焦燥
「……っ!」
シクス侯爵家屋敷の中に与えられた、豪華な一室の中でイライラと、足を投げ出して椅子に座る。
はしたないとはわかっているけど、こればっかりは……
「……下着が見えそうになってたぞ」
ベルナールお兄様が指摘してきたのでクッションを投げつけておいた。受け止められたけど。
ニコラ・シクスはへらへらと言動を左右して私達の出陣を認めなかった。補給もできず、出陣も許されず、そのまま5日である。
私も甘かった。ニコラ・シクスの外面の友好に気を取られて、内面の悪意に気づかなかった。そもそも辺境仲良しクラブディス勢なんだから、補給もまともに受けられると思ってはいけなかった。
さっきもニコラ・シクスの部屋から帰ってきたところだ。
「いやぁ、申し訳ないね。また補給部隊が攻撃されてしまってねぇ」
「……この大規模な会戦は王家との戦いにおいて非常に重要な意味を持ちます。もはや補給とかそういう段階ではなく戦いに間に合うかどうかというところなのですよ」
間に合わなければ私達がここにいる意味はない。補給とかそれ以前の問題だ。
間に合わなければ……恐らく私達を計算に入れていたであろうパスカル・シクスは苦戦する。
そもそも補給とは目的ではない。戦争に勝つことが目的であり、補給はその手段だ。
「苦戦というだけであればいいですが、敗戦ということもあり得る。もはや私達が必要としているのは補給ではなく出陣の許可です」
「侯爵からの連絡によれば会戦はまだまだ先ということだ。だから安心して待機してほしいものだな」
その「侯爵からの連絡」を受けているのはニコラ・シクスだけだった。
初日の段階で「遠話の魔法を傍受する魔法があるらしいので、遠話の魔法は禁止」と言われてしまっていたのだ。
私にはそういう傍受の魔法があるのかはわからないが、今回、王軍には国王の軍師、宰相デュマ大公(魔力91)が出陣しているらしく、高魔力による傍受があってもおかしくないとは思っていた。
だから遠話の魔法による連絡は危険だというのは理解はしていたけど……ニコラ・シクス1人が情報を独占して、私達にはそれが伝わらないのは大問題だ。
私達には微笑むニコラ・シクスの意図を探ることしかできなかった。
「ベルナールお兄様はイラつかないのですか!? ベルナールお兄様の大好きな戦争の機会を奪われているのですよ!?」
「いや、別に大好きとかではないんだけどなぁ」
小声で反論された。
「正直に言おう。今の状態は危険だ」
ベルナールお兄様が、さっき私が投げつけたクッションを腰に敷いた。
「情報がなさすぎる。最新情報が5日前のものしかない。もうはじまっているのかどうなのかすらわからん」
「だったらもう少し焦るべきでは……」
私の言葉にベルナールお兄様は肩をすくめた。
「焦っても、どうなるものでもない。それにな……」
私はベルナールお兄様の次の言葉にぞっとした。
「ニコラはな、勝手に出陣した連中を……それを命令違反として討つことができる立場だぞ」
ベルナールお兄様の言葉が臓腑に染みる。
ニコラ・シクスは危険だ。
そういえば、ニコラ・シクスは戦争前にパスカル・シクスと大ゲンカをしたのだという。
パスカル・シクスをわざと負けさせ、その責任を断罪する流れは可能だろうか?
いや、断罪できるほどニコラ派の武将がいるようには思えない……
でも、派閥とか関係ないくらいの大敗をしてしまった場合はどうだろう?
「ベルナールお兄様、私、出陣しないとまずいと思います」
「えっ? お前、戦争中毒なのか?」
それはどっちかといえばベルナールお兄様でしょー。
そのとき、部屋がノックされた。ベルナールお兄様が扉の外に声をかける。
「入ってます」
そりゃ入ってるけど。
部屋に入ってきたのは、キャロル・ペランとココ将軍だった。
「いえーい、ココ将軍ー」
「いえーい、ジェルメーヌ様ー」
とりあえずクレティアン砦以降仲良くなったココ将軍に手を振っておいた。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科