その10 さよならは言わない
さっきまで。
つい、さっきまでは。
普通に寮の裏手の、裏山・・・みたいなところにいたんだけれど。いや、今も、いるんだけれど。
なんでだろう。
なんか、別の場所に来てしまったみたいな、そんな感じがするのは。
今、この世界に存在しているのは、私たちだけ、みたいな。
そんな感じがする。
私たち・・・。
私と、ペンギンの着ぐるみと、魔法少女のシュガーピンクさんと、黒くて得体のしれない生き物。
ペンギンと魔法少女は得体の知しれない生き物と対峙していて、ただの観客である私はペンギンたちの背後、少し離れたところにいた。
うん。アレは、ほんとに近づきたくない。
黒いマッサージボールに、ウニョウニョ動く細長い手がいっぱい生えているのだ。ほんとに、いっぱい。何十本とかいうレベルで。
「何、アレ?」
いつもの害虫とは、何か違う気がして、思わず呟いたら、ペンギンがもの凄い速さで振り向いた。ペンギンというか、ペンギンの着ぐるみを着た、ミント・ハリケーンが。
「のりこ!? なんで、いるの!?」
「え? いや、なんでって。君に連れてこられたんだけど」
「そうなんだけど、そうじゃなくてー! 危険だから、一般人を巻き込まないように、ぼうくうごうを張ったのに。の、のりこを巻き込んでしまった・・・」
取り乱すペンギン。
「・・・防空壕?」
「結界よ。悪いモノが、外に出ないように閉じ込めたの。同時に、外からも邪魔が入らないようにしているのよ」
「ひゃあ!」
背後から、突然声をかけられて、思わず変な声で叫んでしまった。
この人は、確か。ミントと仲がいいような、そうでもないような感じの、バニラ・ブルーさん。一体、いつの間に現れたの?
てゆーか、外から入れないんじゃないの?
「私は一般人じゃないし。まあ、魔女としての格の違いというものね」
まだ、何も言ってませんけど!? こ、心を読まれた!?
「それはともかく。どうして、そんな恰好をしているのかしら?」
余裕の笑みを浮かべていたバニラ・ブルーは、ミントを見て、少し口元を引きつらせる。そして、問いただす。
まあ、そうだよね。
いろんな意味で、どうして、こんなことになったのかと言えば。
話は、昨日の夕方まで遡る。
「マスコットキャラ!」
放課後。どこか、ほっつき歩いてたらしいミントが、帰ってくるなり叫んだ。
ただいまもなしだった。
「のりこ! 魔法少女には、マスコットキャラが付きものだって、聞いたんだけど!」
そうだっけ? そう言われると、そんなような気もするけど。てゆーか、どこで聞いてきた。
「どうして、教えてくれなかったの!?」
私の両肩を掴んで、ゆさゆさと揺さぶってくる。
いや、どうしてって言われても。
「とにかく! 私はマスコットキャラとして、ペンギンの魅力を啓蒙していこうと思う!」
力強い、一方的な宣言とともに、魔法少女活動の再開が決定された。
そして、次の日の放課後。てゆーか、今。・・・てゆーか、さっき?
私とピンクは、寮の裏手の、裏山みたいなところに連れ出された。
ここ、日当たり悪いし、草むらから蛇が出てきたりするから、生徒はあんまり近寄らないんだよね。ピンクの魔法少女活動には、一抹の不安が伴うので、まあ、調度いい場所かな。
二人は草むらの中に入っていったけど、私は蛇が怖いので、後ろで見ていることにする。
木立の合間を縫って、いつものごとく空中に黒い穴が開いて、何か黒い物体が落ちてくる。バレーボール大の、黒い、・・・・・黒いボールだ。
目も手も足もない。ほんとに、ただのボールだ。
敵役としては、あんまりパッとしない感じだけど、まあ、どうでもいいか。
あれが、ピンクの精一杯なんだろう。
そして、また。いつものごとく、閃光が走り、魔法少女・・・・とペンギンの着ぐるみが現れた。
「よし。行け、ピンク!」
ビシッと、手というか羽? を黒いボールに突き付け、ペンギンが命じる。
・・・・・・マスコットキャラって、こういうんだっけ?
「分かってるわよ。命令しないで」
言い返しつつも、ピンクが杖を構えたその時。
オ、オオオオォ・・・
穴、の中から、声・・・みたいなのが聞こえてきた。ひび割れたような、しゃがれたような、背筋がゾワッとする、嫌な感じの・・・。
少し、視線を上げる。
穴から、細長い手みたいなのが、ヒュンヒュンと何本も飛び出てきて、それから、何かがベチャリと落ちてきた。
ちょうど、バレーボールの上に。
結界、とやらが張られたのは、たぶん、この時なんだと思う。
別世界に来たような違和感を感じたのは、この後すぐだったから。
クワ・・・セ・・・ロ・・・・
ひぃっ!? しゃ、しゃべった・・・・?
