第66話 ナイトメア
ギア同士の戦闘で離脱を行う場合、機体の正面は敵側に向け、いつでも攻撃に対応できる状態でバックブースターを用いて後退するのが定石だ。
背後を見せればそのまま集中攻撃を受ける危険性がある。
ナイトメアもこの定石通り、機体をゼクト達の方へと向けたまま後退を試みる。
しかし、それを許すわけにはいかなかった。
「おぉぉぉぉぉぉっ!」
叫びを上げて、ゼクトは離脱を試みるナイトメアに追随する。
距離を取られるわけにはいかなかった。現状帝国軍から遠距離砲撃支援が行われていないのは、ヒルダ達による攻撃の影響も無論あるが、ナイトメアを巻き込む可能性が高いという理由もある。
距離を取られれば戦いは個対個ではなく、部隊同士の集団戦となる。
同盟軍側も無論その準備と覚悟をしていたが、ナイトメアの存在は完全なイレギュラーだった。
正体不明の燃焼攻撃は、周囲に一切影響を与えることなく同盟軍のギアだけを燃やした。精密操作が可能な広範囲攻撃、ということになる。
集団戦においてその脅威は計り知れない。
ならば、勝機は白兵戦にしかない。
『右っ!』
「あぁぁぁぁっ!」
セレニアの念話に合わせて機体を右に旋回。エネルギーブレードによる斬撃を回避する。
ゼクトの持つもう一つの大きなアドバンテージは、セレニアの存在だった。
白兵戦のデメリットは攻撃のタイムラグが殆どなく、自機の被害が大きくなる点にあるが、セレニアは敵の攻撃を予知し事前に警告を行ってくる。
その甲斐もあり、未だファランクスの被害は然程大きなものにはなっていない。
『右から仕掛けろっ』
シュヴァルツシルトのパイロット、クルトからの短い通信。
予知能力を持つセレニアを有するゼクトが先陣を切り、その後ろにクルトが続く。
それはナイトメアとの白兵戦を開始してからの短い間に打ち合わせなしで構築された、彼らなりのフォーメーションだった。
指示に従い、ゼクトはナイトメアの右側面へ移動。
そしてクルトは逆側、左側面へと移動。ナイトメアを挟撃する。
これに対しナイトメアは後退を中止。メインブースターを使用して、二機を振り切らんと一気に急加速。
右側面、左側面に敵が分かれたのを好機と見て正面突破を図る。
ゼクト一人であれば、これに対応出来ず振り切られていたかもしれない。
しかしクルトはこれに対応。サイドブースターを用いて即座に機体を百八十度旋回させて、肩のレールガンを放ちつつ加速。その後を追う。
或いは挟撃を試みれば、このように対処して来るだろうと読んでいたのか。
「(すげぇ……)」
セレニアによる予知で敵の攻撃を回避しているゼクトに対し、クルトのシュヴァルツシルトは中破といって良い状況だった。
ゼクトが先陣を切っているとはいえ、クルトも最前線で白兵戦を挑んでいることには変わりない。
初撃で盾を持っていた左手を失って以降も、何発か身体に砲弾を受けている。
それでも致命傷だけは避け、未だ速度を落とすことなく、怯まずナイトメアに肉薄している。
背後から撃たれることを良しとせず、ナイトメアは機体を反転。自陣に向けて前進を開始。
これに対しゼクトが左から、クルトが右から挟み込む形で再び挟撃の形が整う。
三機のラヴァータが射出され、同時にナイトメアの二本の腕が銃口を構える。
『エネルギーシールドを常時起動に。砲撃は死ぬ気で避けろ!』
「了解!」
クルトが即座に判断し、指示を飛ばしてくる。
今のクルトとゼクトの武装では、ラヴァータを迎撃す出来ない。ならば無視する。
常時起動型のエネルギーシールドは任意起動に比べその出力は落ちるが、ラヴァータによる攻撃程度なら抑えられる筈。
ならばラヴァータへの対処はエネルギーシールドに任せ、自分達は砲撃の回避に専念する。
セレニアの予知に頼って回避をするゼクトより倒し易いと判断したのか、ナイトメアが狙うのはクルトの方だった。
三機のラヴァータ、キャノン砲、ライフルに似た兵器、全てがクルトの方に向けられる。
「A3……!」
『余裕だってんだ!』
一斉攻撃、爆発。避けられるタイミングではなかった。しかし爆炎を突っ切って現れたシュヴァルツシルトは、傷を増やしながらも未だ健在。
寸前でエネルギーシールドを、常時起動から任意起動へと変更。集中砲火の直撃に合わせてシールドを展開したのか。
神業といえる反射神経とタイミングだった。ゼクトにはとても真似出来ない。
「はぁ……はぁぁぁ……」
疲労が酷く、ひっきりなしに汗が出て気持ちが悪い。加えて、敵の兵器が齎す頭痛が思考を阻害してくる。
ナイトメアとの戦闘を開始してまだ一分程しか経っていないだろうが、随分と長い間戦闘しているような気分だ。
「(集中しろ、集中しろ、集中しろ……)」
瞬きも出来ないような状況。一度の判断誤り、操作ミスが命取りになる。
