第64話 放たれる悪夢
『敵第四世代の存在を確認。こちらも第四世代を出す』
『了解。エモーション、ハルシネイション、パラノイア、出撃準備』
『黙示録の日が訪れ喇叭は吹き鳴らされた! 我ら神のみ使いとして仇名す者を討たん。今こそ号令を! 我が姫、我が麗しき花!』
『……エモーション、ハルシネイション応答を』
PSIパラノイアのパイロット、ライナーと話が通じないのはいつものこととして、残りの二機からの応答が返ってこないことを訝しんだオペレーターが再度連絡を入れてくる。
最早後戻りは出来ない。そして、端からそんなつもりもない。
「私とクロースはナイトメアで出ます。格納庫を開けてください」
『ナイトメア……正気か、許可は取っているのか!』
「許可は下りません。だから得るつもりもありません」
これまでイリスは、どんな場所でも優等生として通ってきた。
大衆の意見に異を唱えたところで異端として排斥されるだけだと知っていたから。
だから優等生を演じてきた。我を殺して生きて来た。そうすることで何かを得られるのだと信じて来た。
けれど果たして、それで何が得られたのだろう。
「(私は、もっと怒っても良かったんだ)」
世界に対して。自らを取り巻く現状に対して。そして、この現実に対して。
「私の暴走と報告すれば良いでしょう。強引に破ることも出来ますよ?」
『っ、了解、幸運を祈るっ!』
PSIナイトメア。最高のPSI能力者達の為に生み出された実験機。
果たして自分に扱えるだろうかと不安を覚え、やるしかないのだとその不安を握り潰す。
「クロース。指示は私が出す。貴方はそれに従って、何も考えずに戦えば良い」
「昨日も言った筈だ。好きに使え」
『発進準備完了。ナイトメア、パラノイア、出撃せよ!』
そうして、悪夢は解き放たれた。
「……なんだ、あの機体は」
ボーディガー基地から出撃したギアに、ゼクトは言葉を失う。いや、それは果たして、ギアと呼べるものなのだろうか。
大型機であるはずのファランクスが頼りなく感じる程に、その機体は巨大だった。1.5倍程の大きさがあるのではないだろうか。
その巨体を支えるのは神話のケンタウロスの如き四本の足。そして、上半身から伸びる腕も同じく四本。
そんな埒外の化け物が、ゼクト達の方へと突っ込んでくる。
「ナイトメア……使ったのね、イリス」
セレニアは呟きを漏らし、通信を繋げる。
「こちらA2。あの機体は第四世代ギア。二つのジュノーエンジンを搭載している」
『双子の悲劇事件から何も学んでいないのか……』
セレニアの言葉から事情を察したヒルダが忌々しげに呟く。
ゼクトにも覚えがある。……いや、記憶にある。
ジュノーの取り扱いに感じては、幾つかの禁足事項が存在する。研究者達の間で認知されている、暗黙の了解のようなものだ。
その内の一つが、『一つの機体に複数のジュノーエンジンを搭載してはならない』である。
活性化させたジュノー同士を近づけると、お互いのエネルギーを吸収し合い『共食い』が始まる。
『共食い』を始めたジュノーは制御を失って暴走し、研究施設の存在していたタルタムスが消滅した。
帝国で行われたツインジュノーエンジンの実験失敗は双子の悲劇事件と呼ばれ、制御を失ったジュノーの恐ろしさを世界に知らしめたのである。
ジュノーの研究者だった自分の妻と息子もタルタムスに居た。
国に命を捧げ軍人として多くの名誉を得たが、良い夫、良い父にはなれなかったように思う。
「(落ち着け、必要な情報以外は頭に入れるな。俺はゼクトだ、ジョシュアじゃない)」
自身の意志を外れて溢れ始めた記憶に蓋をする。今必要なのは目の前の敵とどう戦うかだ。
『他にあの機体に関する情報は』
「パイロットは恐らく二人。どちらもPSI能力者の筈。それ以外は不明」
『ほぼ未知数か……A3、前衛を頼めるか』
『あいよ。ま、俺以外に誰が行くって話よ。他の連中は下がらせろよ、何をされるか分かったもんじゃねぇ』
『援護します。A2、続いてください』
「りょ、了解」
後衛を務めるヒルダの指揮の元クルトが突っ込み、シャーリーがそれを支援。ゼクトもそれに続く。
