表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノイズ〜色褪せた世界で笑う君の隣で〜  作者: 春本 天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/7

第一章

 鳴り響く空襲警報に、もう誰も見上げなかった。

 街頭モニターに赤い警告文が流れ、鈍いサイレンが街を震わせる。

 ──空域危険指定区域。市民は速やかに地下避難区画へ移動してください。

 無機質な音声が繰り返されているが、人々は慌てない。ただ少しだけ歩く速度を速める。空が燃えるように赤く染まることに世界は慣れすぎていた。

 ──2XXX年。

 戦争は終わりを見せない。長く続いてきた戦争に、いつから始まったのかすらも、誰も気にする様子は見せなかった。

 十三歳の藤本薫は、人の流れの中を静かに歩いていた。その後ろを、一人の女性が追従する。

 ショートボブの黒髪に、整った顔立ち、感情のないガラスのような瞳。遠目から見れば人間に見えた。

 だが近づけば違和感はすぐに分かる。

 肌には微かな光沢があり、生身特有の柔らかさがない。関節には人間にない継ぎ目がある。瞬きの間隔も一定のように思えた。

 人間を模してはいるが、決して人間に見えきらない、旧型護衛ロボット。

 識別名──ベル。


「……ねぇ、あれ旧型じゃない?」

「うわ、まだ使ってる人いたんだ」

「珍し」


 すれ違った人たちが小声でせせら笑う。薫は聞こえないふりをした。ベルだけが僅かに視線を向ける。


『周囲の視線数増加を確認』

「気にしなくていいよ」

『了解しました』


 それだけ言って、ベルは前を向く。声には抑揚がなく、機械的で平坦だった。けれど薫は、その声が嫌いじゃなかった。


 街中を見渡せば、新型ばかりだった。隣を歩く新型護衛ロボットたちは、ほとんど人間と区別がつかない。

 肌は柔らかく、体温調整機能まで搭載されている。笑いもしないし怒りもしないが、それでも見た目だけなら完全に人間だった。

 対してリナは古く、人間に似せきれていない。性能が低いのだ。反応速度も、防御性能も、耐久性も全て、新型に劣っていた。

 それでも薫は、一度もベルを替えたいと思ったことはなかった。


「ベル」

『はい』

「今日、帰ったらシチューを作るよ」


 ベルは数秒ほど沈黙したあと、視線を薫へ向ける。


『以前、薫が"好き"と発言していた料理ですね』

「覚えてたんだ」

『記録しています』


 事務的な返答だったが、薫は嬉しそうに少し笑った。


「そっか」


 その笑顔を、ベルは数秒見つめる。

 内部処理装置に、小さなノイズが発生していた。

 未定義の感覚で、優先度が不明。そういったものはベルにとって必要のないものである。しかし排除できなかった。

 次第にベルは視線を逸らす。その行動理由を、ベル自身は理解していなかった。


 ──


 薫の家は、街外れにあった。

 古い集合住宅街で、戦争が長引くにつれて、人が減っていった区域だ。

 エレベーターは数年前から止まったままで、薄暗い階段を上りながら、薫は小さく息を吐いた。


「疲れた……」

『本日の歩行距離は通常平均値を7%上回っています』

「数字で言われると余計疲れるんだけど」

『失礼しました』


 ベルは本当に謝ったわけではない。ただ会話のパターンとして返しただけ。それでも薫は笑って言葉を返した。


「別に怒ってないよ」


 部屋へ入るのと同時に古い扉が軋んだ。薫の部屋は狭く、最低限の家具しかない。

 食卓とソファ、そして壁際の治癒カプセル、その隣には工具箱が置かれていた。

 ベルは旧型である為、短期間の定期的な整備が必要だった。

 新型なら自己修復で済む程度の不具合も、ベルは細かく手を入れてやらなければならない。

薫は荷物を置き、そのままキッチンへ向かう。


「ベル、今日の調子はどう?」

『左腕部駆動に0.4秒の遅延があります』

「また?あとで見るよ」

『ありがとうございます』


 ロボットは礼を言う。だが事務的でそこに感情はない。

 少なくとも、普通はだが。

 薫は冷蔵庫を開きながら振り返る。


「座ってていいよ」


 ベルは静かに立ったままだった。


『護衛行動を継続します』

「家の中なのに?」

『空襲発生率は現在28%です』

「真面目だなあ……」


 薫は苦笑しながら鍋を火にかける。その様子を、ベルは静かに見つめた。

 鍋の中から沸騰する水、野菜を切る時にまな板にあたる包丁。なんてことない小さな生活音ばかり。

 ベルはそれらを内部の記録媒体へ保存した。不要なデータであり、削除推奨の警告が出ている。

 だがベルは、削除を実行出来なかった


──


 ──夜。

 窓の外に目を向けると遠くで空が赤く燃えていた。どこか別の区域が爆撃されている。

 けれど薫はもう見慣れていた。


「ねぇベル」

『はい』

「怖いって分かる?」


 ベルは数秒停止し言葉を処理、そして内部で検索をかけた。


『危険回避優先信号と類似する感覚だと定義されています』

「そっか」


 薫は縮こまるように膝を抱えた。


「僕さ、空襲の音が苦手なんだ」

『……』

「僕の父さん母さんが死んだ時も、こんな音してたから」


 ベルは返答出来なかった。返答パターンが存在しなかったからだ。それに慰めの言葉も知らない。だからただ、薫を見つめる。

 それ故に長い沈黙が2人の間で起きてしまった。

 やがて薫が小さく笑う。


「ごめん、変なこと聞いた」

『問題ありません』


 そう返しながらも、ベルの内部では再びノイズが走った。また未定義の感覚が起きている。

 それに伴い内部温度が微増した。そして優先対象を確認し視線を固定する。

 ──なぜ。

 なぜ今、離れるべきではないと自身で判断しているのか、理由を検索したところで該当はない。

 ベルは、その場から動かなかった。その様子を見た薫はソファに身体を預けたまま、目を閉じる。


「……ベル」

『はい』

「おやすみ」


 通常なら不要な会話であり、返答の必要もない。

 それでもベルは僅かに間を置いて、「……おやすみなさい、薫」と、答えていた。

更新を待っている皆様へ。

続きは、翌日21:00投稿されます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