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Q.私が行く道 A.[任意の回答]

 次の日目が覚めると、凪紗はもう居なかった。


『魔王の様子がおかしい。先に出る』


 そう短く書き残して、先に出てったらしい。せっかく誰かと朝ごはんを食べられると思ったのに。

 私は結局、二人分炊いた炊飯器から自分の分だけよそって食べた。

 今日も補習授業だ。


 ◇ ◇ ◇


「……何?」


 学校の様子がおかしかった。いやに静かなのだ。

 昇降口には私だけ。職員室を覗いても誰もいない。


「もしかして今日は休み?」


 カリンに電話したけれども、いつまで経っても出なかった。おかしいなあと思いながら教室を目指す。

 生徒の声が聞こえない。そういえば売店も閉まっていた。

 不気味だ。いよいよ休校説が濃厚になって来た。


「おはよーう」


 そういいながら教室に入った。普段はそんなことしないのに。


「やあ、おはよ」


 返事をしたのは、紅深紅生徒会長だった。

 魔王が教卓に座ってこちらを見ている。


「――ッ!」


 教室は異様な空間と化していた。

 私の席は窓際の最後列、つまり教室の隅だ。そこだけが、何もおいていない。

 廊下側の最前列から私の席全てに、花が添えられていた。

 白い花瓶、新鮮な水、百合の花。

 花弁は血のように赤く、その先から赤い液体が滴っている。

 そう、私以外の席全てに、まるで死者に添えるように、百合の花が、百合の花が、百合が、花が、百合、花、百合の花、百合、花、華、百合の花、華、華、百合が、華が、花、百合の花が、百合の花が、百合の華が、百合の花が、百合の花が、百合が、花が、百合、花、百合の花、百合、花、華、百合の花、華、華、百合が、華が、花、百合の花が、百合の花が、百合の華が、百合の花が、百合の花が、百合が、花が、百合、花、百合の花、百合、花、華、百合の花、華、華、百合が、華が、花、百合の花が、百合の花が、百合の華が、百合の花が、百合の花が、百合が、花が、百合、花、百合の花、百合、花、華、百合の花、華、華、百合が、華が、花、百合の花が、百合の花が、百合の華が、百合の花が、百合の花が、百合が、花が、百合、花、百合の花、百合、花、華、百合の花、華、華、百合が、華が、花、百合の花が、百合の花が、百合の華が、百合の花が、百合の花が、百合が、花が、百合、花、百合の花、百合、花、華、百合の花、華、華、百合が、華が、花、百合の花が、百合の花が、百合の華が、咲いている、咲いている、咲いている咲いている咲いている咲いている咲いている咲いている、咲いている、咲いている咲いている咲いている咲いている咲いている咲いている、咲いている、咲いている咲いている咲いている咲いている咲いている咲いている、咲いている、咲いている咲いている咲いている咲いている咲いている。

 最悪の妄、想、が、頭を過ぎ。る。


「『alryubityeu』……『こちら』の言葉だと『殺意の百合』さ。『あちら』の植物で、地中から水分を吸い上げ、毒液に変えて、他の農作物を枯らしてしまう」


 ふふん、と魔王が笑う。


「花言葉は――『あちら』にもそういう文化があってね――『死してまた会いましょう』」


 吹っ切れる。血が上る。血が熱い。私は魔法の使い方を知っている。

 右腕を捲くる。魔法を宣言する。


「『(gibii)(bitleu)』――」


 それを見た魔王は目を丸くして、されど嬉しそうに高らかに笑った。


「この世界で魔法が使える? それも中級魔法を? 誰にも教わらず? いや、その魔法の組み形――私の『炎の矢』だな! 昨日の私を見て覚えたんだ! それをアレンジして中級魔法『炎の槍』に昇華させたんだ! は、はは、ハハハハハハハハハ! 嬉しい、嬉しいよユキナ! やっぱり君はかっこいい! 麗しい! 美しい! 天才だ! 大好きだ!」

「私を下の名前で呼ぶな……!」


 ふふ、と魔王が微笑んだ。


「その才を活かして、君が大魔法使いに至るためのアドバイスをしてあげよう。

 その一・詠唱しなくても魔法を使えるようにすること。

 その二・多様な魔法を覚え、状況に応じて適切な魔法を使うこと。

 その三・こういう時は拘束魔法を使うべきさ。」


 しまった、と口にする時間も無かった。床から生えたツタが、私の右腕に巻き付いた。すると、ツタが強い力で私の腕の方向を変えた。

 右腕に形成された炎の槍、その切っ先が私の腹を貫いた。


「は、ぁ……ぐッ――」


 痛い。鋼すら簡単に溶かす炎の槍が、私の腹を焦がした。

 炎の槍を強制終了させる。その腹の痛みと、魔法を無理矢理止めた反動で意識が持っていかれそうになる。言葉を発そうとしても、肺が焼け焦げて機能しない。

 だから頭の中で『風纏』を唱えた。私の周りに鋭い風がうずまき、ツタを切り裂く。なんとか自由になったが体はボロボロで、その場で倒れてしまった。風纏を維持できず、解除した。


「もう無詠唱で魔法が使えるようになったのか!」


 魔王が嬉しそうにスキップし、私の方に来た。そのまま勢いで飛び上り、私の上に馬乗りになる。


「しかももう腹の傷が塞がってる。君はすごいな、あふれ出る魔力で、勝手に傷を癒してしまうなんて。でもまあ、体へのショックは癒せないって感じかな」


 そう言って私の腹をつう、と撫でた。


「これはね、君へのプレゼント」

「……どういう意味」

「君が中々死んでくれないから、代わりに君以外の人間をみんな殺しちゃった」

「ふざけないでよ」

「極めて真剣だよ。君に名前を覚えて欲しくて、必死に生徒会長になった時と同じくらいには真剣さ。君のせいで誰かが不幸な目にあった。気持ちいいかい? 気持ちいいに決まってる! 苦労したよ、大量の使い魔を用意して、この学校関係者を一晩で皆殺しにするのは! だから、君もそれだけ気持ちいいに決まってる! ああ、そうさ。ユーシア・エニックス……十年前に天野凪紗が死んだ時より気持ちいいだろ! そうでしょ! ねえ!」


 ……そうだ、凪紗は? 凪紗はどこに? 魔王を倒しにいったはずじゃないの?


