59 ある冒険者の記録
イビルウッドの体内は、小さな部屋になっていた。
テーブルやチェストが綺麗に並べられている。
これが誰に対しての部屋なのかは、すぐに分かった。
部屋の隅には安楽椅子。
そして、その椅子に腰掛けていたのは、白骨化した人間の死体だった。
この部屋は、この人間が暮らしていた部屋だったんだろう。
膝の上には日誌が置いてある。
さすがに躊躇したけど、イビルウッドについて何か書かれてるかも。
私はそっと、日誌を拾い上げた。
ホラーとかは割と平気だけど、実際こういう状況におかれると、さすがに……ね?
白骨死体が動いたけど気のせい。
拾った日誌、開いてみようか。
ここに、私の記録を記す。
誰が読むとも知れぬが、誰かの役に立つと願いたい。
私はギルドの依頼で、森林地帯を訪れた。
依頼内容はこの、イビルウッドの討伐だ。
魔力探知を駆使し洞窟を発見した私は、何かに取り憑かれかのように暴れるイビルウッドを発見した。
周辺とイビルウッドの魔素を調べた結果、地上の木々の栄養は、イビルウッドが与えているのだと気付いた。
更に、森林からイビルウッドへも栄養を与えている。
持ちつ持たれつだったのだ。
つまり、イビルウッドを倒すと言う事は、上の森林をも破壊してしまうという事に繋がるのだ。
私はすぐに、この事をギルドに報告しようとした。
しかし、イビルウッドは私に気付き、襲ってきたのだ。
自在に操る根に捕らわれた私は、イビルウッドに食べられてしまったのだ。
だが、私は生きていた。
イビルウッドの体内は空洞になっていて、その中に放り込まれただけらしい。
そして空洞の奥に、禍々しい魔素を放つ宝石を発見した。
宝石が淡い光を放つ度に、イビルウッドは悲鳴を上げて暴れていた
私はこれが、イビルウッドを凶暴にしている元凶だと悟ったのだ。
私はすぐにでも宝石を外そうとしたが、完全に樹皮に埋まってしまい、取り出す事は出来なかった。
それだけでなく、宝石には結界も施されていて、触れる事さえ出来なかった。
恐らくイビルウッドは、ずっと助けを求めていたのだろう。
この苦しみから、解放してほしかったのだろう。
私は、イビルウッドの苦しみが少しでも和らぐようにと、宝石近くの樹皮へ癒やしの魔法陣を描いた。
そしてイビルウッドの体内から脱し、この事をギルドへ報告すべく、森林地帯をあとにした。
私はギルドに、イビルウッドを討伐しないようにと忠告をした。
私が見た全ての事を報告したうえでだ。
だが、ギルドは動いてくれなかった。
それどころか私は嘘つきで、モンスターを前に逃げ出した、臆病冒険者と言うレッテルまで貼られてしまった。
私の親友だったアイツまでも、私を嘘つき呼ばわりしたのだ。
私はそんなギルドに失望し、ギルドを抜けた。
もう誰も信用しまいと、私は家具の一式をイビルウッドの体内に放り込み、そこでひとり、宝石の研究を始めた。
魔具やモンスターの資料、魔術、魔法陣、あらゆる資料を読み漁り、あらゆる方法を試した。
長い年月を費やしたが、ついにイビルウッドを救う事が出来なかった。
この日誌を読んだ者よ、出来る事ならイビルウッドを救ってやってほしい。
こいつは長い間、ずっとひとりで苦しんできたのだ。
それが出来ぬのなら、どうかこの日誌を冒険者アダムに渡してほしい。
そして一言、悪かったと伝えてほしい。
冒険者カーティス記す。
日付は三十年前だ。
この人も、イビルウッドを救おうとしてたんだね。
近くの壁に目を向けると、日誌にあった宝石が、やはり樹皮に埋まっていた。
癒やしの魔法陣は、今にも消えてしまいそうだ。
だから、あんなに暴れてたんだね。
カーティス。 あんたの願い、私が叶えてあげる。
私は樹皮に埋まった宝石に触れた。
手に電流が走り、手が弾かれる。
これが結界か。
でもさ、痛い以上に怒りの方が勝ってるんだ。
あんたのせいで、人生狂わされた人間が居るんだ。
償わせるつもりはないけど、私がどれだけ怒ってるのか教えてあげる。
だからさ、抵抗するなよセラメリア。
私を近づかせまいと、電流がさらに強くなる。
でも、そんなの関係ないね。
私は電流の衝撃を押し切り、宝石に触れた。
そして……魔素吸収。
宝石は音もなく砕け散った。
カーティス、終わったよ。
私が外に出ると、イビルウッドはとても穏やかな表情をしていた。
イビルウッドは自分の口の中に根を入れると、カーティスの遺体を取り出した。
それを地面に横たえ、根で地面を掘り始めた。
あんたの唯一の理解者だから、ここに埋めてやりたいってこと?
……分かったよ。
私は地面に小さな穴を掘り、そこにカーティスの遺体を埋めた。
弔いの方法なんて分からないから、形だけだ。
……そうだ。
私は袋から、先ほど回収したイビルウッドの枝を取り出した。
それを、カーティスの遺体を埋めたすぐ横に刺した。
何もないよりは、ね?
イビルウッドは全てを見届け、眠りについた。
もうこいつを、悪魔の木なんて呼べないね。
この森を育む大樹、聖なる木に生まれ変わったんだから。