合唱
デュマ大公は宣言通り撤退していった。あっという間だった。
一部の強硬論はあったにせよ、連日の戦闘で疲労のピークだった私達には現実的に追撃をするような体力は残っていなかった。
それはそうだ。私達ペドレッティ軍は比較的元気だとしても、シクス軍はモンソローから敗走してきたばかりだし、ペラン軍もノーランから敗走してきたばかりだ。そこから三日三晩に渡る攻防戦である。
全員が疲れ切っていて、最後の集中力を振り絞って国王軍の撤退を見守っているところなのに、さらに攻撃なんて酷なことが言えるわけがない。
デュマ大公が撤退したことでシクス家の領地自体は結局のところ減らずにすんだけど、戦争中略奪し放題だったわけだから、これからの立て直しは非常に大変だ。
私達もある程度支援しなきゃいけないんだろうなぁ……
まぁ、そんなこともうつらうつらとしか考えられないくらい疲れ切っていた。
ノーランへの撤退は重苦しいものだった。まぁ、さすがに私もこの空気の中で「ウェイウェーイ!」とかやる蛮勇はない、と思っていたが……
「え、なんですって?」
私はパスカル・シクスに聞き返す。パスカル・シクスは笑顔だった。横のジャンさんを見る。彼は苦笑してた。
「いや、ジェルメーヌ嬢はクレティアン橋でも歌ったのだろう? 今、また歌ってもいいのではないか? コンダクターがいるんだし」
誰だよ、コンダクター! ……あっ、私か。私かぁ?
「いやいや、あれは勝ったからですよ。ここで歌いはじめたらただのアホだし、空気の読めない子じゃないですか!」
「じゃあ問題ないじゃないか」
私の反論にパスカル・シクスは満面の笑みを浮かべる。私が空気の読めない子で問題ないだとぉ?
「俺達は結局死ななかった。戦死していたら得られなかった次の機会が与えられた。今、次の勝利の前借りに歌っておいてもかまわんだろう」
……そっちか。
いや、かまうでしょう。発言の全部がおかしいからね。おかしくないところが一個もないからね。
あー、でも……
「わかりましたよ……」
ため息をつく。
敗戦を反省することは大事だが、引きずることはマイナスにしかならない。
歌声が敗戦を忘れる一助になるのなら、そう思った。
反省するべきは反省して、あとは忘れる……「忘れる」というのは才能だからね。その手助けになれば、それでいい。
かくして、歌声が響く。
最初はペドレッティ軍。それが全軍に広がるのに多くの時間はかからなかった。
この歌によって、兵達の足も多少軽くなった気がする。これを狙ってたんなら……パスカル・シクスは結構すごい人なのかもしれない。
全員が笑顔、とまではいかないが、ほんの少しだけ疲労を忘れたみたいだ。
なお、ベルナールお兄様は音程を外すタイプの人だった。
軍神が音痴というのは、ベルナールお兄様の名誉のために歴史の闇に葬りたいと思う。
ノーランに到着すると焼け落ちた南門の外にまでクリステル夫人が出迎えていた。
毅然とした態度で微笑みながら立っている。
「よく、ご帰還くださいました、パスカル様」
「ん」
パスカル・シクスはクリステル夫人をぎゅっと抱きしめる。
「よかった。また嫁に愛を囁くことができる。愛してるぞ、嫁」
まぁ、私はそれにつっこむよりも、そのシーンをエルザへの土産話にしようと思っていたんだけど。あの子、こういうシーン好きそうだし。
しかし南門の被害はひどい。
火はすでに消えていたが、焼け落ちたあとだけでなく、戦いの跡も……あぁ、ここでココ将軍が、あぁ……
彼の魂が安らかに眠ることができるように心から祈りを捧げ……
……そしてパスカル・シクスに与えられた館の一室で泥のように眠った。
そして、疲れも癒えて、ようやくベッドから起き上がったころに、伝令兵がパスカル・シクスの館に飛び込んできた。
「逆臣ニコラが王家の旗を掲げてペドレッティ伯爵領に攻め込みました! 伯爵領南部のスターベクの街を占領したようです! 当時スターベクにおられたユーリ・ペドレッティ様が戦死なさいました!」
この話の舞台になっているのはイタリアによく似た地形の架空の地域です。
男性登場人物のほとんどにはモデルとなっている人物がおり、「そのモデルとなっている人物の所属している、または所属していたチーム」の本拠地が、その登場人物の勢力範囲となります。
モデルとなっているのはあくまで外見と地域だけであり、その人物の能力や適正、チームの規模や本拠地の規模などはまったく関係ないものとします。
☆今回の登場人物のモデル
ジェルメーヌ・ペドレッティ:ヒト科




