしたらいいじゃない。恋を知って、しかも恋した相手と結婚できるわよ」
「…それは嫌。絶対に嫌」
公爵家に生まれたミレーユは、4歳の時にはすでに婚約者が決まっていた。お相手はこの国の王太子。
もちろん兄は今も昔も大反対だが、国が傾きでもしない限りこの決定は覆らない。大陸一の歴史と国土、権力を持つこの国で、次期王妃にふさわしい身分を持つ者は限られていた。
「なんでそんなに嫌うのか、あたしにはさっぱりわからないわ。顔よし、頭よし、お強くて人望も厚くて権力もある。貴女のお兄様と王宮の人気を二分してる方じゃない」
「それでも嫌。というか、無理よ」
「無理?」
「私はね、優しくされてときめきたいの。甘い笑顔を向けられて、ずっときみといたい、とか言われて抱きしめられたいの。殿下は私がお嫌いだから、あの方に恋は出来ないの」
「あら、殿下が貴女のことを嫌ってるなんて初めて知ったわ。貴女の恋愛観も初めて聞くはずだけど、どこかで聞いたことのあるような感じね」
ミレーユの恋の理想は、今王宮で大ブームになっている恋愛小説だった。聞き覚えもあるだろう。
彼女と一緒に夢中で小説を読んだはずの友人は、物語上の恋愛に憧れるミレーユに肩をすくめた。
「あんなにかっこよくて強くてヒロインに一途で甘い男、小説の中にしかいないと思うわよ。というか、現実にいないから流行ったんじゃない」
「…そうなの?」
「そうよ。もっとも、貴女はあの方のガードのせいで異性と接する機会もないから、分からなくても仕方ないけどね。…そんなことより、殿下が貴女を嫌ってるって、どうして?」
友人は好奇心に目を輝かせて身を乗り出すが、ミレーユが話しだす前に邪魔が入った。
「楽しそうだね、ミリィ。なんの話をしていたのか、僕にも教えてくれる?」
「お兄様…」
にっこりとほほ笑んだ兄に周囲は感嘆の息をつき、ミレーユはうんざりとため息をついた。
「なんでこちらにいらっしゃるったんです?」
「王妃様の警護、というのが建前」
美しい碧の瞳を細めた兄の後ろから現れた王妃に、お茶会の場に集まった全員が礼を取った。
「ごきげんよう、みなさん。お話を続けてくださって結構よ」
未来の義母は王妃の顔で一言かけた後、ミレーユを見て嬉しそうに破顔する。
「久しぶりねミレーユ、会いたかったわ。少し見ない間にますます美しくなったのね」
「もったいないお言葉をありがとうございます。王妃様こそ、相変わらずおきれいでいらっしゃいます」
「お義母様と呼んでくれてもよろしいのよ?…そうそう、今度、わたくしの部屋にも顔を出してちょうだいな。あなたと話したいことがたくさん」
「はい、必ず」
ミレーユの言葉に満足したのか、約束よ、と華やかに笑いかけてから他の者にも声をかけに去っていく。
兄と同じ制服を着た男が三人、すぐ後に続いた。
「お兄様は王妃様といらっしゃらなくていいの?」
「王妃様の警護は建前、と言っただろう?」
首をかしげたミレーユに、兄はまぶしすぎる笑みを向けてくる。
「本音は、きみに会いたかったから。愛しいミレーユ、僕の天使。ずっときみといられたらいいのに」
「お仕事をなさってください」
砂糖菓子のように甘い眼差しと言葉に、ミレーユは香辛料のように辛い眼差しと言葉を返した。
「僕の仕事を心配してくれるなんて、優しい子だね。きみと離れるのはつらいけど、僕がここにいることできみの瞳が曇るなら、行ってくるよ」
ぎゅ、と強い腕に抱きしめられる。
周囲から羨むような視線を感じるが、ミレーユは全く嬉しくなかった。公衆の面前、しかも兄妹で抱き合うなんて恥ずかしいだけだ。
「行ってらっしゃいと言ってくれないの、ミリィ?」
「イッテラッシャイオニイサマ」
見とれるような甘い笑みを見せて去っていく兄に、疲労感が一気に押し寄せてくる。
「…ねえミリィ」
一歩下がって一連のやり取りを見守っていた友人が、肩を落としたミレーユをつついた。
「あたし、間違っていたみたい。かっこよくて強くてヒロインに一途で甘い男は現実にちゃんともいるわ」
「なんでいきなりそんな話に戻ったの?」
「いきなりじゃないわ。貴女のお兄様、貴女の言ってた理想の恋そのままじゃない」
「…私、なんて言ったんだったかしら」
「優しくされてときめきたい。甘い笑顔を向けられて、ずっときみといたい、って言われて抱きしめられたい」
「……」
恋愛小説を読むのはやめよう、とミレーユは誓った。
物語の恋は現実にはない。憧れるのは不毛だったのだ。第一、登場人物が兄に見えてしまってもう読めない。
あの兄を持って生まれたために、ミレーユには恋の想像すら、遠くなった。




