大義
「ペラン子爵討伐のためにペドレッティ伯爵領を通行させてもらいたい」
お父様、ベルナールお兄様、アメリーお義姉様と私の前で、なにも間違ったことなど言っていないという顔で使者、ガスティン侯爵の弟、リシャール・ガスティンは言い放った。
「……討伐」
不愉快そうにアメリーお義姉様が呟く。
ペラン子爵は辺境仲良しクラブの会員だ。そんなことができるわけがない。
「討伐とはなにかの隠語ですか? 『ア・イ・シ・テ・ル』のサインとか」
ベルナールお兄様が「えっ、そうなの?」みたいな顔でこっちを見た。いや、そうだったらどれほどいいかと思うけど。
「なに、ペラン子爵領から逃げ出した農民を我が侯爵家で保護してね。子爵はどうやら農民達に苛烈な労働を強いているらしい。毎日のように農民は倒れ、死んでいく。そんな現状を我がガスティン侯爵家は決して許さない。子爵を打ち倒し、彼の地の民達に平穏を取り戻さなければならない……もちろん、ペドレッティ伯爵家もお手伝いいただけようね?」
お父様が額に青筋を浮かべている。普段温厚な人だから珍しい。
ベルナールお兄様は聞く価値もないというふうに横を向いているし、アメリーお義姉様はなにかを考えているようだ。
私は……
「なるほどね」と思っていた。そもそもその逃げ出したペラン子爵領の農民という存在が実在するかどうかすら怪しい状態だ。実在しない人間が実在しない言葉を発したことを開戦の狼煙にしようというのだろう。
美少女は学園であれだけ自領の子達に慕われていた。それが……
それがガスティン侯爵家の大義名分か。
……そんなものがガスティン侯爵家の大義名分か。その程度が……
「ペラン子爵が、農民を踏みつけにしている……それはいけませんね」
私の言葉にリシャールは「おっ」という顔をした。彼自身も肯定されるとは思っていなかったのだろう。なし崩しに辺境仲良しクラブとの戦争に至るのがガスティン侯爵家にとっての理想だったはずだ。
大きくため息をつく。
「それではペラン子爵を叙勲した王家に、ペラン子爵領への視察をするよう申し出ねばなりませんね。話はそれからのはずです。さぁ、王都に行って国王陛下に訴えてみてはいかが?」
「あぁ?」
リシャールは苛立ったように声を上げる。
「王は戦乱の引き金になり、今なおこの国を混沌に巻き込んでいる! そんな人物に視察など、なにを言っているんだ、あなたは!」
「あら」
おかしなことを言う。本気で笑ってしまった。
「王国法では貴族の悪政についてはそのように対応するとなっていたと思いますが」
「今は非常事態である! 今、法など遵守していては民の安寧は保たれないではないか!」
実際保たれてるけどね、民の安寧。しかし「法など」って、あんた……
「ガスティン侯爵家は建国以来の文官の名門。数多の優秀な方々を輩出なさった名家。その家の方が法を蔑ろにするとは世も末ですわ。どのような状況下であってもガスティン侯爵家は遵法の家と信じておりましたのに。ジェルメーヌ悲しい。悲しいジェルメーヌ」
泣き真似をしたらアメリーお義姉様が頭を撫でてくれて、リシャールがウザそうにこっちを見ていた。こっち見んな。
「では戦乱が治るまで民達が踏みつけられたままだろう! 民達に対する慈愛はないのか!?」
「慈愛だけでは動かないのが法でしょう。あなた方、文官として名門と呼ばれる家が整備した王国法です。誇ってくださいませ」
「ふぅっ」っと大きく息を吐く音が聞こえた。
今まで無言だったお父様だ。
「もういいよ、ジェルメーヌ」
私に一瞬微笑みかけてから、リシャールに向き直る。
「ガスティン侯爵家は建国以来の名門の家だ。その力は国内でもシクス侯爵家と二分するほどで、公爵家すら凌ぐものがある。私とて、それに歯向かうなど考えたくもないのだがね」
そしてお父様は獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべた。
「ペドレッティ伯爵家も建国以来の北の名門だ。ペラン子爵は我が盟友ゆえ、貴様らの好きにはさせん。かかってこい、若造。胸を貸してやる」
おぉ、お父様がかっこいい。
「胸を……」
リシャールが私の胸を見た。
お? なんだお前? ぶち転がすぞ? お?
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科