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氷の黒姫、最強ダークエルフがたった一人の男に心を奪われる

 ――――シルヴァーナの視点。


 勇者たちとの戦いを終え、私は冥界へと戻っていた。

 けれど、胸の奥はまだ戦場に置き去りにされたままで、静まる気配はなかった。


 ロウィンとの出会いから、もう数ヶ月が過ぎている。なのに、あのときの記憶は鮮やかさを失わず、日に日に胸を締めつける。


 ──あれは、ただの任務ではなかった。

 彼の判断のえ、周囲を見渡す洞察どうさつすきを見せぬ立ち回り。

 そのすべてが、私の心に焼き付いて離れない。


 剣を交わすたび、私は彼の瞳を見た。

 その奥に潜むもの──力強さだけではなく、言葉にできない孤独や痛み。

 気づけば、目をらせなくなっていた。


 決定的な局面で彼が下す行動は、迷いがなく、まるで世界を制するかのような確信に満ちていた。

 その姿に、恐怖ではなく、憧れに近い感情が私の胸に芽生えていった。


 そして──あの言葉。


『俺の知っている女性に、どこか似てるんだ』


 胸がぎゅっと締めつけられた。

 私は、誰かの代わりだったのか。

 それとも、本当に私自身を見てくれたのか。

 答えはわからなかった。


 けれど、その直後。


『シルヴァーナ、だよな?』


 名を呼ばれた途端、胸の奥が熱く波打った。

 彼に呼ばれただけで、心が震えるほど熱くなる。

 戦場の騒音そうおんの中で交わした、ほんの短いやり取り。

 なのに、その記憶は何度思い返しても色褪いろあせない。


 ──会いたい。

 胸の奥からこみ上げるこの想いは、命令も立場も超え、私の全てを支配していた。

 どんなに彼が変わっていようとも、この目で確かめずにはいられない。

 数多の勇者を倒してきた冥界の私の心が、たった一人の男に囚われている──そんな自分に、戸惑いながらも抗えなかった。


「また会えるなら……それだけでいい」


 そう心に誓った。



 数日後、私は人間界へと足を踏み入れた。

 目の前に広がるのは戦場ではなく、穏やかな日常。

 ロウィンが剣を振るう姿しか知らなかった私にとって、その静けさは、心の奥を不意に揺さぶられる感覚だった。


 ──それでも、探さずにはいられない。


 彼の手がかりを求め、街の酒場や宿を巡った。異質な視線に晒されながらも、引き返すことはできなかった。


 街を歩き、そして……見つけた。


 彼は人間たちと話していた。戦場で見せる鋭さはなく、柔らかな声と仕草。

 街のざわめき、風の匂い、遠くで聞こえる人々の声。すべてが、私の胸の熱を増幅させる。


「ロウィン……」


 気づけば、名を呼んでいた。

 振り向いた彼の瞳に、一瞬の驚きが走り、すぐに落ち着きを取り戻す。


「シルヴァーナか。どうしてここに?」


 短い問いかけ。

 彼の声が確かに、私を“見ている”と告げてくれる。


「……話があるの。あのときのこと、そして……私の気持ちについて」


 口にした瞬間、全身が震えた。

 今、私が伝えようとしているのは、ただの一人の女性としての想いだった。


 彼は少し間を置き、静かにうなずいた。


「わかった。少しだけ待ってくれ」


 人間たちとの会話を終え、彼は私と共に人影の少ない道を歩き出す。

 鼓動こどうが早まる。戻れない。もう、引き返すことはできなかった。


 立ち止まり、息を整える。

 彼の瞳を見据えて、私は言った。


「……会いたかったの」


 その言葉に込めた想いを、彼は黙って受け止めてくれた。


 沈黙のあと、彼が口を開く。


「俺は……お前を傷つけたくない」


 彼の声に宿る痛みが、私の心を打つ。

 それでも──私は口を開いた。


「……望んでいるのは、あなたと向き合うことだけ」


 恐れはもう消えていた。

 彼の痛みも、重さも、すべて共に受け止めたいと心から思った。


「だから……一緒にいてほしい」


 長く胸の奥に秘めていた想いを、そのまま言葉にした。

 飾らず、偽らず、すべてを差し出すように。

 声は震えていたけれど、それでも、彼に届くと信じていた。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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