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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
少年と少女
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第60話 黒騎士ジョシュア


 帝国最強と称えられ、生涯現役を貫いたギアパイロット、黒騎士ジョシュア。

 彼ほどに帝国を愛し、戦場を愛し、ローレスを憎んだ帝国軍人はいないだろう。


 多くの敵を撃墜してきた彼だったが、自機が撃墜されることも多かった。強敵に対しては相打ちを狙うという戦闘スタイルが原因だった。

 重装甲重武装が売りの帝国の第三世代ギアだが、熟練者同士の戦いにおいてその機動力の低さが足を引っ張ることは決して少なくなかった。


 その対策として彼はカウンターを多用した。培われた長年の勘でもって敵が攻撃を仕掛けてくるタイミングを見定め、それに合わせて高火力の攻撃を撃ち込んだのだ。

 頑強さが売りの帝国製ギアの特徴を最大限活かしたその戦い方は多くの者に賞賛され、しかしこの戦術を真似出来る者は多くなかった。


 自機が撃墜されれば負傷することもある。しかし彼は負傷により戦線を離れることを良しとせず、折れた足のまま、片腕を失ったままギアを操縦し平気な顔で帰還して見せた。

 最終的に彼は自身の四肢と大半の臓器を機械化することとなった。


 戦闘時は狂戦士を思わせる程の振る舞いを見せる彼だったが、平時は粗暴な態度を取らず、良く食べて良く酒を飲み、豪快に笑った。

 帝国の兵士達の中に彼の名を知らぬ者はおらず、ベテラン兵士の中で戦場で彼と会ったことのない者は居なかった。


 そんな彼が唯一怒りの感情を露わにしたのは、ローレスの存在を知った時だった。

 ローレスの第四世代ギアには多くの帝国兵が煮え湯を飲まされたが、彼はそれよりもローレスの在り方に怒りを覚えていた。


 兵士の権利だ自由だと謳うが、奴らのやっていることは結局のところ弱者に対する搾取であり、力による支配でしかない。

 奴らは信念なく戦闘に介入し徒に戦争を長引かせる死の商人だ。

 兵士はただ兵士であれば良い。振るわれる剣であれば良い。己が戦う理由など態々公言する者でもなく、胸の内に秘めておくものなのだと、そう言って酷く憤った。


 『大戦』が終結した後も彼はギアを降りることなく、帝国からの独立を求める辺境地域へと異動。

 独立を助けるためローレスから派遣された第四世代ギアと相討ちとなりその生涯に幕を下ろした。

 彼が愛用し、改修を重ねた黒のファランクスは彼の死を悼む整備士達によって修復され、有事の際の最後の守りとしてボーディガーへと基地に送られることとなった……。




 意識が覚醒する。何か、おかしな夢を見ていたように思う。

 どれも身に覚えのない経験だというのに、その夢の内容は妙にリアリティのあるものだった。


 恐らくファランクスの元のパイロットの記憶だろうとゼクトは何となく思った。

 これまでに何度か行ってきた、存在しない筈の記憶を辿った後の感覚と似ていた為だ。


「っ……はぁ、はぁ……」


 手足を動かし、四肢の感覚があるのを確認し安堵の息を吐く。

 四肢を失う痛みなど味わったこともないというのに、頭はそれを覚えている。黒騎士ジョシュアの記憶を自らの経験と認識してしまっている。


 自分の名前――ゼクト。今いる場所――フォートレスの自室。自分が守りたい少女――セレニア。

 自身の経験を頭の中で列挙して、ゼクトという人間の自我を浮き上がらせる。自身の記憶とジョシュアの記憶を混同してしまうのは不味いことのように思えたから。


「おはよう」

「うわぁっ!」


 不意に声を掛けられ、ゼクトはベッドから身体を起こす。そこにはシンプルな黄色のワンピースを着たセレニアの姿があった。

 現金なもので、たったそれだけで曖昧だった意識ははっきりしてくる。

 声を掛けられたのにも動揺したが、顔が近いのに何よりも驚いた。眠っている様子を観察していた? というか、いつから居たのか。


「う、あ、えっと、セレニア。なんで?」

「起こしに来た。ガーランドさんが呼んでるから格納庫に行くようにって」

「あー……」


 記憶の糸を辿る。昨日は帝国軍からの攻撃を受け、迎撃の為ファランクスで出撃した。

 そうしてどうにか敵の第四世代ギア、オートマティズムを撃墜することに成功して、敵を撤退させた。


 その後のことはあまり記憶にない。ファランクスを降りた後ヒルダやナーシャから何か言われたような気もするが、正直よく覚えていなかった。

 覚えているのはゆっくり休めと言われたことと、部屋に戻るなり眠ってしまったこと。後はセレニアがいつも通りだったことに安堵しつつ、若干の不安を感じたことくらいか。


 ただ言われてみれば、破損した機体の改修について意見が聞きたいから明日の十時に格納庫に向かうように、と指示を受けたような気がしないでもない。

 腕時計を確認すると時刻が十一時を回っていることが分かる。完全に遅刻だ。


「……殺される」


 呟きを漏らす。

 悪寒を覚え、失敗した、殺されるという強い恐怖感を覚える。これはゼクトの経験によるものだった。

 自分のような立場の者は人に待たされることがあったとしても、待たせることなどあってはならない。


 稼ぎが悪く指定の金額を収められない者は余程のことがない限り軽い制裁を受けるだけで済む。

 けれど指定の時間に集金の場に集まることが出来なかった者は、逃げたと見なされて殺される。

 そう言った意味で腕時計はゼクトが命の次に大切にしているものだった。


