VOL.10:父親の過去
「オヤジ……!? どういうことだ、キララを……いや、ハルゲンファウスを知ってるってのか?」
遼はいきなり龍一郎が現れたことで混乱してしまい、半ば掴みかかる勢いで訊ねた。
「ああ、知ってるも何も、私はもともとあっちの世界から来た、魔法使いだ。向こうでの名前は、リューン=サルファス。もっとも、こっちに来てからは全く使っていないが、な」
龍一郎は遼の腕を外しながら、こともなげに言ってのけたので、遼もキララも拍子抜けしてしまった。
「リ、リューン=サルファス!? じ、じゃあ、あの事件の犯人の映像とおじさまが似ているのは、やっぱり……?」
そこでキララがハッとしたように龍一郎に過去の事件について訊ねると、
「まあ、世間的には私が犯人ということで落ち着いたようだが、もう25年も前のことだ、話してもいいだろう。あの事件の犯人は、私ではない。私ではないが、今でも誰が犯人だったのかわからない、迷宮入りの事件なのだ。私は事件後すぐに人間界へ追放されたから、その後の報道は知らないが、私への誤解が解けてないということは状況は何も変わってないってことだな」
龍一郎の言葉に、キララは首をかしげるばかりだったので、遼が代わりに詳細を訊ねると、
「うむ。あれは今から25年前のことだ――」
龍一郎は頷き、軽く咳払いをしてから話し始めた。
25年前のハルゲンファウス、中央都市。龍一郎ことリューン=サルファスは、大統領直属の隠密部隊の隊長として、大統領の命を狙う刺客を排除する日々を送っていた。
「なに、クーデター? 誰がそんなことを企ててるというのだ?」
ある日、リューンのもとに、政府内でクーデターを引き起こして大統領を暗殺し、政権を奪おうとしている輩がいるとの情報が部下から入った。
「はい、ピエール=スイーターをリーダーとする数名のグループです」
部下は、すでに名前まで調べ上げていたらしく、スラスラとリューンに伝えていった。
「なるほど、しかし、実際に動かないと証拠はないのが実情である以上、我々は大統領を全力でお守りしつつ、そのクーデター計画も潰す、いいな」
リューンは部下に指示を出し、自らも隠密部隊長としての職務のため、待機所を出た。
その後、ついにクーデターは実行に移されたが、リューン達の活躍で大統領は無事、実行部隊であるピエールたちも追い詰めたのだが……
「さて、もはやこれまでだな、ピエール=スイーターとその仲間たちよ。杖を捨てて大人しく投降すれば、罪が減免されることもあるだろう」
最後の抵抗とばかりに逃げ回るピエールたちを追い詰めた場所は、見晴らしのいい展望台の片隅にある、ほとんど人の近寄らない崖の上だった。
「くそっ……大統領は無能なくせして、部下は優秀だったってわけか。隠密隊のリューン、だったか、あんた、それだけ優秀なのに、なぜあんな無能な大統領の下で働いていられるのか、それが理解できねえ」
ピエールもさすがに諦めがついたか、仲間とともに杖をその場に投げ捨て、どっかりと座りこんで悪態をつきながらリューンに問いかけた。
「私は表舞台に立つのがあまり好きではない。それに、あの方を放ってはおけないものでね。さて、おしゃべりはもういいだろう。そのまま、動くなよ」
リューンが理由を話し、ピエールたちを逮捕するため、ゆっくりと近づいた、そのとき。突如として崖が崩壊し、ピエールたちが巻き込まれた。
「なっ!? 浮遊魔法!」
崖はあっという間に崩れ、ピエールたちは危うく転落しかけた。しかし、ギリギリのところでリューンが魔法を発動させ、ピエール以下クーデター派5名を浮かせて救助し、無事に逮捕することができた。
「あれ、今のどこでオヤジが人殺しになる場面があった? むしろ、人命救助して褒められるとこじゃないのか?」
遼が訊ねると、
「まだこの話は終わりじゃない。最後まで聞きなさい」
龍一郎がたしなめ、再び話し始めた。
無事にピエールたちを逮捕し、クーデターは未然に防ぐことができた。ピエールたちは牢に入れられ、リューンもいつもの職務に励んでいた。しかし、ある日ピエール以下5名全員、牢の中で全身血まみれで殺害されているのが見つかったのだ。牢は警察と政府関係者以外は立ち入ることができないので、徹底的にアリバイが調べられたが、ただ1人、リューンだけが事件のあった時間に1人で仕事をしていたので、アリバイを証明できなかったのだ。それによってリューンは無実を主張しながらも逮捕され、隠密部隊長解任と同時に、追放処分が決定されてしまった。
「なんだよそれ!? たったそれだけのことで犯人認定で追放なんて、あんまりじゃねえか」
話を聞き終えた遼が激怒するが、
「もう過去のことだから、いいんだ。それに、追放されて人間界へやってきたわけだが、正直これでよかったと思ってる。みずきと出会い、遼という子宝にも恵まれたのだからな」
龍一郎は、軽く首を振って遼を黙らせると、満足げな顔をして、そう話したのだった。
一方その頃、キララの居場所を掴み、移動中のガレリアたちは――
「だいぶあの子の魔力も感じやすくなってきてるわね。みんな、いつあの子を見つけてもすぐ捕まえられるように気持ちの準備はしておいてね」
日本列島の陸地が見えてきたところで、マリアが後ろにいるガレリアたちに声をかけた。
「はーい。って、この魔力、キララさんのだよね? まだ何もしてないのにこんなに感じるなんて……いったい戦闘状態に入ったらどうなるの……?」
ティアナがキララの魔力を感知し、通常時にも関わらず、プレッシャーを感じるほどの魔力に冷や汗が流れるのを感じていた。と、そのとき。
「ってか、普通にぶっ倒しちゃっていいんだろ? だったら、この俺様1人で片づけてやるよ。ってことで、先行ってるぜっ!」
ロックが唐突に先頭に躍り出ると、突然のことにあ然とする残りの5人を置き去りにして、1人で飛び去ってしまった。
「い、行っちゃった……ッスね。オイラたちも早く追いかけた方がよくないッスか?」
いち早く自分を取り戻したクラウドの言葉で一様にハッとしたロックを除く一行は、先走ったロックを止めるため、再びキララのもとを目指し始めた。




