第65話 消耗戦
焼夷剤を使用したナパーム弾や火炎放射器はポピュラーな兵器ではない。人道的ではない為だ。
基地やシェルターといった建造物や、戦車やギアといった機動兵器に撃ち込み、中にいる人間を焼き殺す。
『大戦』時に建造された大型戦艦に対抗するために開発された焼夷兵器は多大な戦果を挙げたものの、周囲への影響や民間人への被害が大きすぎたことが問題視され、条約によって市街地での使用は禁止された。
ナイトメアを包囲しつつあったゼクト達同盟軍のギア部隊を襲ったのはこの、焼夷兵器による攻撃に似たものだった。
似たもの、という迂遠な表現になるのは、その兵器が使用される瞬間を誰も視認できなかった為である。
ある瞬間に全ての機体がひとりでに燃え上がり、パイロット達は悲鳴を上げてのたうち回った。
オカルトに造詣が深い者であれば、この現象が『人体発火に似ている』と感じたことだろう。
それが、ナイトメアによる攻撃だった。
「んっ……ふ、くぅ……」
予定した通りの成果を得られたことを見届けて、イリスは千里眼を解除し、冷却材で目頭を押さえた。
熱されたように熱い眼球がが急速に冷やされてゆく。
続いて冷却材を持つ手の平にヌルリとした感触。鼻血が出ていた。
どちらもPSI能力の反動だ。
意思により現実を捻じ曲げるとされるPSI能力だが、連続した、或いは大規模な能力の行使は脳に負担を強いる。
もう一度同じ技は使えないだろうが、戦果は十二分。エネルギーシールドを持つ第四世代はともかく、第三世代ギアがこの攻撃を受ければひとたまりも……。
「えっ……」
そう思った瞬間、ナイトメアが急加速した。
慌てて目を開き、顔を上げる。
「……まさか」
そうしてイリスは、信じ難いモノを見た。セレニアの乗る第三世代ギア、ファランクスが炎を振り払い、ナイトメアへと肉薄してくる。
クロースはナイトメアの四本ある手の一つを操り、エネルギーブレードを振るう。
しかしこれを読んだファランクスは寸前でブースターを用いて軌道を変え、ナイトメアの左側面から正面へと移動。
その右手には、パイルバンカーが構えられている。
「シールド!」
「はい!」
クロースが叫び、イリスは咄嗟にエネルギーシールドを起動。叩き付けられようとしていたパイルバンカーを停止させる。
エネルギーシールドを自動から任意起動に変更したため、その出力は上がっている。
白兵武器を用いられたとしても単発では……。
「次っ!」
「っ!」
反射的に、イリスは再びエネルギーシールドを起動。
右手のパイルバンカーを防がれた瞬間ファランクスは左手に構えていたライフルを捨て、エネルギーブレードを抜いていた。
腕が一本斬り落とされたが、寸前でエネルギーシールドが間に合い、それ以上の被害はない。
エネルギー兵器は第四世代向けの武装だ。第三世代ギアが扱うのは困難な筈。
そしてそもそも、第三世代ギアはクロースの発火能力に対応出来なかっただろう。
「(ジュノーを、積んでいる)」
導き出された結論に、イリスは痛みを忘れた。
痛みを塗りつぶすような激しい怒りに理性を焼かれた。
「……シェリーのジュノーを使ったのね」
何処か他人事のような、自分の唇から洩れたとは思えない言葉だった。
イリスはファランクスを見据え、ラヴァータを使用。自身の限界である、三機同時の行使。
「貴方は、そうまでして私達を殺したいのね」
ラヴァータの攻撃に合わせて、ナイトメアが距離を取る。サイコブレードを装備した腕を失っているため、接近戦は避けるという判断をクロースが下したのだろう。
離脱しようとするナイトメアを追って、ファランクスが突っ込んで来る。ラヴァータに構う様子もない。
更にその後方にはもう二機、第四世代が続いている。是が非でも、このまでナイトメアを落とす算段なのだろう。
