騎兵
騎兵とはどのように戦うものか。
騎兵は機動力に優れるだけではない。
軍馬は、もちろん馬種によって差はあるが、体重は300キロを優に超える。600キロを超えるものもいる。
それに馬鎧を着せて運用するのだ。
ぶつかっただけで命の危険があるのは想像がしやすいだろい。
その突進力はなかなか止められるものではない。
それが縦横無尽に暴れ回るために突進をしてくるのだ。まぁ、恐怖以外の何者でもない。
騎兵は怖い。
「あらあらー、いたいけで可憐な令嬢を虐めるために騎馬軍団を動かすなんてガスティン侯爵家の方々はなんて非情なんでしょう! あー、怖い! このような方々が権力を握ってしまっては世界になんの希望も見出せなくなってしまいますわー! こわーい!」
もはやガスティン侯爵軍からの返事はない。
対岸にいる騎兵1000人。そして、軽装歩兵1000人が動き出した。
一瞬で私を押し潰すつもりなのだろう。
後方にちらっと視線を送る。
私の陣地の後方にはクレティアン砦という山の地形を利用した砦があり、ここにはすでにベルナールお兄様が率いる軍と、ペラン子爵が率いる軍が入っている。
私のミッションは、別にガスティン侯爵軍を全滅させるとかじゃなくて、時間を稼いだ上で砦まで撤退することだ。
「お話にも付き合ってもらえないなんてジェルメーヌ悲しいですわー! 正義とはなんなのか、もっともっと教えてくださいませー!」
煽っても返事はない。
遠方からでもわかるくらいの殺意がぶつけられてて怖い。泣きそうです。
さて、騎兵という兵科は非常に強力なものであると言ったが、では騎兵とは無敵の兵科なのだろうか。
もちろんそんなことはない。
歴史上、騎兵が馬に乗っていない兵によってぼっこぼこにされた戦争はいくつもある。
一番最初に思いつくものは長篠の戦いだろうか。
織田信長と武田勝頼がぶつかりあったあれである。
この戦いで信長は大量の鉄砲を投入し、土塁を築き、土塁の上に馬防柵を建て、柵の前に空堀を掘って突撃を止めたと言われている。
鉄砲はこの世界ではないけど、土塁と馬防柵と空堀を作ることは可能だ。
だから戦前にアドリアンに指示して、この戦場にそれを作ったのだ。進軍する兵士に木も運んでもらって柵を建てられるようにしたのだ。
この木は丸太じゃない。枝もそのまま残してある。天然の有刺鉄線になるだろう。よきよき。
そのためにペドレッティ伯爵領に侵入したガスティン侯爵軍とすぐにはぶつからず、領地の西側を多少切り取られてでも戦場の準備をする時間を作らざるを得なかったのだ。実際に領地はかなり切り取られている。その分役に立ってもらわないと困る。
孫子は「兵は拙速なるを聞く」と言ったが、あれは別に「微妙な作戦でも速攻で戦え」とかそういう意味じゃなく、「戦争は多少まずい作戦であっても早く終わらせろ。長引かせるな」という意味だ。戦争が長期化すれば国が疲弊すると言っているだけで、別に孫子は速攻だけでやれとか言っているわけじゃないのである。
戦前の作戦超重要。
ペドレッティ伯爵領を流れるマルセル川は流れも早く、水量も多い。だから数年前には洪水によるかなり大きな被害が出たそうである。
クレティアン橋はそのマルセル川にかかる石橋で、洪水にも流されない立派で大きな橋だ。
そのクレティアン橋が揺れていると錯覚するほど騎兵の突進は迫力がある。
堀があって、柵があって、土塁があってもなお怖い。
私が率いる部隊には全員盾と槍を構えてもらっているが、やはりそれでも怖いものは怖い。
「なんてことでしょう! 大迫力ですわー! お馬さんって早いんですのねー!」
フレデリックに指でサインを送る。
3……
「これで弱者を踏みつけにしようってんですから、ガスティン侯爵の治世というのも知れたものですわー!」
騎兵はどんどんと接近してきて……
2……
「あー、怖い! 怖いから」
1……
「ばーん」
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科