出撃
「やはり出陣の許可はおりませんでしたか」
美少女のお兄さんのキャメルさんが私の顔を見て、ため息をつく。気持ちはわかるけど、イケメンに顔を確認されてため息をつかれるのはいい気分じゃない。
「まったく……どのようなつもりなのでしょうか、ニコラ・シクスは」
ココ将軍が腕組みしようとする、片腕で。自分が隻腕ってことに気付いて「あっ」っていう顔をした。
「痛んだりするんですか、その片腕?」
幻肢痛。英語で言えばファントムペインとかいうかっちょいい病名のやつだ。片腕を失ったばかりのココ将軍がこれに悩まされていたとしてもおかしくない。
「いやいや、痛みはないんですが、生まれてからずっと両腕でやってきましたからなぁ。今だに慣れません」
ココ将軍は照れたように笑う。
まぁ、なかなか慣れないよなぁ。
戦端が開かれたのかどうか。戦況がどうなっているのか。
まったくわからない。
しかし出撃もできない。
ニコラ・シクスが命令違反を名目になにをしてくるのかもわからない。
「そこで、ですな。キャメル殿と相談をしていたのですが、やはりペドレッティの軍神とコンダクターのお2人と、その軍団だけでも送ることができぬものかと」
ココ将軍が小声になった。
キャメルさんの顔を見ると彼も私に向かって頷いてきた。
……コンダクターって誰だ?
指揮者って意味よね?
もしかしてクレティアン橋からの合唱大会でそんなあだ名がついたのか?
私の幼馴染に子供のころからのサッカー少年がいた。大人になってから会ってないので彼がどうなったかは知らないが。
彼は子供なりにサッカーの才能は大したものだったようなのだが、その昔、私と遊んでいる最中、追いかけっこの中で私有地の中のメンテナンスもされていない腐ったマンホールを踏み抜いて、足が、その……言いづらいのだけど、排泄物塗れになったことがある。
以来、私は彼のことを元ブラジル代表サッカー選手で「悪魔の左足」と呼ばれたロベルト・カルロス選手に因んで「うんこの左足」と呼んでいた。
彼はいやそぉー、な顔をしていた。
まぁ、子供のころの話だ。
うん、ペドレッティのコンダクター、いいじゃない。
うんこの左足と比べると天国のようなあだ名だ。
「しかし、どうやって……?」
ベルナールお兄様がココ将軍に聞き返す。
ただ、この街から出撃してしまってはすぐに追いつかれてしまう。
「我らが協力すればお2人が戦場に到着するくらいの時間は稼げるのではないでしょうか」
ココ将軍の言葉をキャメルさんも補足する。
「お2人には夜のうちに静かに、この街から脱出していただく。私とココ殿の率いる軍はこの街に残ったままですので、すぐにお2人がいなくなっていることには気づかれないはずです」
「もし気づかれたとしても、今度はニコラ・シクスが我々にやってきたことをそのままやり返してやりますぞ! のらりくらりとー!」
いきなりココ将軍の声が大きくなってびっくりした。テンション上がったなぁー。
んー、でも……
「危険です」
想定通りニコラ・シクスは命令に背いて出撃した部隊を追うと仮定しよう。高めの殺意で出撃したペドレッティの田舎者に一撃を食わらせようとする……そのとき、居残っているキャメルさんやココ将軍の部隊を放置するだろうか。
私達はニコラ・シクスの追撃を読んで、待機しているかもしれない。ニコラ・シクスが出撃したあと、ココ将軍とキャメルさんがさらにそれを追撃することにより、お手軽に挟撃が完成するのに。
「危険は承知の上! ここは我ら北方同盟の強固さを見せつけてやらなければなりませんぞ!」
ココ将軍はからりと笑った。
ベルナールお兄様と私は深夜のうちに兵をまとめてノーランから出撃した。
ココ将軍とキャメルさんには自分の命を第一に考えるようにうるさいほど言い聞かせた。
これでも間に合うかどうか、微妙なのだけど……
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科