その覚悟をイリスは受け止めた。
「ライナー。四機だけで良いから」
『御心のままに、姫』
「クロース」
「分かっている」
再び千里眼で敵を視認し、クロースに伝達。周囲の敵第三世代ギアは初撃で墜としている残っているのは四機の第四世代ギア。
「燃えろ」
距離を取りながらクロースが再び発火能力を使用。
敵は燃え上がりながらもそれを振り払い、向かってくる。
機銃持ちがラヴァータを迎撃し、ファランクスと黒い大型ギアが白兵戦を仕掛けてくる。
そして後方の狙撃機体は、こちらに近づこうとする帝国軍の第三世代ギアを牽制していた。
しかし各々、ダメージは受けている。装甲は焼け焦げ、所々融解している。
もう何発か叩き込んでやれば音を上げる筈だ。
「(そう、上手くはいかないか)」
クロースがナイトメアを後退させるのを見て、イリスは千里眼と伝達を解除。
続け様に能力を行使しなかったということは、ここが限界ということだ。
「何分かかる?」
「一分だ」
物理現象を引き起こす発火能力の負荷は、千里眼や伝達と比べるべくもない。
だというのに、クロースは苦鳴一つ上げることなく冷静に状況を認識している。
「ライナー。周囲のPSI能力者に指令。時間を稼いで」
『くっ……ふふふふふふふっ、心得ました我が君。我が愛しきの花よ。薪をくべ火を燃やし大火とし、全てを赤に染めましょう。全て貴方の望みのままに』
肉薄するファランクスと黒い第四世代の刃が、ナイトメアの装甲を削る。
距離を取ろうとするナイトメアの放つキャノン砲とサイコブラスターが、ファランクスと黒い第四世代ギアを撃ち抜く。
放たれた無数のラヴァータが襲いかかる。機銃持ちに迎撃されるが、墜としきれなかった分のラヴァータがダメージを与えてゆく。
パラノイアが起動させたサイコジャミングが敵の動きを鈍らせる。
相手を有効射程に捉えるべく近づいたインモラルが敵のレールガンに撃墜される。
周囲の戦線がどうなっているかなど、最早知る由もない。
この次などない。後先など考えない。全てをくべて、全てを灰に。
怒りと本能に突き動かされて振るう力は衝動的で、何処までも開放的だった。
「っ……エネルギーシールドを!」
周囲の機体が炎に包まれる寸前、セレニアは悲痛の叫びを上げた。
次の瞬間集結しつつあった第三世代ギア達は炎に包まれ、そして地獄が始まった。
『あっ、あぁぁぁぁぁっ! 何だ、何が起こった!』
『くそっ、畜生! ナパームだ! 脱出をっ……ひっ、火が消えねぇ!』
『あぁぁぁっ、熱ぃひぃぃぃぃっ!』
『待ってろ、すぐに消火剤を……くそっ、何で消えねぇんだ!』
『隊長! 助けてください隊長!』
通常ギアには脱出装置が取り付けられている。ギアの最も重要な要素である、パイロットを保護するためだ。
ベテランのパイロットは替えが効かず、育成には長い年月が必要になる。
しかしその脱出装置も、ナイトメアの放った炎の攻撃には意味を成さなかった。
火はギア全体を覆い、脱出装置のある背中や胸部にも届いている。
射出された脱出装置は瞬く間に炎上し、中のパイロットを蒸し焼きにする。
辛くも難を逃れた者達も、生きたまま焼かれてゆく仲間を成す術なく見守る他なかった。
この惨劇こそが、焼夷兵器が禁止された理由だった。
セレニアの咄嗟の叫びで、第四世代ギアは全機エネルギーシールドを使用して難を逃れた。
けれど、エネルギーシールドを持たない第三世代にはこの攻撃はどうしようもなかった。
「……ああ」
指揮官から指示が出たのか友軍機の音声が途切れて、代わってセレニアの嘆息が耳に響いた。
それが自らの無力さを呪ってのものであるということを、ゼクトは知っていた。
「(またか……)」
ゼクトは、離れた場所にいる巨大な第四世代ギア、ナイトメアを睨み付けた。
そうして、ナイトメア目掛けて加速する。