「(四機相手に自信があるってのか?)」
僚機と連携してくる様子もなく、単機で突っ込んで来る。寧ろ、周囲の敵機は離れてゆく。
ジュノーエンジンを仮に二機積んでいたとしても、一機であることに変わりはない。対してこちらは第四世代を含む四機。
不利なのは明らかに相手側の筈だが。
「うっ……」
クルトが会敵する。そう思った次の瞬間、酷い眩暈に襲われる。
頭を振って平静を保ち、攻撃を開始。
クルトが操縦するシュヴァルツシルトは受けに徹し、シャーリーの操るウィズダムが弾幕を張って足を止め、ファランクスはキャノン砲、フランベルジュはレールガンを放つ。
第四世代とて直撃すればひとたまりもないであろうその攻撃を、ナイトメアは真正面から受け止めて、反撃とばかりに腕の一本を振るった。
「っ、A3避けてっ!」
『なにっ!』
セレニアの咄嗟の警告に従いクルトは回避を試みるが、その動きは精彩に欠け、一歩間に合わず盾を構える。
次の瞬間、何の抵抗もなく、シュヴァルツシルトの左腕は構えた盾ごと両断された。
『ちぃぃっ!』
『足を止めます、離脱をっ』
これに反応したシャーリーがガトリングガンとアサルトライフルによる一斉射を行いつつミサイルを発射。
クルトはバックブースターを起動して一時後退。
「なんだ、今の攻撃……」
ギアの持つ最大火力の武器と言えばエネルギーブレードを始めとした白兵兵器だが、受け止めた盾諸共、即座に腕を斬り飛ばされた。
幾ら何でもここまでの威力ではない筈だ。
「……分からない。PSI兵器の扱いはクロースに任されてたから」
「クロース?」
「私たちの中で一番戦闘に特化したPSI能力者。多分あの機体の中に居る」
『腕を落としたのはエネルギーブレードに似た何か、だと思う。受け止められると思って油断した。射程はそれ程長くない』
口惜し気にクルトは呻く。
『相手の思惑にまんまと嵌った訳ですか、不甲斐ない』
『返す言葉もねぇよ』
『引き継ぎますが、それ程長くは持ちません。策を立てるなら早めにお願いします』
退いたクルトに代わり、シャーリーが足止め役を買って出ていた。
先程の攻撃を警戒してか、ある程度の距離を保ちつつ隙を見て敵の背後に回り込もうと試みている。
『それより、さっきから頭痛が酷い。一体何が起きてる?』
「俺も同じです」
クルトの言葉にゼクトも同意する。さっきの攻撃を回避出来なかったのは、或いはその頭痛のせいなのか。
「周囲の人間の意識に干渉して集中力を乱す兵器の運用試験が行われていた。ナイトメアに搭載されている? でも……」
『こちらF1、ギアパイロット達が軽い不調を訴えている。戦闘に支障が出ない程度だが、この兵器に心当たりは?』
「現象には心当たりが。でも範囲が広すぎる」
困惑しつつも、セレニアは目を閉じ集中する。
「……ダメ、やっぱり近くには居ない」
『母機を潰す以外に対策はないか』
「後は、それ程長い時間は行使できない筈」
『こちらF1。了解。各機には一時防御を優先させる』
『こちらA1。近くに居るの機体だけで良い。一斉にナイトメアに攻撃させろ。ただし、十分に距離を取れ』
『F1、了解。各機に指示する』
ヒルダの指示を受けて、ナーシャが各機に指示を出す。
出現した敵の第四世代ギアは一瞬にして戦場の状況を変え、戦況を左右する要として君臨するのだった。
「損傷は軽微。ライナー、ジャミングを切って」
『舞台に上がった演者に歌を止めよとおっしゃるのですか。それは些か無粋なこと。わたくしは』
「切って。使いどころはこちらで指示する」
『……麗しき姫の御心のままに』
サイコジャミング。人の思考や集中を妨害するノイズのような思念を流し、パイロットの能力を一時的に妨害する兵器がライナーの操縦するパラノイアには搭載されている。
四機の第四世代ギアを相手にするには必要な装備だが、その有効射程距離は通常三百メートルが程が限界となる。
それではセレニアに出所を捕捉され、真っ先に狙われる。
その為にライナーは後方で待機し、ブースターを用いて自らのPSI能力を向上。その射程を飛躍的に増大させていた。
