第49話 それぞれの役割
砂煙と煙幕とが混ざり合い五メートル先の様子を見ることさえ出来ない中。
ダリアはジープを降り、息を荒げ必死に撃墜したハウンドへと向かう。
無線用のヘッドセットを付けていても響いてくる爆音、鼻に付く硝煙の香り。喉の奥が焼き付くような感覚。
覚悟を決めていなければ足がすくんでいたことだろう。
それでも彼女は、それをすると決めていた。
「っ……早く……」
倒れたハウンドのコックピットを開く。リリィが倒す位置を調整して仰向けにしているためよじ登る必要などなく、緊急用の開閉スイッチを入れるだけだ。
頭の中では何度もシミュレートした。事前に試すこともした。それでもやはり本番となると焦りが出る。
撃墜の直前に起動したECMの影響でハウンドの撃墜報告は出ていない筈だ。
しかし一定時間応答がなければタイムアウトを起こし、ハウンドと戦術ネットワーク・ゼラキエルとの接続は解除される。
設定に変更がなければタイムアウトまで三〇〇秒。十分に時間はある筈だと言い聞かせる。
開かれたコックピットへと入り、内部の端末を確認。
予定通り起動したまま。ジェネレーターを破壊してもGCUは内部電源で当分の間動作する。
端末もダリアの知るものから変わりなし。手にした携帯端末をハウンドのGCUに接続。
デバイスを検知。接続完了。ハウンドの端末に表示された識別コードをメモし、起動していたツールをシャットダウン。
変わって携帯端末のツールを立ち上げ、同一識別コードでシステムにログイン。成功。
パスワードが変わっていればお手上げだったがこれも以前から変更なし。
「よしっ」
思わず歓喜の声を上げ、速やかに自機のステータスを撃墜から中破へと変更。
「接続完了っ! ECM、解除してくださいっ!」
あらん限りの声で叫んだ。
冷静に考えればヘッドセットを付けているのだからそこまで大声を出す必要はなかったのかもしれないが、今のダリアにはそこまで思い至らなかった。
『ECM解除。大丈夫、予定通りです』
「っ、はい。ありがとうございます」
静かな、しかしはっきりとした口調のリリィの言葉に冷静さを取り戻す。
第一段階であるハウンドのGCUへのアクセスには成功。しかし問題はここから。ゼラキエルへの接続が出来るかどうか。
ゼラキエルとの通信開始。ステータスチェックOK。接続要求送信。
接続許可受信。ロール、リーダー。状態通知――Communicating。
「成功、した……」
深く、大きく安堵の息を吐く。
自分でもこんな真似が上手くいくとは思っていなかった。
賭けのようなものだと前置きして話したその作戦をラーダッドの指揮官であるヴィクトルは承諾し、エレナは絶対に成功すると興奮して喜んだ。
そしてクライドは、ダメ元でやってみれば良いと楽しげだった。
戦術ネットワーク・ゼラキエルに接続した機体には各々役割が与えられる。
メインで戦闘を行うスレーブ、スレーブの指揮を執るリーダー、特定区域のリーダーを統括するマスター、そしてマスターを束ねるマザー。
マスターの役割を務めるのはアイン、ツヴァイ、ドライの三機であろうと推測。これを鹵獲することが出来ればそれが最も良いのだが流石に難しい。
ならば狙うのはその一つ手前の権限が与えられたリーダー機。
全てのリーダーには他リーダーに制御コードを委託する権限と、他リーダーが破壊された場合にその配下のスレーブに対し代理で命令を下す為の権限が与えられている。
つまりはリーダー、並びにスレーブ全機の識別コードをダリアの端末で確認できるということだ。
「A4。後は大丈夫ですから、A2と合流してください」
『了解です。こちらには一機たりとも近づかせませんので、どうかご安心を』
柔らかい口調でリリィからの返答が返ってくる。
今日出会ったばかりだというのに彼女には随分と気を使わせてしまったように思う。
戻ったらきちんと礼をしなければと思いながら端末を見据える。
外の様子は気にならない。戦場を駆けるのがクライドやリリィの役割なら、今ここでこれを成すのはダリアの、彼女にしか出来ない役割だ。
そうして彼女は自らの携帯端末から、事前に用意した幾つもの制御コードを打ち込んでいく。
緊急救援コードの送信、負の距離への移動指令、友軍機への攻撃指令、識別コードの抹消。
リーダーと言えどそのような命令を出すことは出来ない。そもそも命令送信時の妥当性チェックを通らない。
ハウンドに搭載された端末では実現できなかっただろう。
しかし彼女が今起動しているツールはそうしたチェックが設けられた運用用のものでなく、開発用のデバッグツール。
コード一覧に定義されたあらゆる制御コードを無制限に送信可能。
「(まったく、これでは完全にクラッカーではないですか)」
まったくも何も、完全にクラッカーの所業だった。
端末に表示されたスレーブの状態が、正常を意味する鮮やかなグリーンから警告のイエロー、軽微なエラーのオレンジ、そして深刻なエラーを示すレッドへと急速に変化していく。
こんな真似をすればハッキングと判断され回線が切断されるが、これを想定し全ての制御コードは他リーダーを経由して送信している。
ゼラキエルの仕組みに精通した人間――ダリアのような者が向こうにいれば或いはこの事態に気付き対処が出来たのかもしれないが……。
「(しかしこれに対処できるのは、私以外には居ないでしょう)」
研究所の所長であるベクトルにも、ダリアとは比べ物にならない演算能力を持ったマザーにも、対処は出来ない。その自負がある。