ミントがペンギンの格好をしている、しょうもない理由を説明する前に、黒い生き物がなんかしゃべった。に、日本語で・・・。
「どこかで食事をしてきたみたいね」
そう言いながら、バニラ・ブルーは私を庇うように前に出た。
「日本語・・・・。日本人を・・・・。まさか、この学校の生徒を・・・?」
ガクガクと足を震わせながら、ピンクが呆然と呟く。
「んー、食事したのは、穴の向こうだと思う。だったら、ここの生徒とは限らないよ」
真面目な声で話しているけど、ペンギンの格好なので、いまいち締まらない。
締まらないけど、なんか今、怖いこと話てる。しょ、食事って、もしかして、日本人料理をお召し上がりになったのですか!?
そういえば、この間。穴の向こうに紛れ込んで、運が良くて魔女の国にたどり着ければ、魔女になるって言ってた、けど。運が悪い子っていうのは、つまり・・・?
「深く考えないほうがいいわよ」
ゆっくりと言い聞かせるように、バニラさんは私に背を向けたままそう言った。
う・・・。はい。今は、そうします。
そうこうしている内に、黒い生き物は、いよいよ食欲が抑えきれなくなったらしく、ぶるぶると体を震わせ・・・。
クワセロ!
雄叫んだかと思うと、ミントとピンク目指して、一斉に手を伸ばす。
顔の前で手をクロスさせ、思わず目を閉じてしまった。
ピンクの悲鳴と、空を裂くような音が聞こえる。
恐る恐る、目を開けた。
尻餅をついているピンクと、その前に仁王立ちするペンギン。先が切り落とされた手を蠢かせる黒い生き物。そして、黒い靄が霧散していくのが見える。
「ピンク、邪魔だから下がってて」
「・・・・・・・っ」
頷いたピンクは、立ち上がれないのか、それとも黒いのに背を向けるのが怖いのか、へたり込んで後ろに手をついた姿勢のまま、ゆっくりと下がってくる。
「!」
「来るわよ」
ピンクが十分に下がりきらないうちに、黒い生き物の手が復活した。切り落とされた先が、手のひらの形に再生されていく。てゆーか、よく見ると、指の本数がまちまちなんですけど。
再び、手がミントに襲い掛かる。
風の刃が黒い手を次々と切り落としていき、ピンクが猛スピードで後ずさってくる。なんか虫みたいで、むしろピンクが怖い。
「あ、また・・・」
つい、ピンクの動きに注目してしまっていたけど、ピンクの怯えた声で、また、ミントのほうへ視線を戻す。
え? もう?
霧とされた手が、再生していた。さっきより早い。すかさずミントに襲い掛かり、また切り落とされていく。
ちょっと、これ、限がないんじゃ・・・。このまま、再生するスピードが上がっていったら、切り落とすのが間に合わなくなるんじゃないの?
段々ペースが上がっていく再生と切断を、ハラハラしながら見ていると、ついにその時が来てしまった。
切断の直後に、いや、もしかしたら、直前だったのかも。黒い生き物から、新しい手がもの凄い勢いで生えてきて、ミントに襲い掛かる。
「ミント!」
ペンギンの体に、次々と黒い手が巻き付いていく。
「ああ! ペンギンが!・・・よくも!!」
てゆーか、こんな時までペンギンの心配かい!?
心配が怒りに変わりかけたとき、見慣れた閃光が走り、反射的に閉じた目を開いたら、黒い手に巻きつかれたペンギンの抜け殻の後方に、魔法少女クール・ミントが立っていた。
「魔法少女クール・ミント、登☆場☆ お前の攻撃は、すべて見切った!」
あ。なんか、今。ヒーローにピンチを助けてもらった人たちの気持ちが分かったかも。なんていうか、まさしく救世主? クール・ミントにこんなにも希望を託す日が来るとは・・・。
切り口上が微妙なのとかは、もう、どうでもいい。この状況をどうにかしてくれさえすれば。もう、それだけがすべてだよ。
「さあ、反撃、いっくよー。いでよ、魔法の包丁!」
え? それ、呪文なの?・・・・いや、結果がすべてだよね。うん。
空中に現れた3本の巨大包丁が、黒い生き物へと振り下ろされ、手が根元から切り落とされていった。黒い生き物も再生を試みているけれど、再生しきる前に、包丁に切り落とされる。
「魔法のサランラップー」
再生と切断が繰り返される、その頭上に、巨大サランラップが現れた。箱の中から、勝手にラップが引き出されていき、ある程度の長さまで来ると、箱がくるっと回転し、小気味よい音を立てて、ラップが切り離される。
それを待っていたかのように、切断の速度が上がり、手が1本もない状態になったところで、包丁がその場を離れる。代わって、空中でふよふよしていたラップが、ものすごい速さで黒い生き物を包み込んだ。
謎の生き物のラップ包みが出来上がったんですけど。どうするの、あれ?
