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勇者は怪訝な顔をした!「クーリングオフは効きますか」

昨日は一体なんだったのだろうか。

私に宝石だなんて。

飾り立てて飼うつもりでなければ、一体何だというのかしら。


サフィに、姫様の無事を確認するついでに軽く意見を聞いてみると、非常に曖昧な笑顔を返された。

よく分からないにも程があるのだけれど…。


彼女は何か口止めでもされてるの?

…いや、そんなこと、口止めしてどうなるのかしら。


ともあれ!よく分からない事に何時間もかけて悩むだなんて、時間の無駄でしかない。

私は今日も身体を鍛える事にした。


いつもの通り、柔軟をして床に降りる。

と、今日はいつもよりクラクラしないで立てた。


いままでは壁伝いに歩いていたのだけれど、これなら壁がなくても行けそう!


「やった、」


これは大きな進歩ね。

私は今日の訓練を歩くことに決めた。


そのまま、私は息巻いて歩き出す。


一周目、歩きにくいけど、まだ行ける。


二週目、少し足を引きずり気味なので、重心を左右に動かしながら歩く。


三週目、膝が曲がってきた。息が上がって苦しい。


四週目、足が重い。ダイエットするべきかも知れない。


「うわ、たった、四週...。」


私はだいぶ限界を感じていたけれど、限界を超えてこそ体は鍛えられるものなので、気持ちを叱責する。


五週目、前に進まない。足が上がらない。


あらー...と思いながら、どうせなら膝をつくまで行ってみようかしら?


そう冷静に考えている自分と、息が上がってモウヤダ、座りたい、と思っている自分がいる。


しかし、このまま止まっていても埒はあかないし、ここでやめて困るのは自分だけではないので、私は結局足を引き摺った。


「...ぅ」


部屋を歩く。たったこれだけが、驚く程に辛い。

だけど、もうへこんでるだけじゃ、世界は到底救えない!


五週目半。

膝が折れた。


体重に従って崩れ落ちた膝が、ごつん、と音をたててぶつかった。結構痛い。


と、言うのもネグリジェはスカートのため絶妙に布がめくれて直接膝をぶつけたからだ。


いたた、と思って膝を見ると、思い切りぶつけたせいか、結構膝が赤くなっていた。


ネグリジェめ。この監禁から逃れたら、真っ先に服を変えて燃やしてくれる。


そんなくだらない事を割りと本気で考えながら、しかし、今はこの怒りをぶつける相手もなく、嘆くのもバカバカしくて、溜め息をつくだけで、私はとりあえず息を整えた。


くるしいなぁ。


そう、何気なく思いながら両手を地面に付いた。


今は立ち上がれないだろうし、とりあえずはこの四つん這いでベッドに戻ることにする。


ネグリジェで四つん這いだなんてはしたない姿、間違っても誰にも見せられないわね。


私は、ベッドに行こうと這っていく。

腕が折れないように、一歩、二歩…


そして三歩、四歩目辺りでガチャリ、とドアの開く音が聞こえた。


さぁ、と血の気が引いた。


「…。」

「…。」


だ、誰…?

黙ってないでツッコミでも何でも入れてよ!!恥ずかしい!!


この部屋で訪れる人は限られている。

一番多いのはサフィ。

それから、偶にコボルトの少年ピュールとオネットと言う白地に灰色の毛玉コンビと、魔王。

後は…先日から見かけていないけれど、もしかしたらジャックも来るかもしれない。


因みにここできても問題がないのは、サフィ。日常生活を手伝ってくれる彼女なら、きっと笑って許してくれる。


次にマシなのは灰色毛玉コンビ。きっと遊んでると思ってくれる。背中には乗ってくるかもしれないが。


絶対嫌なのは魔王。情けない姿なんて、見せられないし、第一這いずって歩いてたら確実に馬鹿にされる。


後は、あれからなかなか姿を見せないジャック。彼は…



「何をしてるんだ?ベス。」


単純に気まずいのでやめて頂きたいのですがー...。


がっくりとした私をよそに、ジャックはのしのしと足音を立てて歩いてきて、目の前にしゃがみ込んだ。


私はその緑色の目に覗きこまれて、怒りやらなんやらが吹き飛んで、なんとなくいたたまれなくなる。


いや、そりゃ、勇者がこんな情けない姿なんて晒すのは良くないし…。


なんだっていい。なんとか言い訳を考える。


「…く、くんれん?」


我ながら苦しすぎる。

しかし、目の前の兄さんは、小首を傾げて不思議そうな顔をした。


「……人間の訓練とは、このような事をするのか?」


天然か。この兄さん、天然か。

純粋なの?バカなの?

そんなキョトンとした顔をしないで!罪悪感が沸くから!


「…いや、うん、する人もいるんじゃないかしら?」


…うん、赤ん坊…とか?