そして対処が出来なければ取るべき手段は一つしかない。
状態変更通知――NotCommunicate。
「戦術ネットワーク・ゼラキエル停止。流石に判断が早い。合理的です」
このままデタラメな制御コードを送信し続ければスレーブを戦わず機能停止に追い込めたかもしれないが、ダリアもそこまでは期待していない。
システムそのものが停止した以上制御コードは送信できないが、その機能は著しく制限された筈だ。
「こちらO2。作戦成功。これより攻勢に出てください」
作戦の成功を通達。了解した旨を告げる返答が各指揮官から返ってくる。
『やるじゃねぇか』
「コードネームが抜けていますよ、A2」
ひとまずこれで自分の務めは果たせた筈だ。
周囲から変わらず聞こえてくる爆発音に、流れ弾の一つでも飛んで来たら死んでしまうのではないだろうかとダリアは今更ながら不安にかられるのだった。
ゼラキエルの停止。これがラーダッドの部隊に与える影響は大きい。
あれだけの精度の射撃、回避が行えていたのは戦術ネットワークによる支援が得られていたからだろう。
今のハウンドにそれだけの性能は発揮できないはずだ。
とはいえ油断は出来ない。クライドの読みではこれで大体五分であろうし、アインやツヴァイが難敵であることに変りもない。
敵がこの状況に対応するよりも早く主導権を握る。
「取り巻きから潰すっ! A3アサルト、A4カバー!」
『了解』
『あっ、あさ……?』
「突撃っつってんだ!」
『ああっ、かしまりましたっ!』
クライドに先行しマリィが駆け出す。一拍置いてクライドがそれを追う。
認めざるを得ないだろう。前衛は彼女の方が適性がある。
マリィは敵機による迎撃を不規則な蛇行でかわし、時に大胆に機体を加速させながら標的へと迫る。
その動きを捉えるのに苦心しながらも、クライドはその軌道を追い掛ける。
射撃では止められぬと見たアインが迎撃に出る。想定通り。距離が詰まり、マリィが左に機体を跳躍させたところでクライドは右に跳躍。
向こうがどちらに対処してきたとしても、もう片方は周囲のハウンドへ攻撃が可能。
「ちっ、俺のが与し易いってか? 舐めんなよ」
アインはクライドへと狙いを定めた。ツヴァイの銃口もクライドを捉えている。囮役は自分ということだ。
クライドはツヴァイに対し直線的な動きにならぬよう位置取りしながら、接近するアインをアサルトライフルで牽制する。
ツヴァイのガトリングガンが装甲を削り、機体の所々に突き刺さるが構わない。固めて食らわなければそれで良い。
多少の被弾は覚悟する。だがアインのヒートソードのだけは何としても避ける。アレは掠めただけで手足を斬り落とされかねない威力がある。
弾を撃ち尽くさぬように、しかし攻撃の手は休めぬように調整する。
攻撃を当てる必要はない。相手に回避の必要性を感じさせればそれで良い。
甚だ不本意な役割だ。なりふり構わぬ突撃こそが彼の最も好む戦闘スタイルで、今の戦い方はそれとはかけ離れたものだ。
しかし皮肉なことに。恐らくは本人も自覚していないだろうが、クライドは消耗戦でこそ真価を発揮する。
彼は倒れぬこと、死なないことに長けている。受けにまわった彼は相手の攻撃の致命的なものとそうでないものとを本能的に嗅ぎ分け、本当に不味いものだけは必ず回避する。
それこそがクライドが多くの戦場を生き延びてこられた理由だった。
アインが正面から斬り込んでくる。振りが大きい。これを避けながら懐に飛び込めば絶好の間合い。
……しかし。
「テメェと心中なんざ真っ平だ。俺にはまだやることがあんだよ」
敵のヒートソードによる横薙ぎの一撃を、斬撃と同方向へと機体を流してやり過ごす。
今この場で、クライド一人でアインを倒す必要などない。
次の瞬間、アインのライトニングハウンドがその場で旋回。回避したクライドを追い掛けてくる。
以前にスカイブルーが見せた追撃の一手。そう言えばアインの奴もあの場に居たかと酷く冷静に思考する。
「A4、撃て」
『もう撃ちました』
旋回した、つまりは移動速度を落としたアインのライトニングハウンドを弾丸が貫く。
一対一の白兵戦であれば有効なのだろうが、狙撃手が狙っている状況では致命的な隙だ。
二発三発と立て続けに銃弾を浴びせられ、アインはその場で機能を停止する。
これを見たツヴァイは体勢を立て直そうと再び後退を始めるが、クライドの言いつけ通りに取り巻きを潰し終えたマリィが後方から回り込んで攻撃を仕掛ける。
マリィの投擲したダガーを避けられず左手に受けてツヴァイの体勢が崩れる。被害こそないが牽制の意味は十分に果たした。
ダガーと銃火器では銃に分があるのは当たり前だが、投擲は銃と違って射線が読み辛い。
AIにとって変則的な戦い方をするマリィは、ある種の天敵だったのかもしれない。
投擲を終えたマリィのライトニングハウンドの右手には、主武装であるエネルギーナイフが握られている。
本来エネルギー兵器は第四世代ギア向けに開発されたものだが、刀身が短くエネルギーブレードと比較して消耗の少ないナイフであれば第三世代でも扱えないことはない。
光の刃が生じ、その刀身はコックピットに深々と突き刺さる。
『五機撃墜! MVPは頂きですわね!』
「だから一々盛るんじゃねぇよめんどくせぇ」
褒めてくれとばかりに訴えてくるマリィに辟易しながら、クライドは喉まで出かけていた賛辞の言葉を引っ込めるのだった。




