第10話 盗賊団は、ただの駒だった
10話です。
王都商会からの帰り道、空気は妙に重かった。
昼間の街はいつも通り人が多く、露店の呼び声や馬車の車輪の音が絶えず聞こえているというのに、俺たちの間には言葉がほとんどなく、歩く足音だけがやけにはっきりと耳に残っていた。
最初に沈黙を破ったのは槍使いだった。
「……これ、結構まずい状況ですよね」
彼は苦笑いを浮かべながら言ったが、その声には軽さがなかった。
「王都商会との契約が止まるかもしれないってことですよね」
「そうだな」
ギルド長が短く答える。
王都商会の契約は、俺たちにとってただの依頼ではなかった。
地方の小さなギルドが一段上の仕事に手を伸ばすための、いわば橋のようなものだ。
それが止まれば、依頼の数も、信用も、確実に下がる。
だが、俺は別のことを考えていた。
あの抗議文だ。
依頼妨害。
盗賊団との関与。
証拠のない告発。
(妙だ)
ただの嫌がらせなら、もう少し雑でもいいはずだ。
だがあの文書は、やけに整っていた。
誰が読んでも「調査が必要だ」と思う程度には、きれいに書かれていた。
「盗賊団の件、調べてみませんか」
俺が言うと、槍使いが首を傾げた。
「え? もう終わった話じゃないんですか」
「終わっていない可能性があります」
ギルド長が、ゆっくりと歩みを止めた。
「どういう意味だ」
「盗賊団の動きが不自然なんです」
俺は思い出しながら言った。
「魔物の群れを利用した陽動、伏兵の配置、撤退の判断……あれは普通の盗賊団の動きじゃありません」
あれは、もっと組織的な動きだった。
つまり、誰かが指示を出していた可能性が高い。
「盗賊団の後ろに、誰かいるってことか」
ギルド長の声は低かった。
「その可能性があります」
街の外れにある情報屋の店に着いたのは、それから一時間後だった。
薄暗い店の奥で、情報屋は俺たちを見るなり苦笑した。
「また面倒な話を持ってきたな」
「盗賊団について知りたい」
俺が言うと、情報屋は椅子にもたれながら指を鳴らした。
「最近動いてる連中か」
机の上に、いくつかの紙が置かれる。
盗賊団の動きの記録。
襲撃地点。
武器の種類。
俺はその中の一枚を見て、手を止めた。
「……この武器」
情報屋が笑う。
「気づいたか」
槍使いが覗き込む。
「何か変なんですか?」
俺は静かに言った。
「軍用品だ」
部屋の空気が止まる。
「正確には、王都軍の装備と同じ刻印だ」
情報屋が肩をすくめる。
「横流し品だろうな。最近、結構出回ってる」
ギルド長の表情が険しくなる。
「つまり、盗賊団の背後にいるのは……」
「王都の誰か、ですね」
そう言った瞬間、話の重さが変わった。
盗賊団の問題ではない。
これは――王都の問題だ。
店を出たあと、槍使いが小さく呟いた。
「……俺たち、なんかとんでもないところに足突っ込んでません?」
その通りだった。
だが、同時に思う。
(だから、抗議文が来たのか)
もし王都の誰かが関わっているなら、
この件を掘られるのは困るはずだ。
つまり――
俺たちは、邪魔になった。
そのときだった。
遠くから馬の蹄の音が近づいてくる。
王都の紋章を掲げた馬車が、ゆっくりとこちらの前で止まった。
御者が降り、扉が開く。
中から現れた男は、落ち着いた声で言った。
「アレン殿」
「王都軍参謀部からの要請です」
街のざわめきが、遠くに感じられた。
参謀部。
その言葉を聞いた瞬間、槍使いが固まる。
ギルド長が苦笑する。
「……やっぱり来たか」
男は続けた。
「盗賊団の件について、あなたの話を聞きたい」
その目は、静かだった。
だが、その奥には、明確な意志があった。
王都は、すでに動いている。
そして俺は、どうやらその中心に引き込まれたらしい。
夜の街に、馬車の扉が静かに閉まる音が響いた。
どうやら、この仕事は――
地方の依頼では、終わらない。
誤字脱字はお許しください。