「殺されることはないと思うから、行きましょう」

「え……あ、えっと……」

「大丈夫だから」


 子供でもあやすように頭を撫でられてゼクトは気恥ずかしさを覚える。

 彼女を守るためにこの場に居る筈なのに、これでは立場が逆だ。


 けれど柔らかい指で髪を優しく撫でられる感触は心地よく、ずっとこうしていたいとも思ってしまう。

 頑張った後のご褒美にこうして貰う、というのはとても魅力的なアイデアだった。

 殺されることはないらしいので、暫くこうしているのも良いかもしれない。


 そんなことを一瞬考えるが、すぐさま頭を横に振って否定する。

 大変魅力的ではあるが、何だご褒美って。子供じゃあるまいし。


 ゼクトが頭を振ったことでセレニアもその手を引っ込める。名残惜しさを感じはしたものの、区切りにはなった。

 ガーランドがどれくらい時間に厳しいのかは知らないが、今更時を戻すことは出来ない。大丈夫だというセレニアの言葉を信じる他ないだろう。


「ん、行くか」


 立ち上がり部屋を出る。さて格納庫はどちらだっただろうと考えたところで、セレニアに服の裾を引っ張られる。


「こっち。付いてきて」

「お、おう」


 どうにも締まらないなぁと思いつつセレニアの後に続く。

 それなりの広さとはいえ小型フォートレスの中。それほど時間をかけずに目的地に到着する……と思ったのだが、歩き出してすぐにセレニアは立ち止まってしまう。


 そしてゼクトの方を振り向き、じっと見つめてきた。

 感情の読み取れない、綺麗なブラウンの瞳。


「頭を撫でられるのが好きなの?」

「……えっ?」


 問われ、裏返った声を上げてしまう。

 セレニアから何かを尋ねられるということがそもそも珍しいことだったが、その内容もまた驚愕のものだった。

 顔に出ていたか、それとも口に出してしまっていたか、或いはPSI能力を使ったのか。

 顔面が紅潮しゼクトは思わず俯いてしまう。


「あ、やー。……す、好きとかそういんじゃなくて、あまり経験がないんだよ」


 他人の手が近づいてくる、というのはゼクトにとって危険信号だった。

 殴られるという結果に直結する為だ。

 その為無意識に恐怖心を持っていたように思うのだが……あんな風に優しく触られることもあるのだということを、初めて知った。


「あぁでも、別にセレニアに触られるのは嫌とかそういうのじゃないし。なんかフワフワだったし。どちらかというと安心できる感じで……。あれ、俺は何言ってんだ?」


 好きというわけではない。けれど嫌ではなかったのだということは誤解のないように伝えなければ。

 そう思って慌てて言葉を発したのだが、要約すれば「撫でられるのが好きです」と言っているようなものではないだろうか。


 そんなゼクトの言葉を聞いたセレニアは何事か思考するように俯く。

 何時も即断即決の彼女からすると珍しいことだ。


「ごめんなさい。格納庫に行かないとね」

「あーっ、ちょっと待って。俺もセレニアに聞きたいことがあるんだけど」


 結局セレニアが何を考えているのかは分からないままで、彼女は自身の中で何かしらの結論を出したのか再び歩き出そうとする。

 それをゼクトは慌てて引き留めた。ここで聞いておかないといけないと思ったからだ。

 何時だってやらずに後悔するよりも、やって後悔したほうが良いのだから。


「俺は君の助けになるなら何でもする。そう決めてる。けど、セレニアは良いのか? あの、シェリーって子とか」


 ファランクスはオートマティズムを撃墜した。いや――ゼクトは明確な殺意を持ってシェリーを殺した。

 予知能力を有するという彼女に攻撃を命中させることは至難で、あの状況を作ることが出来たのは望外な幸運だった。


 あの機を逃すことはあり得ない。あの場で確実に息の根を止めなければならない。

 だからゼクトは迷うことなくパイルバンカーでコックピットを貫いた。


 自身の中に埋め込まれた兵士としての直感に従ったその行動が間違ったものだとはゼクトは思わない。

 けれどそれが本当にセレニアの望むことなのかは不安だった。

 自身の行動が、結果として彼女を悲しませてしまうようなことにはなって欲しくなかった。


「ゼクトは、本当に優しいね」


 穏やかで、けれど泣きそうな声だった。何かを必死に堪えているような表情だった。

 自分が初めてギアに乗った時も、彼女はそんな表情をしていたことを思い出す。

 あまり好きな表情ではない。悲しい顔はなるべくして欲しくないとゼクトは思った。


「セレニアが何かを抱えてることは、何となく分かる。無理に話してくれと言う気はないけど、例えそれが何であっても俺の気持ちに変わりはない」

「……っ」


 だから、そういう悲しい顔をしないで欲しい。困らせたいわけじゃないんだ。

 何か不安なことや怖いこと、辛いことがあるのなら話して欲しい。役に立てるかは分からないけれど、一緒に悩むことは出来るから。

 知らずにいることの方が、ずっと辛いのだ。


「今はまだ話せない。けど、今貴方がしてくれていることは絶対に間違いじゃない」

「ん、分かった」


 何でもないではなく、話せない。その答えは彼女なりの誠意だったのだろう。

 ゼクトの見立てに間違いはなくて、けれど今のゼクトではそれを知ることは出来ないらしい。

 それが分かっただけでも十分だった。


「よし、行くか!」

「うん」


 威勢よく声を上げるものの、先を歩いて格納庫へ先導するのはセレニアだった。

 数歩遅れて彼女の後を追いかけながら、いつか彼女をリード出来るだけのデカい男になりたいものだとゼクトは思うのだった。

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