撃墜されればセレニアも巻き込まれるのだということを自らに言い聞かせる。
サイコメトリーによってゼクトの記憶に書き込まれた、ジョシュアの記憶を辿る。
この状況下、ゼクト自身の経験や判断など何の役にも立たない。
セレニアから与えられた借り物の記憶だけが、ゼクトの生命線だ。
記憶から引き出した有効と思われる戦術は、やはり白兵戦。数の利を生かし時間差で攻撃する。
「こちらから仕掛ける」
『任せる』
短いやり取りの後、加速。ゼクトが先陣を切り、クルトがそれに続く。
今回はゼクトも中央突破を警戒する。前進した先が同盟軍側の陣地だった先程と違い、今のゼクト達の背後は帝国軍側の陣地。
ナイトメアに正面を抜かれてそのまま抜けられれば、敵軍と合流されてしまう。
いざとなれば、機体をぶつけてでも止める。
そうして、ゼクトはナイトメアへと挑むのだった。
「(なんて鬱陶しい……)」
距離を詰めてくる二機の第四世代に、イリスは歯噛みする。
ナイトメアの性能と火力があれば、例え複数の第四世代が相手であろうと退けることが出来ると考えていた。
ナイトメアの四本の腕には、サイコブレード、サイコブラスター、エネルギーブレード、キャノン砲がそれぞれ装備されている。
PSI能力者の思念を物理攻撃に変換するPSI兵器である、サイコブラスターとサイコブレード。
クロースの思念を用いて放たれるそれらの兵器は、エネルギーブレードを上回る火力を有している。
とりわけサイコブレードは射程が短い分威力が高く、白兵戦の切り札となる武装だったが、真っ先にこれを潰された。
残った武装も第四世代を相手取るに十分な火力を有している筈なのだが、直撃しない。
こちらに接近戦を仕掛けてきている二機はその両方が大型機。機動力はそれ程ない筈だが、寸前のところで回避、或いはエネルギーシールドを展開して直撃だけは避けてくる。
対して敵のレールガンによる攻撃を、こちらは回避出来ていない。
その要因は予知能力の有無と、パイロットの腕の差にあるのだとイリスは理解した。
実戦経験では向こうが上。
第四世代同士のぶつかり合いになるこの状況を作ったのは誤りだったと今更ながらに悔やむ。
敵の白兵武器、そしてレールガンによる攻撃が蓄積している。如何にナイトメアの装甲が強固とはいえ、然程余裕はない。
「撃てるぞ。撃つか」
「……いえ、待って」
クロースのPSI能力、パイロキネシスの準備が整った。
パイロキネシスの使用に合わせて残った武装を一斉に使用すれば、先程のような防御は出来ない筈。
そこまで考えて、しかしイリスは首を横に振った。
認めざるを得ない。敵の実戦経験は、こちらより遥かに上だ。
一斉攻撃で一機は確実に墜とせるだろうが、想定外の反撃を受ける恐れがある。
この戦いに勝利することを考えるならそのリスクは負えない。パイロキネシスは足止めに使う。
使用と同時に機体を加速させ、敵の包囲を突破。友軍と合流した上で仕切り直しを……。
『また逃げるの?』
「は?」
そんな冷静な判断は、思念による囁きを前に、一瞬にして塗り潰された。
『また逃げるの、イリス。あんなに仲間を大切にしていた貴方が』
「っ……セレ、ニアぁぁああっ!」
テレパシーによる通信。ここでセレニアがそれをしてきた意図を考えるより先に、イリスの思考は怒りに支配された。
「(貴方はっ! どうして、貴方はっ!)」
何も言わないのか。言ってくれないのか。何を考えているのか。ラボの仲間をどうしたいのか。
言いたいことは幾らでもあって、しかし多すぎて言葉にならなくて。
様々なものが混ざり合った、形容しようのない感情に支配されて。
『目視』、『伝達』標的はセレニアセレニアセレニアセレニアセレニア、敵第四世代ギア、自分の邪魔をする同盟軍。自分達を縛る帝国軍。
己の能力の限界を遥かに超える距離、数を視認してクロースへと情報を流し込む。
「クロース、殺してっ! セレニアを!!! 彼女だけはゆっ」
同時に、何かが切れるような感覚と共にイリスの両目から血が噴き出し、イリスの意識は闇に落ちた。
『あぁっ、あぁぁっ! 最後の喇叭は吹き鳴らされた! おさらばです、我が君、我が姫っ! その安らかな眠りを祈ることだけが私に許された最後の奉公となりましょう! どうか力なき我らをお許しください!』
イリスの声が途切れたことで何かを悟ったのか、ライナーが声を上げる。
彼はこのまま、己が壊れるまでサイコジャミングを使い続けるつもりなのだろう。
「くっ、ふははははははっ!!!」
クロースは笑う。高らかに笑う。
笑いながら、『伝達』された目標に対し能力を行使する。
セレニア、敵第四世代ギア、同盟軍、帝国軍。
『伝達』されてきた目標を片っ端から、全体の凡そ十分の一程を対象にしたところで自らの限界を自覚。
