第10話:光の言語と一滴の水
操作盤のスクリーンに浮かび上がった、一つの古代文字。それは、まるで鳥が翼を広げたかのような、優美で複雑な図形だった。俺たちは、その文字が何を意味するのか、全く見当もつかなかった。
「…何かの問いかけ、かしら?」
セリアがスクリーンにそっと触れるが、何の反応もない。文字はただ、静かに青白い光を放ち続けているだけだ。ギルドの古文書で数多の古代言語に触れてきた彼女ですら、この文字には全く見覚えがないという。それは、この船の中だけで使われる、独自の言語らしかった。
「対話…のつもりなのか? こっちが意味も分からないのに、どうやって答えろって言うんだ…」
俺たちが再び手詰まりになった、その時。もはや俺の精神状態などお構いなしに、非情な電子音が脳内に鳴り響いた。
「本日もスキルガチャの時間でーす!」
投げやりな気持ちで、俺はガチャを回した。今日こそ、もう期待するのはやめよう。
【指先から、狙った場所に正確に、一滴だけ水を滴らせることができる】
「…………」
俺は、自分の手のひらを見つめた。指先から、水滴を一滴。
砂漠の国で、巨大な古代兵器の内部で、渇きを癒すことすらできない、あまりにも無力で、あまりにも詩的なスキル。俺は、とうとう笑う気力さえ失っていた。
「…ヒロト?」
俺の様子を、セリアが心配そうに覗き込む。俺は力なく首を振ると、思考を切り替えるように、改めて光る文字と、その隣に並ぶ沈黙したままの操作盤に視線を向けた。
一つだけが起動し、問いを投げかけている。そして、隣には答えを待つ、黒い石板のようなスクリーン。
まるで、筆談を求めているかのようだ。だが、俺たちには書くべき「文字」も、それを記すための「ペン」もない。
…ペン?
俺は、自分の指先を見た。そして、先ほど手に入れたばかりの、あのスキルを思い出す。
『狙った場所に、正確に、一滴だけ』
まさか。そんな馬鹿なことがあるか?
だが、俺のハズレスキルが、常識的な使い方を想定して実装されたことなど、ただの一度もなかった。
「セリアさん、ちょっと黙って見ててくれ」
俺はセリアを制すると、起動した操作盤の隣にある、黒く沈黙したスクリーンと向き合った。そして、脳内で、光る文字の形を完璧に記憶する。翼を広げた鳥のような、あの図形を。
俺は深呼吸し、スキルを発動した。
右の人差し指の先に、ぷくり、と小さな水滴が生まれる。俺は、その指先を、黒いスクリーンの左上隅に、そっと触れさせた。
ポツン。
スクリーンに、小さな水の点が一つ、付着した。俺は、記憶した図形をなぞるように、何度も、何度もスキルを発動し、指先をスクリーンに触れさせていく。ポツン、ポツン、と、水滴が寸分違わぬ間隔で置かれていき、やがて、点と点が繋がり、一つの線を形作る。
それは、人類史上、最も原始的で、最も精密なプリンターだった。
セリアが、信じられないものを見る目で、俺の奇行を見守っている。数分後、俺が最後の一滴をスクリーンに落とした時、そこには、隣のスクリーンで光るものと全く同じ図形が、無数の水滴によって完璧に描き出されていた。
一瞬の静寂。
次の瞬間、俺が水滴で描いた図形が、ぱあっと青白い光を放った! そして、それに応えるかのように、元の操作盤の文字がすっと消え、今度は、全く新しい、第二の文字がスクリーンに浮かび上がったのだ。
「…やった」
俺は、かすれた声で呟いた。
言葉はいらない。必要なのは、問いに、同じ形で応えること。
俺たちは、ついにこの沈黙の船と対話する方法を見つけ出したのだ。