いや、赤ん坊の内から訓練って…うーん…。


そんなことを言いながらも、私は立ち上がろうと足に力を入れる。


…他の人に四つん這い出歩いているところなんて見せられない。

少し休んだし、きっと立てる。


上半身は起こせた。よし、と思って、片足を立ててぐい、と重心を前にかける。


よかった、ここまでは順調…


「わっ!?」


急に視界がぐらりと回った。

急なことに声をあげてしまった私が、膝が折れたんだ、と理解したのは視界の回転が痛みもなく急停止した時だった。

「え?」


思わず声を上げて、周りを見回すと至近距離に、ジャックが。


「大丈夫か?オマエ、もしや立てぬのか?」


私はその状態を理解するのにたっぷりと時間が掛かった。


私は立とうとした。でも、立てなくて、そう、支えられた!


「わ、ごめんなさ、」

事態は理解した筈なのに、思考は余計に混乱して、重いのに、とか的はずれな事を考えた。


そうじゃ無い。…いや、そうじゃないなら、何が、そうなの?


よくわからなくなった私は最早、とっさの事に反応できるほどの余裕もなかった。


そして、身体が謎の浮遊感に襲われて、視界が浮いた。

えぇ!?と思わず声を上げると、至近距離に彼の顔が有る。


これは、もしや俗に言う姫抱っことかいう…!?


「うわっ!おろして!?あの、えぇ!?」

「いや、オマエ、調子が悪いんだろう。よく見れば、顔色も良くない。」


そういって、ジャックは軽々と私をベッドまで運んで横にしてしまう。


その早業に、思わず目を白黒させてしまった。

私は当然彼にしがみついてはいないし、バランスだって良くなかったはずなのに軽々と持ち上げていた。


ち、力有るわね、このイケメン…!!

いや、私も魔力解放してたら人一人くらいなら余裕だけど!!


浮かんだのはそんな生産性もない言葉。

私は、相当混乱しているらしい。


これではいけない、と深呼吸を繰り返す。

吸って、吐いて。


その呼吸と合わせるように、緩やかに天蓋が揺れているのが視界に映る。

いや、合わせたのは私だったのかもしれないし、そもそもそんなにあってもいないのかも知れないけれど。


ともかく、そのお陰かやや落ち着いて、恥ずかしながらもご助力頂いたので、お礼は言わないとダメよね。人として。と、なんとか思い出す。


私は横になったまま彼を見上げた。

彼は真剣な顔をしていて、私は一瞬言葉に詰まった。


どうして、こんな目で見るのだろう?


「…あの、」

「調子が悪いのなら、」


ジャックの手が伸びてきて、頭を撫でてきた。


「無理をするな。」

そのまま、彼の手は頬まで下りてきて、ちょっとだけ惜しむように離れていく。


その手はとても大きくて、暖かかった。


「…ごめんなさい、ありがとう。」


私は最早それしか言えなくて、どうしてジャックはこんな事をするのか理解できなくて。


呆然と彼を見つめることしかできなかった。



そっと、彼はベッド脇の簡易イスに腰掛けた。

桃色の天蓋がどこともなく吹いた風で揺れて、ここがどこかわからなくなる。


恥ずかしすぎて爆発する。

逃げてもいいだろうか。そうだ、逃げても良いはずよ。

そのまま寝た振りでもしてしまえば逃げられるに違いない。


進むのも勇気なら、戻るのもまた勇気。


「所で、」

そう、嗄れた声が聞えた。

しまった、目を閉じるタイミングを失った。


「何?」


なるべく動揺を隠して答えると、彼は少し考えたあと、ポケットから何かを出した。

「…!それ、昨日の…!!」


それは、昨日魔王が選んだネックレスだった。

その水色の石は相変わらずキラキラしてて、綺麗だった。


「どうして、貴方がそれを…」

「…別段深い理由など無い。置いてあったものを持ってきただけだ。

昨日、オマエに送ったが突っ返されたと聞いた。

…何故受け取らなかったんだ?」


そう、ある種怪訝な顔をされて、私も怪訝な顔をしてしまう。


勢いで上半身を起こして、彼の顔を覗き込んだ。


「何故って…それはそうよ。誰だって自分の宿敵にそんなもの贈られても嬉しくないわ。

だって、こちらだって姫様を人質に取られているんだし…。」


ここまで来て、人質の為にもあんまり逆らうのは良くないんじゃ?と言うのは野暮だ。


ここまで好き勝手して来たけれど、姫様は無事であるのはサフィ経由で知ってるし。


きっと無礼な態度ぐらいじゃどうこうしよう、って気は無いらしい。


まぁ、逃げなければ無事だろう。

逃げ無ければ。


「ともあれ、良い感情を持ってない人にそんなことされても嬉しくない、なんて当たり前でしょ?」

「なるほど」


彼はそう言って腕を汲んだ。

それが妙に様になっていて、何となく威厳が有る。


(へんなの)


「だったら、俺がオマエにこれを与える、といったらオマエは受け取ってくれるのか?」

「え」


私はそのあり得ない言葉に耳を疑う。

なんで、そうなるの?!

