好意
「あんまりおもしろい話ではないですよ……」
ロランスは観念したように目をつぶってお茶を飲んだ。
「今日もお医者様に診てもらっていたのかい」
その日、ペドレッティ伯爵様のお屋敷でお医者様に診察していただき、門から出たところで声をかけてくるロニー・アルテレサ様に出会いました。ここでは彼は要人の1人ですから、大柄な兵士が1人、護衛についています。
「こんにちは、ろにーさま」
まだ病気は完治していませんが、ずいぶんうまく喋ることができるようになってきたと思います。それでもまだまだではありますが……
私は子供のころから持病を持っていて、そのために学園内で気持ち悪いと敬遠されていましたが、エルザ・シクス様やナタリー・ペラン様らに話を聞いていただき、ジェルメーヌ・ペドレッティ様にお医者様を紹介していただきました。
まだ習ったばかりの文字で父にそれを報告したところ、大喜びしてくれました。
父が私のために尽力してくれたのはとても嬉しいことですが、それ以上に父が喜ぶところを見るのが、とても嬉しいと思います。
その学園で出会った方の1人が父の旧主であるアルテレサ伯爵の令息、ロニー様でした。
ロニー様は私の存在も病気のことも知らなかったことを悔いておられ、以来、私によく声をかけてくださるようになりました。
「ロランスはそれは使えるの?」
ロニー様が私の腰を見ていいました。
そこには父からもらった小振りの剣が差してあります。
私は苦笑して首を振りました。
「じっせんではつかえません」
私の病気はファイアースターターという難病です。
50年前にムタウアキル先生が治療に成功するまで、誰も治せなかった病気でした。
今でも治療できるお医者様は限られていますから、ムタウアキル先生の弟子のファンニ先生に診察してもらえる私はとても運がよいと思います。
この病気は魔力が暴走することにより歯を打ち鳴らすことで口の中で着火してしまうという、文字通りのファイアースターター……火打ち石のようになってしまう病気です。
私は生まれてからずっとこの病気で、歯を打ち鳴らすことで口の中に大火傷を負ってしまうものですから発音が不自由なままでした。
同時に……
「ろにーさまのごえいのかたにはりかいしていただけるとおもいますが……」
ちらっと護衛の兵士に目を向けます。
「やはり、はをくいしばらずにぶきをあつかうのはむりがあります」
「あぁ、確かにそうですなぁ」
兵士は私の言葉に苦笑して頷きました。
人間、力を入れるときはどうしても奥歯を食いしばらなければなりません。でも歯を食いしばることで私は口の中に大火傷を負ってしまいます。
歯を食いしばらずに敵の剣を受け止める……そんなの無理です。
話に聞くベルナール・ペドレッティ様などであれば剣を合わせることなく敵を斬り伏せてしまうのでしょうが……いえ、それにしても斬るという行為だけで力は入ってしまうものでしょう。
「ですから、わたしはこどものころからちちにおそわった『かた』しかしりません。だれかとたちあったこともないのです」
カンデラ家は貴族ではありません。ただ、代々の武官の一族です。男女を問わず子供には剣を教えることになっています。
私は父に「型」をずっと教わってきました。
「型」だけです。このようなときはこのように動きなさい。このようなときはこのように動きなさい……そんな約束事の中での動きを正確に、精密に、教わってきました。
だから私は「こんなときに相手がこのように動くだろう」という想像はできますし「だったらこうしよう」ということも考えることができますが、「本当にそう動くのか」ということはわからないのです。
なにせ、試合をしたことすら一度もないのですから。
普通の剣の稽古であれば刃を潰した剣で打ち合うというのが一般的なのでしょうが、私は打ち合う……その瞬間に歯を食いしばることができません。
ですから私は子供のころから剣の稽古はしてきましたが、誰かと向き合ったことは一度もないのです。
「……なるほど」
ロニー様はにっこりと微笑まれました。
「でしたら、これからは試合形式で稽古することもできますね」
そうです……私はなんでもできるようになったんです……
私は嬉しくて、思わず顔を伏せてしまいました。
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科