第四話 お前のいない世界で本当の真実。
“お前がいない”この世界。
本当は、“俺がいないことが正しい世界”があった。
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リビングのドアの前には、いつの間にかルナの姿があった。満姫もルナの声に気付きキッチンの方から顔を出していつものように言う。
「おかえりなさい、ルナ」
ルナはそんな満姫に一瞬だけ視線を向けると、ソファーに座る優雅に近付いて行って大事な息子を抱き締めた。
満姫の娘までを“死神”に差し出させてまで返してもらった自分の何よりも大切な、あの人との子供なのだから...だから、そんなことを言わないでほしい。
「優雅!そんなこと、言わないで!!」
ルナの瞳にはいつの間にか涙が浮かんでいて、頬を涙が伝い落ちていた。優雅を抱き締める腕の力は増していくばかりで“はなしたくない”という思いが伝わってくる。必死に優雅にすがり付くルナの目には、息子の優雅以外にも最愛のあの人の姿も映っている。
「お願いッ...!もう、私は優雅を失いたくない...真希ちゃんだって私の、せいで...!」
息子の優雅にとって、涙を流して必死に自分に懇願するこんな母親を見たことがない。泣いているのを見るのは子供の頃、特に何も考えずに“父親”がいないことを聞いた時以来だろうか。無言でただ、母親を優雅は見詰めていた。
「ルナ、優雅君に真実を話してあげたら?」
少しして満姫が静かな声で言った。するとピクリ、と優雅を抱き締めていたルナの体が跳ねて強張るのが優雅には分かった。
だが優雅には満姫の言ったその言葉の意味も、自分の母親が何故こんなにも震えているのか...それが理解できずに2人の母親を見た。
「どういうことだよ?“真実”って何なんだよ!?何の話してんだよ!?」
2人の間にある“空気”が何故か俺を不安にさせる。聞いてはいけないような気さえする。
本当にいったい、この2人は何を言っているのだろうか...優雅は訳が分からずにいると、今度はルナが突然立ち上がり“お腹がすいたわ”と満姫に言った。
「そういえば、夕飯はもうできてるの」
満姫が少しだけ苦笑しながら、突然思い出したように言った。どうやらルナはその“真実”とやらを話したくないらしい。
ごまかそうとしているのが分かった優雅は“話せよ!”と母親であるルナに怒鳴った。満姫のいる方に進んでいたルナの足が止まると、ルナは優雅の方を振り向かずに言った。
「少し時間をちょうだい、優雅。夕飯の後に話すから」
ルナのこの一言で、3人で夕飯を食べることが決まった。
いったい、自分の母親は何を話そうとしているのだろうかと疑問に思いつつも優雅は満姫の作った夕飯の席についた。
何とも言えない気まずい時間が終わった。満姫の作った夕飯を食べ終えた優雅が、初めて空気の重い食事の時間だったと思ったほどに...リビングへと移動したが、また少し時間が経っている。
優雅はいつも自分が座るソファーに座り、その横のソファーにはルナと満姫が1人用の少し大きめのソファーに2人で座っている。正確には満姫が1人で座っていて、ルナはその横の肘掛けの部分に座っているのだ。
「で、どういう意味なんだよ?」
優雅は先程から沈黙ばかりしている自分の母親であるルナを不可解そうな表情をして睨み付けている。まったく喋ってくれないので満姫の方にも視線を送っているのだが、満姫はルナから聞いた方がいいとの一点張りだった。
「分かってはいるのよ、優雅に、ちゃんと話さなきゃいけないとは思っていたの...」
ずっと答えにくそうな顔をしているルナと状況を見守るだけの満姫にもイラついている優雅は、話しを強制的に前に進めようと自分から話しを切り出すことにした。
「俺を“もう失いたくない”とか、まるで...」
話しを聞きたい優雅でも最後まで言葉にできなかった。まるで“俺を、失ってるみたいな言い方”...を母親達はしていたと思う。
聞きたい、でも聞きたくない。聞いてはいけないことを、俺は母さんにまた言葉の刃を突き付けている気がする。
「それは...」
それでも目を伏せて言い掛けては口ごもってしまうルナに、満姫も考えを改めた様子で寂しそうな想いをみせる瞳を揺らしてルナを見詰めて言った。
「もう、いいじゃない。もうこれ以上...優雅君を苦しめるのはやめよう?ルーナ」
「リェナ...でも、だって、真希ちゃんは...!」
すると、ルナの瞳から涙が頬を伝い落ちてポタリと床を濡らした。母親達がお互いの名前を言い間違えたような気がした優雅だが、何故かそれが本来の名前で遠い昔に聞き慣れていたような気がした。
「真希は自分の意志で、この未来をつかんだのよ」
満姫の頬も、いつの間にか涙が頬を伝い落ちたあとが残っている。娘の真希を思いながら満姫は言っていた。
そして、また優雅を置いてきぼりにして始められた母親達の会話の内容は優雅には理解できないことだった。
「私のこと、恨んでないの...?」
「恨んでなんかないわ。あの子は、いつも優雅君とルーナの心配をしてた...真希も変えたいから願ったのよ」
満姫のその言葉に驚いて信じられないと目を見開いたルナは“ありえない”と云うように泣き叫ぶように言葉を続けた。
「嘘よ!!だって私...“優雅を生き返らせて”って頼んだのにッ...!」
「は!?何で俺が死んでることになってんだよ!?」
あまりにも淡々と、自分が“死んでいる”という状態で話しが進んでいることに突っ込みを入れずにはいられない優雅は何の話しをしているのか理解できない母親達に言った。何で今自分は生きているというのに、何故そんなことになっているのか。
「だって本当は、あの事故で車に引かれたのは優雅君だもの」
優雅の当然の問いに、淡々と答えたのは満姫だった。嘘だろと、母親のルナを見ても否定の言葉はない。逆に、目が合った途端に視線を反らして俯いた母さんの反応が...それが事実だと告げているような気がした。
シンヤとレイナに真希が実は小学校6年生の時に交通事故で亡くなっていると言ったばかりなのに、優雅の知らない衝撃の事実がまた此処にあった。
「俺が、ひかれた...?」
本当に何を言っているのだろうか、この母親2人は...。
「ひかれたのは真希だろ?俺は生きてんだろ!?」
優雅は“信じられない”と慌てて声を荒げたが...ルナが母親として、真剣な表情をして息子の目を真っ直ぐ見詰めて、今まで言えなかった“真実”を答えた。
「本当は優雅が...ひかれたの。私が、弱かったから、その現実を受け入れられなくて...」
ーーーこんな世界を真希ちゃんに作らせてしまったの
「いったい何が、どうなってるんだよ...?」
優雅は“常識はずれ”の母親達の真実を信じられずに、ただ理解できるか!?という気持ちだけが少し間抜けな言葉と声に表れていた。
伏線をムダに入れ込んだ気がします...。