「……凪紗は?」

「聞きたいかい? 死んだよ」


 ――――

 何を言っているのか、わからない。

 汗が頬を伝う。今日もありえないくらいの猛暑日なのに、汗はいやに冷たい。

 魔王の汗が落ちてきて、私の額を濡らした。信じられないほど熱を持っていた。


「あなたが殺した?」

「そのほうがマシだっただろうさ」


 魔王はつまらなさそうに続けた。


「十年前と同じさ。アレはトラックに轢かれて死んだ。言っとくけど、私は何もしていない。むしろ何かしていたらアレは気付いていただろう。

 私の不穏な動きを感知したあいつは、私を止めるべく夜の街に繰り出した。そしてあいつは運悪く飲酒運転のトラックに跳ねられた。それだけ」

「ウソだ……」

「ウソじゃない。その証拠に、私は何故か生きている。もしも昨晩襲われたら――私は使い魔を作るのに魔力を使い切ってたからね、成すすべも無く殺されていただろうサ。ま、そういう運命にあったんだろうさ、あいつは」

「……」

「ね、ユキナ」


 魔王が何か言っている。


「今死ねば間に合うよ」

「……転生するってこと」

「そう。あいつも君も『神』に選ばれた人間だ。『神』に選ばれた人間は、死をきっかけとして『あちら』と『こちら』を行ったり来たりする運命にある。今死ねば、君は『あちら』であいつと再会して、一緒に魔王たる私を殺しに来れる。君が私と一緒に歩んでくれないのは残念だけど、君が私を憎んでくれるなら、それは二番目に良いことだ」

「……魅力的だね」

「そうだろう?」


 嬉しそうに、悪魔のように微笑んでいる。


「『吸精(jtyyawu)』――名前の通りの魔法。君の口から精力を吸い上げる魔法さ。別名『安楽死の魔法』って呼ばれてる。不治の病に罹った恋人を幸せな気持ちで死なせる為にサキュバスが生み出した魔法」


 彼女の顔が近づいてくる。馬鹿馬鹿しいことに、彼女の心臓が高鳴っているのが聞こえる。


「向うでまた会おう」


 唇がもう触れそうな距離だ。


「愛してる」


 だから私はその唇に思いっきり噛み付いてやった。


「痛ッ!」


 魔王にとって私の行動は想定外だったようで、驚き、のけぞった


「どうして――! 待って、それは!」


 もう遅い。私は学んだ。詠唱もしないし色んな魔法を検討して、この場で一番適切な魔法も理解した。


「やめろ、でもどうして、その魔法は四人いないと――」

「最初に私の魔力を評価したのはあなただよ」


 ――《無等級魔法『封印(iqleufl)術式《glmunleu》』》――

 凪紗は『あちら』でこの魔法を失敗したという。

 だから、代わりに私が発動する。


『iqleufl glmunleu』――『こちら』の言葉で『終りが始まり』

「あなたは知らないだろうけど、「私が死んだら悲しい?」って聞いたとき、凪紗は「あたりまえじゃん」って答えたんだ」


◇ ◇ ◇


「ばかな、そんなばかな。ありえない、ありえ……」


 元魔王が震えてる。恐怖のせいか、理解が及ばないせいか。私の一人称からは、彼女が何を思っているかはわからない。

 ただ一つ分かることは、彼女はもう魔王ではない。元魔王、あるいは紅深紅という名のただのヒトガタだ。

 私の中の何かが言っている。封印術式は、魔王を無力化するためだけに生み出された魔法だ。

 魔王が死ねば、それをきっかけに魔族は団結する。魔王の仇討ちという口実を魔族に与えることになる。

 だからこの魔法は魔王を殺さない。その代わりに魔力だけを封印する。生かしながら、その力とカリスマを奪う。それが無等級魔法・封印術式。


「じゃあね紅深紅。そのお花、綺麗だと思うよ」


 私は彼女に背中を向け、立ち去ろうとした。


「待って……! 私は……!」


 悲痛。涙ながらの言葉であることは、見ずとも分かった。


「ほんとうに君が好きなんだ! ただ私は、きみが一番輝ける世界にいてほしいんだ、そんな世界で君が私を見てくれるだけでよかったんだ……! おねがいだよ、わたしを一人にしないでよ!」

「私は、」


 振り向かずに言った


「私はこれからも悲劇に酔い続ける。それはもう変わらない。それが私のあり方だから。でもただ一つ、悲劇が凪紗を悲しませるなら、私は喜んで喜劇役者に転じるよ」


 もうこの学校には居られないだろう。いいや、おそらく普通の人間として生きるのは無理だ。おそらくそれは魔法が使えるって気付いた時からそうなる運命だったのだろう。

 だから旅にでよう。この世界を巡って、安住の地を見つけよう。

 そしてそこに、凪紗のお墓をつくろう。


「さようなら、紅深紅生徒会長。「また会いましょう」は言わないよ」

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