氷の黒姫、最強ダークエルフがたった一人の男に心を奪われる
――――シルヴァーナの視点。
勇者たちとの戦いを終え、私は冥界へと戻っていた。
けれど、胸の奥はまだ戦場に置き去りにされたままで、静まる気配はなかった。
ロウィンとの出会いから、もう数ヶ月が過ぎている。なのに、あのときの記憶は鮮やかさを失わず、日に日に胸を締めつける。
──あれは、ただの任務ではなかった。
彼の判断の冴え、周囲を見渡す洞察、隙を見せぬ立ち回り。
そのすべてが、私の心に焼き付いて離れない。
剣を交わすたび、私は彼の瞳を見た。
その奥に潜むもの──力強さだけではなく、言葉にできない孤独や痛み。
気づけば、目を逸らせなくなっていた。
決定的な局面で彼が下す行動は、迷いがなく、まるで世界を制するかのような確信に満ちていた。
その姿に、恐怖ではなく、憧れに近い感情が私の胸に芽生えていった。
そして──あの言葉。
『俺の知っている女性に、どこか似てるんだ』
胸がぎゅっと締めつけられた。
私は、誰かの代わりだったのか。
それとも、本当に私自身を見てくれたのか。
答えはわからなかった。
けれど、その直後。
『シルヴァーナ、だよな?』
名を呼ばれた途端、胸の奥が熱く波打った。
彼に呼ばれただけで、心が震えるほど熱くなる。
戦場の騒音の中で交わした、ほんの短いやり取り。
なのに、その記憶は何度思い返しても色褪せない。
──会いたい。
胸の奥からこみ上げるこの想いは、命令も立場も超え、私の全てを支配していた。
どんなに彼が変わっていようとも、この目で確かめずにはいられない。
数多の勇者を倒してきた冥界の私の心が、たった一人の男に囚われている──そんな自分に、戸惑いながらも抗えなかった。
「また会えるなら……それだけでいい」
そう心に誓った。
*
数日後、私は人間界へと足を踏み入れた。
目の前に広がるのは戦場ではなく、穏やかな日常。
ロウィンが剣を振るう姿しか知らなかった私にとって、その静けさは、心の奥を不意に揺さぶられる感覚だった。
──それでも、探さずにはいられない。
彼の手がかりを求め、街の酒場や宿を巡った。異質な視線に晒されながらも、引き返すことはできなかった。
街を歩き、そして……見つけた。
彼は人間たちと話していた。戦場で見せる鋭さはなく、柔らかな声と仕草。
街のざわめき、風の匂い、遠くで聞こえる人々の声。すべてが、私の胸の熱を増幅させる。
「ロウィン……」
気づけば、名を呼んでいた。
振り向いた彼の瞳に、一瞬の驚きが走り、すぐに落ち着きを取り戻す。
「シルヴァーナか。どうしてここに?」
短い問いかけ。
彼の声が確かに、私を“見ている”と告げてくれる。
「……話があるの。あのときのこと、そして……私の気持ちについて」
口にした瞬間、全身が震えた。
今、私が伝えようとしているのは、ただの一人の女性としての想いだった。
彼は少し間を置き、静かにうなずいた。
「わかった。少しだけ待ってくれ」
人間たちとの会話を終え、彼は私と共に人影の少ない道を歩き出す。
鼓動が早まる。戻れない。もう、引き返すことはできなかった。
立ち止まり、息を整える。
彼の瞳を見据えて、私は言った。
「……会いたかったの」
その言葉に込めた想いを、彼は黙って受け止めてくれた。
沈黙のあと、彼が口を開く。
「俺は……お前を傷つけたくない」
彼の声に宿る痛みが、私の心を打つ。
それでも──私は口を開いた。
「……望んでいるのは、あなたと向き合うことだけ」
恐れはもう消えていた。
彼の痛みも、重さも、すべて共に受け止めたいと心から思った。
「だから……一緒にいてほしい」
長く胸の奥に秘めていた想いを、そのまま言葉にした。
飾らず、偽らず、すべてを差し出すように。
声は震えていたけれど、それでも、彼に届くと信じていた。
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