なんでこの城の人は…。


「なんで。貴方がそんなことする義理、ないでしょ?」

「そうだろうか?」


そう言って、彼は私にそれを差し出してくる。


「この首飾りは、オマエにとても似合うと思う。

…それでは理由にならないだろうか。」


そういって、ジャックは恥ずかしそうに笑った。

それは少しくしゃ、っとしていて、少し子供のようだった。


「…すまない。上手く言い訳が出来ない。

だが、その、」


さっきの威厳の有る姿が嘘の様。


まるで大きく印象が違うのは、彼がドラゴンと人間のハーフであるせいなのかも。


そう思うと、彼は私に近づいてきた。


「…受け取ってはくれないか?」

「え、いや…」


彼は真剣な表情をしていて、断りにくい、というか、その。


「顔近、」

「…ベス。オマエの瞳は本当にこの宝石に似ている。

薄氷色に透き通っていて、とても美しい。」


そんなことを彼の緑色の透き通った瞳の方が、まるで宝石のようだ、と思った。

確か、こんな色の宝石があったと思う。多分。


「…そんなことを言って、だから、私、貰う訳には…。」

「ならば、」


そう言って彼が腕を伸ばしてくる。

私はぎょっとして身体を引いたけれど、彼はベッドに身を乗り出して更に身体を密着させてきた。


至近距離に、イケメン。

こ、これはさすがの私でもちょっとっ!!ないっ!!!


「わ、ぁっ!!」

「せめて、一度でも付けて見せて欲しい。」


え、そのままつけるつもりですか!?

と、固まっていると私の首の後ろに…!?

て、手を回して…っ!?

ちょ、っと!!これ抱きついてるのと変わらないんじゃ!!?


私は流石に恥ずかしくなって硬直してしまった。

…というか、こういうのは普通後ろから付けてもらうものなんじゃないの!?

これ、この体制おかしいでしょ!?


そう思って固まっていると、チャラ、と貴金属が鳴る音がした。


「ほら、とても似合う。綺麗だ。」

「きィ!?」


その至近距離のイケメン笑顔と、この若干のしかかられ気味な体制は、これは…殴ってもいいと思う。うん、殴ろう。


そう思ってグッと拳を握ったとき、ふと、輝くネックレスが目に入る。

それは、思ったよりもしっかりとした重量があって、それでいて不思議と気持ちが浮ついた。


キラキラしていて、綺麗で...。


「きれいとか、そんな事有り得ないわよ。」


私は、兵士で、そんな浮ついたものなんてつけたこともなかった。


姫様は、いつも可愛いドレスを着て、いつもキラキラした宝石を身につけていた。

それが当然だったし、姫様を特別どうこう思うこともなかった。


でも、羨ましくなかったかと問われれば...それは否定しない。


「大体、結構重いじゃないの。こんなの、邪魔にしかならない。」


思い出すのは元聖騎士の優美子さんが、お嫁さんになった時のこと。


彼女は、女性でありながら異例の強さで聖騎士の座を奪い取った伝説の人。


輝いた人だった。

その輝きを例えるなら、ささやかに輝く星々ではなく、恵みと温かさをもたらす太陽でもなく、一瞬にして周りを焦がしてしまう雷の様な輝きだった。


彼女はその雷のように走り続けた。

どんな試練の壁をも、笑顔でぶち壊して進むような人だった。

欲しいものがあれば、欲しいものを困難ごと笑顔で担ぎ上げて持っていくような人だった。


とても、鮮烈な人だった。


でも、私が彼女を思う時に初めに思い出すのは、敵をちぎっては投げていた時の彼女じゃなくて...。


それは、彼女が教会の扉を潜って、現れた瞬間。


とても、綺麗だと思った。


真っ白でレースの沢山ついたドレスに身を包んていて、胸にはキラキラした、大きな透明の石の着いたネックレスが光っていて。


彼女の左手には、ネックレスと似たような(あるいは同じ)石がはめられた指輪があって、いつも理不尽に訓練と称しては沢山の兵士を薙ぎ倒していた彼女は本当にお嫁さんになったんだ、って意味もなく思った。


私が彼女に挨拶に行くと、彼女は照れた様に笑って言った。


“これ、意外と重いわ!”と。


あれは、もしかしたら、具体的な重さでは無かったのかも知れないけれど、それでも、私は、なんともなしにそれを思い出した。


「...ベス。」


ハッと現実に引き戻される。

無意識に目線がネックレスに向いていた。


私は慌ててネックレスを外そうとしたけれど、ジャックの手が、それを阻んだ。


「そう、理由をつけて外そうとしなくていい。気に入ったなら、つけていろ。」

「別に、気に入ってなんか...!!」


彼と、目が合う。

透き通った緑の目の縦に細い瞳が、見えた。

それは、少しだけ恐ろしくて、でも、きれいだった。


「俺は、オマエにつけていて欲しい。」

真っ直ぐに見つめられて、到堪れなくなって、目線をそらして。

顔が熱い気がして、余計に恥ずかしくて。


ばかみたい。


「わかったわ......ここを出た時に売って旅の資金にする...。」

「そ、そうか......。」


それでも、つい、胸元を見てしまうのは女の性というものなのかも知れない。


そのネックレスは、やっぱりキラキラしていて、きれいだった。







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