一瞬
「きゃー! ベルナールお兄様素敵ーっ! 抱いてーっ! ……いや、抱いちゃダメです! 私達兄妹なんですよっ!」
盛り上がって応援していると、袖をくいくいされた。
「ベルナっ、なんですか?」
アルノーの部隊の副隊長のデニスが袖を引っ張っていた。
「ジェルメーヌ様、せっかくだからどっちが勝つか賭けませんか?」
デニスの言葉に首を傾げる。
「えっ、全員がベルナールお兄様にベットするんですから賭けにならなくないですか?」
……いや、待てよ。デニスがこんなことを言い出したということは……そんな、まさか……いえ、でも……
「ま、まさか、ベルナールお兄様に賭けない人が誰か1人でもいるんですか!? 誰ですか、そのカモは!?」
「そういうジェルメーヌ様の偽らないところは大好きなんですけどね、そうじゃなくて」
デニスが下の方を指差す。
「あっちの軍の方々だったら向こうにベットするんじゃないですかね」
向こう……ガスティン家の方々か。必然的に渋い顔になってしまう。
「……いやですよ。リシャール様と賭けをするくらい仲がいいって思われたら恥ずかしいじゃないですか」
「おいっ! 聞こえてるぞっ!」
下の方からなにやら聞こえてくる。
「聞こえるように言ってるんですよ、決まってるじゃないですか。あっ、こんなに会話しちゃって他の人から友達だって思われたらどうしましょう」
「ぐぬっ! おまっ、お前っ! お前なんて姉上がすぐにその男をぶちのめしたあと、いたぶってやるぞ!」
いたぶられちゃう。怖い。
「ベルナールお兄様ーっ! なんか知らない人からいたぶられちゃう宣言で私、怖いですぅー!」
ベルナールお兄様は目を瞑ってため息をついた。
「あんなうるさい妹だが、俺にとっては可愛い妹でな。その貞操の危機とあっては本気を出さざるを得んだろうよ」
ゆっくりと目を開く。
「かかってこい」
きぃん、と耳鳴りがするほど静まり返り……
それから勝負は一瞬だった。
山道の斜面を転がり落ちていく槍。
そしてベルナールお兄様の手に持った太刀がセリーヌ・ガスティンの首筋にピタリと止められていた。
思わず腕組みをしてしまう。
一瞬すぎて向こうが静まり返るのはもちろんのこと、こっちも歓声をあげていいもんかどうか迷ってしまった。
「……私、こういうのを見る目はない上に一瞬すぎてなにが起こったのかちっともわからなかったんですが、なにがありました?」
デニスに聞いてみる。ちなみに私に見る目がないのはベルナールお兄様のお墨付きだ。前に兵隊さんに混ざって訓練に参加してみたときに「お前、本当に才能ないなぁ」と感心された。
「俺も気づいたときには、あの女の槍が吹っ飛んでました」
あぁ、これは私の才能の話じゃなかったようだ。
「さて、このまま切り刻んでやってもかまわんのだが……」
ベルナールお兄様は静まり返ったこちらの本陣に一瞬視線を向けてからぼそぼそと話し続ける。
「……別にお前を女だからと見下すわけじゃないが、それでも目の前で女を斬ると、うちの妹の教育に悪い。今回は見逃してやるから帰陣してかまわんぞ。まぁ、もう一度挑んでくるなら今度は命をもらうがな」
……男だろうが女だろうが目の前でモツをぶちまけられるのは十分教育に悪いです。ムウィ渓谷で学びました。あと私は自分自身のスプラッター映画適正が思ってたより高かったことも学びました。マイケル・マイヤーズさんかっこいいよね。
「……私は今まで誰にも負けたことがなかったです。子供のころから、どんな大人にも、です。あの武勇で知られる神聖騎士団のエモン団長とも互角に打ち合いました」
あー、メンディ大司教の本陣特攻したんでしたっけね、セリーヌさん。
「だから私は、今日も負けるつもりはなかったんです……」
あぁ、そうなんだー。やっぱりなー。
「私は子供のころからずっと決めていたことがありました。私を負かした相手を殺すか、愛するしかないと」
なんだよ、この聖闘士。
そのとき、私の視界に光るものが見えた。
リシャールがベルナールお兄様に向かって弓を引き絞っている!
それと同時に私は気づいた。
ベルナールお兄様はいまだに「私は無茶な作戦行動で妹を心配させました」の木札を首からぶら下げている!
これは……これはまさか……「こいつに助けられちまったのか」のやつなんですか!?
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科