如何に最高のPSI能力者、クロースといえど、この戦場に存在する戦力全てを巻き込む自然発火現象は引き起こせない。
「『燃焼』っ!!!!!」
同時に周囲の兵器が燃え上がり、通信機から断末魔が響き始める。
最早敵も味方もない。地獄だ。悪夢の如き地獄がここに顕現している。
能力の行使による激しい頭痛に苛まれながらも、クロースはナイトメアをファランクスへと向ける。
イリスが望んだのはセレニアの死。それを果たすには未だ足りない。
エネルギーシールドを持つ第四世代は、パイロキネシスの攻撃に耐えうる。
「はははっ、はははははははっ!!!」
ファランクスに対しミサイルとサイコブラスターを発射。放たれた攻撃は新たな爆炎を生む。
その寸前、ファランクスの脱出装置が作動。同盟軍の陣地に向かってコックピットが射出される。
第三世代ギアが脱出装置を作動させても、パイロキネシスの炎に焼かれるだけだ。しかし、第四世代ギアの脱出装置にはジュノーエンジンが積まれている。
ジュノーは人材以上に貴重な限られた資源であり、その回収を確実に行うため最も生還率の高いパーツ、脱出装置を搭載したコックピット周りに搭載されるのが常識だった。
しかし、クロースもそれは承知の上。
射出された脱出装置へと照準を合わせ、キャノン砲を発射―――しようとしたその寸前に、キャノン砲を持つ左下の腕を斬り飛ばされた。
「……ちっ」
舌打ちを一つ。キャノン砲を阻んだ隻腕の第四世代ギアは、満身創痍ながらもナイトメアの前に立つ。
弾切れか、或いはここまでの攻撃で銃身がイカれたか、レールガンはパージしている。敵の武装はエネルギーアックスのみ。
大型機とはいえ、ナイトメアと比べれば大人と子供。加えてこの損傷。直撃を喰らわせてやればカタはつく。
しかしそれがどれほど困難なことか、クロースは誰よりもよく理解していた。
「(結局は奴の思うままか。まぁ、それも良い)」
イリスの最後の望みを叶えてはやれなかったが、仕方のないことだ。
ここまでのことを全て想定してセレニアが絵図を描いたというのなら、なるほど大したものだと思う。
それ以上の感想はない。仲間意識や憎しみといった感情はクロースにはなかった。
何のために戦うのかと、以前にイリスに問われたことを思い出す。
その問いの意味がよく分からなかった。生まれ持った力を振るうことに理由は要らないだろう。
使用可能な武装を確認。ミサイル、残弾無し。サイコブラスターもこれ以上の使用は無理だろう。
ならば残りは右上の腕に装備したエネルギーブレード。―――十分だ。
機体をぶつける勢いで機体を加速させる。対する黒いギアは円を描くような動きでこれを避ける。
アガルタの闘牛士を思わせる滑らかな動き。狙うのは二本の腕を失った、ナイトメアの左側。
そこが死角となることはクロースも承知の上。機体を旋回させてその動きを追いながら、敵の踏み込みに合わせてエネルギーブレードを振るう。
しかし、それはフェイント。黒いギアは踏み込むと見せかけてサイドステップを踏み、タイミングを外した上で改めて斬り込んでくる。
狙うのはナイトメアの最後の武装、エネルギーブレードを持った右上の腕。
させじとクロースは機体を半回転させながらエネルギーシールドを展開。
武装を失った左の胴に、エネルギーアックスが叩き付けられる。
クロースは咄嗟にモーショントレースを使用。右下の腕と自身の右手の動きを連動させ精密操作。
サイコブラスターを投棄し、敵のギアを掴もうとするが黒いギアはその場で旋回。伸ばした腕を弾き、再びアックスを振り下ろす。
「だったらっ!」
サイドブースターで機体を加速。黒いギアに機体をぶつける。敵がバランスを崩したところで、エネルギーブレードを振るう。
しかし黒いギアは倒れ込むようにナイトメアへと身体を預け、エネルギーブレードの射程の内側へと潜り込む。
体格の大きさを逆手に取った行動。やはり上手い。ギアによる戦闘を熟知している。
ならばと、クロースは右下の腕の拳を握り締め突き出す。単なるパンチだが、ナイトメア程の巨体が放つその攻撃は黒いギアを突き飛ばす。
そのまま再度エネルギーブレードを振るおうとするが、黒いギアはその場に踏みとどまろうとせず距離を取る。
「ふっ、はははっ、はははっ」
思わず笑みがこぼれる。全力でぶつかれる相手との死闘がここまで楽しいものだとは知らなかった。
黒いギアに向かって機体を加速させながら、再びパイロキネシスを使用。
限界など知ったことではない。今この目の前に居る敵を倒せればそれで良い。このまま炎にまかれる敵機を斬って捨てる。
能力行使による疲労を覚えつつもクロースは炎上する敵を真正面から見据え……。
次の瞬間、明後日の方向から放たれたレールガンによる連射を浴びて、ナイトメアはその機能を停止するのだった。