戦場に居るのだから人は死ぬ。当然のことだ。
殺す覚悟で戦っているのだから、殺されることだって覚悟の上だ。兵士というのはそういうものだ。
「(また俺は、セレニアにあんな声を出させたのか)」
けれど、セレニアはそれを嘆くのだ。自分のせいだと心を痛めるのだ。
ゼクトはセレニアに笑って欲しいと思って、彼女を基地から連れ出した。
けれど結局、同盟軍に入っても彼女は悲しそうな顔ばかりしている。
ブースターを最大出力で起動しての急加速。
Gで身体がシートに叩き付けられるが、気にもならなかった。
背後に居るセレニアのことは気がかりだったが、彼女はこれまでと同じように、苦鳴を上げずに堪えてくれるだろう。パイロットのゼクトに、心配を掛けない為に。
「(どうして俺は、こんなにも上手く出来ないんだ)」
セレニアが望み、喜んでくれるならと戦場に身を置いた。
彼女の為なら何でもするつもりだった。けれど自分は彼女を心配させてばかりで、彼女を悲しませてばかりだ。
正義のヒーローのように、姫に仕える騎士のように、彼女を悲しみ救い出すことが出来ればどんなに良かっただろう。
ファランクスに搭載したジュノーエンジンは最後の隠し玉のつもりだった。しかし、相手の攻撃を受けここで切らざるを得なくなった。
ならばここで、この場で決着を付ける。仕切り直しはさせない。
「(お前達が、セレニアを苦しめるのか)」
ナイトメアに乗っているのは、セレニアの元仲間なのだという。そんな仲間が、どうして彼女に辛い思いばかりをさせるのだ。
辛い実験を受け酷い扱いを受けているなら、こちらに来れば良いではないか。
何故向かってくるのだ。向かってくるから戦わなければならず、戦うからまたセレニアは辛い思いをするのではないか。
こちらを迎撃する為ナイトメアがエネルギーブレードを振るおうとするが、遅い。
サイドブースターを使って軌道を変えて、懐に飛び込んで右手のパイルバンカーを撃ち込む。
「おおおおおおぉぉぉっ!」
敵のエネルギーシールドに阻まれるが、更に左手でエネルギーブレードを振るい、敵の腕を切断する。
「(まず一本!)」
狙ったのは、シュヴァルツシルトの左腕を盾ごと両断した左上の腕。
エネルギーシールドを用いてのインファイトが、ゼクト達の用意した切り札だった。
『これ以上好きにはさせられんな』
『援護します』
『各機、ナイトメアに僚機を近づけさせるな、孤立させろ!』
シュヴァルツシルトがエネルギーアックスを持って、ゼクトと共に前衛に立つ。
ウィズダムはラヴァータを迎撃し、フランベルジュはナイトメアを孤立させるべく部隊の指揮を執る。
「燃焼、来ますっ!」
セレニアの合図に合わせて、各機エネルギーシールドを展開。
致命傷こそ避けるが、後何回耐えられるかは分からない。
距離を取ろうとするナイトメア目掛けてミサイルを発射しながら突っ込む。
爆風を突っ切って接近戦を仕掛ける。
「避けて!」
「ちぃぃっ!」
エネルギーブレードを振るおうとした瞬間に警告を受け、サイドブースターを起動。
寸前、ライフルに似た武装から放たれた攻撃がファランクスの装甲を削り地に穴を穿つ。
キャノン砲と、正体不明の兵器。武装について話を聞いている余裕はない。
セレニアの様子を見るに、あの兵器はキャノン砲以上に危険なものなのだろう。
「(なら次は、右下の腕を落とす)」
気付けば呼吸が荒くなっている。
瞬きも忘れて敵を見据え、自らの記憶にアクセスし有効な攻撃手段を探る。
この敵を倒せるなら、何を失っても良い。セレニアに悲しい思いをさせない為ならなんだってする。
自分の中にある記憶に、意識を明け渡すことになっても構いはしない。
我武者羅に、真っ直ぐに己の全てを掛けて、ゼクトはナイトメアに挑む。
そんな少年の様子を、セレニアは見守り続けるのだった。