代わりとして、パイロットの負担は激増している。
指向性を持たせることが出来るこの兵器を用いれば戦況を有利にすることが出来るだろうが、使い続ければ数分と経たずにライナーの精神が崩壊してしまう。
システム起動から効果を発揮するまでにタイムラグはあるが、対第四世代用と割り切ってON/OFFを繰り返して運用することをイリスは選んだ。
「初手で一機墜とせなかったのは失敗だったわ」
「予想以上の腕だった」
サイコジャミングの効果発揮とタイミングを合わせての攻撃。
こちらの武装を把握していない状況で、早々に一機減らして数の上での不利を軽減するつもりだった。
左腕と盾を奪えた戦果は小さくないが、やはり欲を言えば墜としておきたかったと思う。
「機銃使いは無視して良い。こっちの装甲を抜けない。後ろの二機が主力。特に赤い方は脅威だ」
「第三世代……セレニアの機体が穴でしょうね」
クロースの言葉に頷き、イリスはエネルギーシールドは任意起動、瞬間的に高出力を発揮するタイプに調整。
瞬間的に多くの運動エネルギーを吸収できるものの、持続時間は短く使いづらいと言われる設定だったが、ナイトメアには二機のジュノーエンジンが搭載されている。
片方がオーバーヒートを起こしてももう一つのジュノーエンジンがエネルギーシールドを展開できるため、効果時間は単純計算で二倍になる。
ジュノーエンジンはギアに搭載しなければ安定せず、一つの機体に複数のジュノーエンジンを搭載することは出来ない。
これらは帝国が大きな犠牲を払って得た教訓だった。
この教訓を元にとある研究者が考案したのが、ツインギア。二機の第四世代を連結させ、一つの機体としたものだった。
詭弁だと誰もが思った。トライアル&エラー、スクラップ&ビルドを良しとする帝国の研究者達をもってしてもだ。
『双子の悲劇事件』の原因が二つのジュノーの距離にあったとしたら、そのようなことをしても対策にはならない。
多くの者がその実験に反対した。
しかし、やってみなければ分らぬと研究者は自ら助手と共に実験機に乗り込み、そしてその仮説が正しいことを証明した。
曰く、『ジュノーは人型を好み、そして異常に嫉妬深い。自分だけが動かせる人形とそのパイロットを欲する』。
そうして確立されたツインギアの技術を使って作られた機体が、PSIナイトメア。
第四世代の向こう側、第五世代を目指して作り出された、二機のジュノーエンジンを搭載したPSI能力者専用機である。
「敵部隊が集まりつつある。こちらを最優先の脅威と見なし排除するつもりでしょう」
「都合がいい」
「ええ」
主力となる四機のギアがナイトメアの相手を務めつつも、その後方から複数の第三世代ギアが陣形を組んで近づきつつある。
その数一個中隊規模。十機を超えている。
第三世代ギア達はセレニアから聞いたであろうPSI能力の安全圏である、二キロの位置を維持している。
あの距離から、あれだけの数の機体から一斉攻撃を受ければナイトメアとてただでは済まないが……。
「(やっぱり貴方は争いごとには向かないわ、セレニア。サイコジャミングの出所を特定できなかった時点で、この可能性を考慮しておくべきだったのよ)」
そうしてイリスは、自らのPSI能力を使用する。
彼女が持つ能力は透視と千里眼、そして精神感応。
普段イリスが扱っている第四世代ギア、ハルシネイションはその特性を生かした狙撃用の機体だ。
しかしクロースのような強力なサイキッカーと組むとなるとまた異なる戦術が取れる。
「敵部隊を『目視』……くっ、う……完了。『伝達』」
頭痛が酷い。脳に直接針を刺し込まれた気分だ。
二十機近い敵機をそれぞれ視認し、その情報をクロースに伝達する。このような離れ業は恐らく一度が限度だろう。
「やって、クロース!」
「『燃焼』」
イリスの千里眼で見た標的に対し、クロースは自らのPSI能力を発動させる。
―――発火能力。
次の瞬間、ナイトメアを攻撃する為集められていた第三世代ギア、そして敵主力の四機。
その全てが同時に炎に飲まれるのだった。




