きっとこれが、運命の……恋!? ―何度だって君を捜し、出会い、そしてきっと恋をするー 【3】
ガキンチョ、いや、アレクシアお嬢さまがおっしゃるには、彼女はずっと以前からオレの絵のファンだったらしい。
「フランツ工房のグリーンバリーの絵といえば、知らぬものなどいないほど、有名ですわ」
……いや、それはありえないだろ。
「あの濃い緑と、明るい空の色で構成された森の絵。まるであの場所に自分がいるような臨場感あふれる構図」
……それは褒めすぎ。
「こうして眼を閉じれば、あの世界から鳥の鳴き声までも聞こえてきそうで…」
……実際、窓の外で鳴いてるけどな、ヒバリ。
「私、いつか、あのグリーンバリーに会ってみたいと思っていましたのよ」
それがまさか、こんなかたちで叶うなんて。
お嬢さまの眼は、ずっとキラキラだ。
「いや、オレはそんなに褒められるほどの絵は……」
褒め過ぎは、どうにもならないほどの羞恥心と、軽い屈辱感を与えてくる。
「どうして、そんなふうにおっしゃいますの!?」
「いや、だって。『森しか描けない、緑バカ』ですよ!?」
工房でさんざん揶揄された言葉を思い出す。
森しか描けない。森しか描かない。
森以外を描かせると、途端にダメになってしまうオレの絵。
田舎出身だから、森しか知らないのか。
親方があからさまに口にすることはなかったが、仲間たちは容赦なかった。
オレにだって、森以外も描ける!!
そう反論したかったが、悔しいことに森以外の景色は、どれだけ描いても子どもの落書き程度の腕しかなかった。
人物画を描こうとしたこともある。静物画だって、森以外の風景画だって。しかし、そのどれもが森の絵のレベルを超えることがないのだ。どれだけデッサンを重ねても、上手く表現できない。あの森を描けと言われたら、どれだけでも素晴らしく描ける自信があるというのに。
「森しか描けない田舎者」「森しか知らない田舎者」
彼らの嘲りの声が頭のなかに、響き渡る。
「森を描いて、なにがいけないの!?」
「…………へっ!?」
うつむき、口唇を噛んだオレに、令嬢が声をかけた。
「森をあそこまで素晴らしく描くのだって、ちゃんとした才能だわ」
……そう、なんだろうか。
「あんな素晴らしいものを描けるのですもの。きっと将来は立派な画家になれるわ」
……そう、かな。
なぜか、彼女の言葉には妙な説得力があった。こちらをじっと見つめる若草色の瞳がとても印象的で…。その言葉と瞳に、魔法にかけられたような、いや、違うな。それまでオレにまとわりついていた、コンプレックスという呪いの鎖を断ち切ってくれているような、そんな感覚におちいる。
信じたい。信じたくなる。
信じていいのだろうか、その言葉を…。
「目に見えるようですわ。アナタが画家として大成する姿が」
彼女の思い描く未来が、一瞬、オレにも見えた気がした。
「私ね、いつかアナタに私を描いて欲しい。そう思っていたの」
「いや、オレは、人物画は……」
「あの森のなかに佇む私。ああ、なんて素晴らしい絵なんでしょう」
……おーい。オレの話、聞いてたかー。
森しか、描けないんだぞ。オレは。
ウットリと眼を閉じた令嬢は、勝手にオレの絵のなかに溶け込んだ夢でも見ているのだろう。
……所詮は、ガキンチョだな。
信じかけた心が折れかける。見えかけた未来は、アッサリ霧散した。
こんなガキンチョの言うことを、信じようと思った自分がバカだった。
一気に水を浴びせられたように、冷静に戻る。
「大丈夫ですよ。あんなにステキな自然を描けるのですもの。人だって立派に描けるはずです」
「どうして!?」
冷静に戻ったはずなのに、なぜかまだ彼女の言葉にすがりたい気分になった。
「だって。人も自然の一部でしょ!?」
「え!? そりゃあ、そうだけど」
その理屈、強引すぎないか!?
根拠のあるようなないような、その言葉にあっけにとられた。
「そうだわっ!!」
令嬢がパンっと手を叩いた。ステキなことを思いついた。そんなカンジの顔だ。
「私、アナタに絵の注文をするわっ。あの素晴らしい森のなかにいる私の絵。それを描きあげるまで、こちらに滞在していただけませんか!?」
「ええっ!?」
「制作期間は問いません。どれだけかかろうとも、こちらに滞在していただいて結構です。生活の世話はすべてこちらでさせていただきます。どうでしょう。お受けいただけませんか!?」
ウルウルとうるませて、こちらを見上げる令嬢の澄んだ若草色の瞳。吸い込まれそうなほどキレイな色だとは思う。
もし、オレがこれを断ったら、この瞳からポロポロとこぼれるのだろうか、涙。
「……………わかりました。お受けします」
背中にくっつきそうなほど空ききった腹と、この瞳に逆らうことなどできそうになかった。
オレの言葉に、令嬢の顔に喜色が浮かんだ。
「では、これからよろしくお願いいたしますね」
今にも踊りだしそうなほど喜んでいるのが感じられた。いや、実際軽く踊ってる。クルクルっと、踊るように軽やかにオレから少し距離を取る。
顔に手を当てて、うれしさにゆるんだ頬を支えてる。押さえきれていないニマニマが、指の隙間から溢れていた。
……そんなにうれしいものなのか!?
疑問には思ったが、こうも喜ばれて悪い気はしない。
それに。
令嬢のワガママのおかげで、どうやらオレは、三食寝床付きの生活を送れるようになったらしい。絵を描き上げるまでという期限付きではあるけれど、それでも仕事や食べ物の心配をしなくていいというのはありがたい。
……橋から落ちてみるものだな。
いや。
それはないか。