「うーん・・・」
ミントは、腰に手を当てて、何やら考え込んでいる。もしかして、ノープラン!?
「うん」
どうやら、考えがまとまったらしい。
「魔法のめんぼー」
魔法ってつければ、いいってもんじゃ・・・。
現れためん棒は、ラップ包みをのしていき、何かぺらんとした黒いものが出来上がった。
ラップが破れたりしないか心配したけど、魔法のサランラップというだけあって、丈夫にできているらしい。
鼻歌を歌いながら、ミントは謎の生物のなれの果てに近づいていき、すっかり薄っぺらくなったそれを、くるくると巻いていく。巻き終わると、どこからか取り出したリボンを巻き付け、リボン結びで封をして、ぽいっと穴の中に放り込んだ。
穴に蓋をして、完全にふさぐと、ミントは得意げな顔で振り返る。
「女子力の勝利!」
いや、それ、女子力違う。
「ペンギンが命がけで助けてくれたおかげで、私たちは、見事、悪を打ち滅ぼすことができた」
なんか、急に真面目な顔で語りだしたよ。ていうか、そのペンギンはおまえだろ。
付き合ってられないとばかりにため息をついて、バニラさんがピンクを回収して、どこぞへと消えていった。
え? 私、置いてけぼり?
私一人で、アレの面倒見るの?
恐る恐るミントの様子を窺うと、ミントは私を見つめながら、まっすぐにこっちに向かって歩いてくる。
「でも、そのせいで」
小芝居、続いてるよ。
「のりこに、私が魔法少女だとばれてしまった」
いや、最初からばらしてただろ。
「だから、私は、魔法の国へ帰らなければならない」
ミントが私の正面に立つ。
「魔法少女活動は、もうおしまい」
ミントが、私の手を取って、優しく握りしめる。
「のりこ。今まで、ありがとう」
その言葉を最後に、ミントの姿が掻き消えた。
え?
あれ?
何?
これで、さよならなの?
こんな、あっさり?
ふと気が付くと、そこは、寮の裏手の裏山みたいなところで。私のほかには、誰もいなくて。でも、世界から切り離されたような、あの変な感覚は消えていて。
どうやら、急展開についていけなくて、呆然と立ち尽くしていたらしい。
いつの間にか、すっかり暗くなっていた。
体も冷えてしまっている。
早く帰って、ご飯と、お風呂・・・。
とぼとぼと、足取りも重く、寮の自室へ向かう。
すべてが、夢だったんじゃないかという気がしてくるよ・・・。
その反面、部屋に帰ったら、いつも通りにミントがいるんじゃ? ていう、期待も、ちょっとある。
なんか、ぐるぐるしながら、部屋のドアを開けた。
「ただいま」
誰もいないはずなのに、つい言ってしまうのは、いつもの癖だ。
「おかえりー。遅かったね。何してたの?」
はい?
ふ、普通に出迎えられた。
「な、なんでいるの? てゆーか、さっきのアレはなんだったの?」
ドアを閉めるのも忘れて、のほほんとした顔で、せんべいとか食ってるミントに問いただす。
「ん? ああ。あんな危険なのが出てきたら、さすがに魔法少女ごっこしてるわけにはいかないからさー。ちょっと、最終回っぽくしてみた。あ、もしかして、本当にいなくなったかと思っちゃった? やだなー。本当に帰るなら、もっとちゃんとお別れするよー」
がくりと膝から崩れ落ちる。
な、なんて、人騒がせな。
「えーと、ごめん。でも、大丈夫。しばらくは、ここにいるから! 一応、この辺の穴とか危険な場所は、全部きれいにしてきたんだけど、一応、念のため、しばらく様子見のために残ることになったんだー。後、将来、政府の魔法少女対策室・・・じゃない、害虫対策室に入ってくれそうな子を勧誘中って言ったら、何とかものにして来いと新たなミッションが発動されたんだよ。私も、もう少し学生生活楽しみたいしー。返事は来年でいいから!」
くっ。いい笑顔で・・・。
てゆーか、害虫対策室もなんか違うだろ。てゆーか、何してくれてんだよ。てゆーか、てゆーか。
うっかり、口の端が笑っちゃってるけど、でも!
嬉しくなんてない。
嬉しくなんてないんだからね!コノヤロー。
≪完≫




